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女なめんな
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しおりを挟む私も遠慮なくお酒を飲んで「女なめんなー」って管巻きながら愚痴って、最終的には「男みんなハゲろ」ってバカみたいに八つ当たりして。
そんな私と、水瀬は「俺は除外してくれ」って呆れた顔をしながらもずっと一緒にいてくれて。
今日だって、いつもだったらさっきの担当者に言われたことを愚痴って。
「御曹司って聞いた途端手の平返しやがってー! メタボになってしまえ!」って呪いながら笑って一緒に飲めるはずだったのに。
それなのに。水瀬があんなこと言うから……。
「先輩、もう定時になりますけど。このまま帰ります?」
「ううん。帰ってもう少し仕事する。今日のうちに報告もしたいし」
「無理してません?」
無理してでも今は仕事をしていなければ。今帰った所で嫌な考えに押しつぶされてしまうことは火を見るより明らかだった。
泣かない。こんなことで泣いてはいけない。
営業車を置いてくると言ってくれたので、遠慮なく一人正面で降りてエントランスをくぐる。
本来社員用出入り口があるのだけど、十七時半を少し過ぎたばかりの今はきっと定時上がりの社員などで往来が多い。
こんな涙腺が緩んでいる状態でそこを通れる自信はない。
この時間のエントランスは、ショールームも閉館しているので人も少なく、お客様用のエスカレーターも止まっていてとても静かだった。
カツカツとくたびれた黒いパンプスの音が響く。心なしかいつもよりも音が重い気がする。そろそろこのパンプスも変え時かもしれない。
歩きやすく、時には走れるようにデザインよりも機能性重視で履いているこの靴。いっそ細く高いヒールのパンプスに変えてみようか。
化粧だってもっと濃くしてハッキリした雰囲気になるようにして、出来る女のオーラを出して、今日みたいなことがないように。
そうすれば、こんな泣きたくなるほど悔しい思いをしなくて済むんだろうか。
詮無いことを考えながら歩いていくと、無人になった受付の奥にあるソファに一人ぽつんと座っているスーツ姿の男性が見えて足を止めた。
「佐倉」
私を見つけると立ち上がりこちらに駆け寄ってくる。その姿を見て、ギリギリで保っていた涙が一気に溢れてきてしまった。
なんで今、いちばん会いたくないやつに会ってしまうのか。
どうして人が弱っている時に来てくれるのか。
「佐倉?どうした?」
立ち止まったままぼろぼろ涙を零す私を見て驚いた声を上げる。それに答えることなく、私は下唇を噛み締めてなんとか涙を止めようと俯いたまま。
いつも辛いことがあった時、話を聞いてくれたのは同期である水瀬だった。
仕事の話だけじゃなく、彰人の浮気疑惑の時も、きっぱり別れた時も、側にいてくれたのは水瀬だった。
今日の営業先での出来事がショックで悲しくて、ひとりでいたくなくて。そんな時に真っ先に一緒にいてほしいと頭に浮かぶのは水瀬なのに。
『……あいつが、社長の息子じゃなくても?』
そう言われた事実が頭から離れない。
いつもなら何も考えずに愚痴っていたはずの出来事も、爽くんに『社長の息子』というカードで庇ってもらってしまった今、水瀬には話せない。
風邪の看病をして、早速見返りの恩恵に与ったと取られかねない自分を見られたくない。
「……なんでもない」
「そんなわけないだろ。何があった?」
長身を屈めて私の顔を覗き込もうとするのを、一歩引いてあからさまに拒否をする。
俯いたままだから表情は見えないものの、ハッと小さく息を吸い込んだ呼吸音がやけに悲しげに耳についた。
「あくびしたら、まつげとゴミが目に入って心の汗が出た」
「佐倉」
バカみたいな言い訳に乗らなかった水瀬の手が私の頬に触れようと伸ばされた時、後ろから車を置いてきてくれた爽くんがその場にそぐわない大きな声で私の名前を呼んだ。
「莉子先輩!」
化粧が崩れない程度に目と頬を手で拭いて涙の痕を消す。無意味かもしれないけど、やはりこんなことでぼろぼろ泣いていたなんて恥ずかしい。
「爽くん」
「……やっぱり。ひとりにしなければ良かった」
振り返った私の顔を見てそう呟いた爽くんは、やはりエスパーの家系なのか、私が泣きそうだったことなんてお見通しだったらしい。
「大袈裟。大丈夫だよ。美味しいココアも飲んだし」
私達のやり取りを見ていた水瀬が怖い顔で爽くんを睨む。その鋭い視線に怯んでしまい、私は何も言えずにふたりの側で俯くしか出来ない。
「爽、何があった?」
「蓮兄には関係ないよ」
私が見たこともない鋭い射抜くような視線で睨まれているというのに、爽くんは飄々と答えて言う。
「俺らまだ仕事残ってるから戻るよ。蓮兄はもう上がり?」
「佐倉」
爽くんに聞いても埒が明かないと踏んだのか、質問に答えることなく水瀬は私に視線を移す。
「俺には……言えないことか?」
その一言で、私の中の何かがプチっと音を立てて切れた。
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