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解かれた封印

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「なに。別の女と結婚するかもしれないのにお前に手ぇ出そうとしてると思ってたわけ?」
「いや、そういうわけじゃ……」
「他の女になんか興味ない」

真っ直ぐに私を見つめる彼の手が頬を包む。その手のひらの熱さにつられるように、私の顔も湯気が出るほど赤くなっていく。

嬉しいのに恥ずかしい。

今までただの同期だと言い聞かせて距離感を図っていたのが、急にこんなにも甘く蕩けるような雰囲気に慣れることが出来ず、むず痒いことこの上ない。

「どっかの社長令嬢とかがライバルになったりしない?」
「しない」
「『あなたなんか蓮様に釣り合わないのよ』って階段から背中押されたりしない?」
「しねーよ。いつの時代の昼ドラだ」

本気でそんなこと思ってるわけじゃない。

でもこんなことでも言っていないと、この後のことを考えたらもうどうしたらいいのかわからないほど緊張しているのだ。

ありえないほど鼓動が早鐘を打っている。

そんな私の気持ちを知ってか知らずか、水瀬がとんでもない爆弾を落としてきた。

「なぁ、いい加減ベッド連れてっていい?」
「な……っ」
「ごちゃごちゃ考えてる頭ん中俺だけにしたいし、そのよく回る口が俺の名前しか言えなくなるようにしてやりたい」
「ば……っ」

バカじゃないの!? 何をそんなあけすけに……!

そう詰ってやるつもりだったのに、水瀬は私の背中と膝裏に手を回し、軽々とソファから抱き上げてしまった。

「ちょっ、待って待って待って!」
「暴れんな、落ちるぞ」
「いや、じゃあ下ろしてよ」
「やだ」
「……っ」

可愛い拒否の言葉にキュンとしている場合ではない。本当にいわゆるお姫様抱っこの状態のまま、長い廊下を抜けて寝室の扉を開いてしまった。

下ろされたキングサイズのベッド。そのまま上になる水瀬の顔が近い。

息を詰めた瞬間、ちゅ、と柔らかい唇が押し当てられる。

「……二回目」

ついどうでもいいはずのカウント数が口をついて出た。

それを聞き咎めた水瀬は「いくつまで数えてられるか試すか?」と意地の悪い顔で笑う。

壮絶な色気に飲み込まれそうになりつつも、このままされるがままなのも悔しいので反論を試みる。

「一度だってキスしていいだなんて許可した覚えはないんだけど」
「じゃあしたい。していい?」
「……っ」

私から『してもいいよ』なんて言えば、まるで私がキスをしてほしいみたいじゃないか。かといってここで『ダメ』と言えば、なんだか後々さらに追い詰められる予感がする。

失敗した。やっぱり反論なんてしなければ良かった。

水瀬は私の思考を寸分違わず理解しているらしく、可笑しそうにこちらを見ている。

「いや、だって。シャワー、とか」

寝室まで連れて来られてまだうだうだ言っている私の言葉を遮るように、焦れた表情でとんでもないことを言い出す。

「風呂なんか寝る前に入ればいいだろ」
「え? 寝る前って」
「当然泊まってくだろ」

何をもってそれを当然とみなすのか。ついてきた私も私だけど、強引に連れてきて当然泊まってくだろうってどういう了見だ。

「ちょっと待って! 泊まりの準備なんてないよ」
「大丈夫。コンシェルジュに頼めば買ってきてもらえるから」
「え!」

そんなホテルみたいなサービスが。高級マンションって凄い。

住宅系の営業の人ってこんな商材扱ってるのかぁ。この物件も水瀬ハウスのものなら、尻込みしないでエントランスとか建物の造りをもっとしっかり見ておけばよかった。

なんてつい現実逃避に仕事の事を考えて、ふとある考えに思い至る。

「……どこのコンシェルジュサービスもみんな買い物までしてくれるの?」
「まぁ大体どこもそうだろうな」

待って待って。じゃああの時。爽くんが風邪ひいた時、私が水瀬と喧嘩みたいになってまで、わざわざ彼のマンションまで出向いた意味は?!

「あの、爽くんのマンション……も?」
「当然」

グルグルと一ヶ月程前のことを考えていると、じっとりと睨まれる。

まさか……。

「……口実?」
「それしかねーだろ。バカ」
「返す言葉もございませぬ」

そこでうっかり私の水瀬への気持ちがバレて、本気で口説かれることになってしまったのだから本当に呆れるしかない。

爽くんにではなく、考えなしにのこのこ部屋へ行った自分に。

合わせる顔がないというように両手で顔を覆っていると、その手を取られ顔の両脇に縫い付けられた。

今度は柔らかく触れ合うだけではなく、まるで食べられるみたいな強引で濃密なキスが襲いかかる。

「……っん、んん」

あっさりと入り込んできた舌が絡み、思考回路を溶かされていく。

「もういいから、俺のことだけ考えてろ」
「っは、ぁ……」

首筋の薄い皮膚に吸い付かれ、湿度の高い吐息が漏れる。それを了承と受け取ったらしい水瀬の手が、私の身体を余す所なく触れていく。

「脱がしていい?」

聞いてきたくせに私の返事を待たずに一枚ずつ布を剥いでいく。

夏ではないもののシャワーも浴びずに事に至るのは若干抵抗がある。水瀬と初めて肌を合わせるのならなおさら。

それでも目の前の私を見下ろす男の余裕のなさそうな顔を見たら、そんなことどうでもよくなってしまい、自分の腕を彼の首に巻き付けた。

背中が浮いた隙に下着のホックも外され、露わになった胸に顔を寄せてくる。

「んん、ぁ、水瀬……」
「名前。名前で呼んで」
「……れん」
「うん。莉子」

胸元に舌を這わせながら上目遣いで嬉しそうに笑う水瀬、もとい蓮と目が合った。

今さら名前で呼んだり呼ばれたりすること以上に、蓮の口元から覗く真っ赤な舌がこれから何処を這い回るのかと思うと、恥ずかしくて爆発しそうだった。

顔を逸らせてぎゅっと目を閉じたのを咎めずに、そのまま私を愛することに没頭しだした蓮。

彼の宣言通り、その夜は蓮のことしか考えられなかったし、蓮の名前以外を口にすることは出来なかった。



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