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解かれた封印

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水瀬ほど色んなものが揃った男ならもっと可愛くて美人な、それこそどこの社長令嬢だってよりどりみどりだろうに。

何を思ってただ同期として入社しただけのすっとぼけた女を選ぶんだろう。

「理由が必要?」
「まぁ……出来れば?」
「……好きだって言外にずっと伝えてて、それを躱されたから好きだって告白して、付き合ってって言ったら理由聞かれるとか。どんな羞恥プレイだ」

ため息を吐きながらそう言われると、なんだかとんでもなく恥ずかしいことを聞いた気がする。それでも聞いてみたかった。

この部屋についてきた以上、色んなことに決着をつけなきゃいけないことくらい分かってる。

いつまでも『恋愛に向いてない』『嫉妬するのが辛いからヤダ』なんて逃げてるばかりじゃダメなところまで来てしまったのは自覚している。

私だって、いつからかわからないけど、水瀬をただの同期でなくひとりの男性として意識していた。

いつの間にか好きになってた。

倒れた時に病院でずっと頭を撫でてくれたあの優しい手。

帰り道を心配してくれるぶっきらぼうな声。

居酒屋で繰り返されるくだらないやり取り。

ひとつ意識してしまったらもう後戻りは出来なくなるのがわかっていたから、何重にも鍵を掛けてしまい込んでいた気持ち。

胸の奥底で燻っていた心の声を救い出してくれるのなら。

『ただの同期』という呪いのような呪文を解き、数多の鍵を開けられるのは、目の前にいる彼しかいない。

「聞きたい」

隣に座る水瀬の袖口をきゅっと掴んで伝えると、「それはずりぃだろ」とため息を吐きながらも耳触りの良い低くて優しい声で話してくれる。

「ほんとに、初対面からもってかれたよ。昔から『水瀬の御曹司』っていうのが俺にとって代名詞みたいなものだったから、それに興味がなさそうな佐倉にかなり救われたんだ」

駐車場でも言っていた。私にとって強烈に印象に残ってしまっている黒歴史が、まさか水瀬にとって違う印象を与えていたとは。

「ドン引きされてたと思ってた」
「まぁ、衝撃ではあったな」

その当時のことを思い出しているのか、水瀬がクスっと笑った。さらに言葉を続ける。

「高校とか大学に上がって環境が一変するタイミングで、毎回家のことは故意に隠して生活してた。でもやっぱりどこかから嗅ぎつける奴はいて。男も女も、そうだとわかるとみんな目の色が変わった」

少し辛そうに顔が歪む。袖を摘んでいた指先を、そっと水瀬の手に重ねてみる。

すると手のひらがくるっと反転し、ぎゅっと指と指を絡めて握られた。

「だから佐倉の良い意味で空気を読まず、会社の中で俺を普通の男扱いする所に助けられた」
「うん」
「もうそれだけで佐倉に惹かれて、すぐに当時の彼女と別れた。それから営業で一緒にいる機会が増えて、アホみたいな会話も楽しくて」
「ふふ、うん」
「お前が元カレに浮気されたって知った時、絶対奪ってやるって決めた。でもお前はバカな男に尽くして倒れて……。どれだけ理不尽な仕事も酒飲んで愚痴ったらすぐ切り替えて働いてたお前が、あんなボロボロ泣く姿見たら。奪うよりも守らなきゃって思った」

握られた手の甲を親指に撫でられる。手がくすぐったいのか、言われた言葉がくすぐったいのかわからないけど、肩がきゅっと竦む。

それと同時にじんわりと目頭が熱くなってきて、グッと奥歯を噛み締めた。

「そっからはもう、一緒にいればいるだけ好きになった」

嬉しくて、言葉が出ない。

私が思うずっと前からそんな風に思っていてくれたなんて……。

自分の気持ちや水瀬から逃げている間、いつだって側で守ってもらっていたというのに。

申し訳ないと思う反面、胸の奥が温かいもので満ち溢れていく。

「爽が営業に配属になるタイミングで異動になった時、死ぬほど焦った。あいつに持っていかれるんじゃないかって」

親指で遊んでいた手がぎゅっと力強く握られた。

「実際一緒にいるところもよく見たし、佐倉があいつの運転する助手席に乗ってるの見て吐きそうなほど嫉妬した。それで……あんな思ってもないこと言って佐倉を傷付けた」
「あれは、うん。……ショックだった」
「ごめん、本当に。最低なこと言った。でも誓って本気でそう思ったわけじゃないから」

引き摺るのも嫌だと思って、その件については口を挟んだ。

それでも今水瀬が聞かせてくれている話を思えば、あの一言が本気じゃなかっただなんてわかってる。ゆっくりと安心させるように頷いて見せた。

「佐倉が元カレと別れたタイミングで、ゆっくり俺を意識させようと気持ちを少しずつ見せていった。俺なりに本気だって、大事にするって伝えてきたつもりなんだけど……」

もう一度ゆっくりと頷く。でも今度は、なかなか顔を上げられない。

「……伝わって、ないわけないよな?」

普段そこまで口数が多いわけじゃない水瀬が、こんなにも気持ちを言葉にしてくれた。

そのことが嬉しくて、どれだけ唇を噛み締めても涙が滲んでいくのを止められない。

ずっと蓋をして鍵をかけていた想いが、やっと解放されて言葉に乗ることを許される。

「……伝わって、る」

今も、今までも。

「ずっと…側にいたかった。いてほしかった。だから……『同期』に拘ってた」

俯いたまま話し出した私の言葉を、手を握ったままじっと待ってくれる。

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