上 下
20 / 45
女なめんな

しおりを挟む

私も遠慮なくお酒を飲んで「女なめんなー」って管巻きながら愚痴って、最終的には「男みんなハゲろ」ってバカみたいに八つ当たりして。

そんな私と、水瀬は「俺は除外してくれ」って呆れた顔をしながらもずっと一緒にいてくれて。

今日だって、いつもだったらさっきの担当者に言われたことを愚痴って。

「御曹司って聞いた途端手の平返しやがってー! メタボになってしまえ!」って呪いながら笑って一緒に飲めるはずだったのに。

それなのに。水瀬があんなこと言うから……。

「先輩、もう定時になりますけど。このまま帰ります?」
「ううん。帰ってもう少し仕事する。今日のうちに報告もしたいし」
「無理してません?」

無理してでも今は仕事をしていなければ。今帰った所で嫌な考えに押しつぶされてしまうことは火を見るより明らかだった。

泣かない。こんなことで泣いてはいけない。

営業車を置いてくると言ってくれたので、遠慮なく一人正面で降りてエントランスをくぐる。

本来社員用出入り口があるのだけど、十七時半を少し過ぎたばかりの今はきっと定時上がりの社員などで往来が多い。
こんな涙腺が緩んでいる状態でそこを通れる自信はない。

この時間のエントランスは、ショールームも閉館しているので人も少なく、お客様用のエスカレーターも止まっていてとても静かだった。

カツカツとくたびれた黒いパンプスの音が響く。心なしかいつもよりも音が重い気がする。そろそろこのパンプスも変え時かもしれない。

歩きやすく、時には走れるようにデザインよりも機能性重視で履いているこの靴。いっそ細く高いヒールのパンプスに変えてみようか。

化粧だってもっと濃くしてハッキリした雰囲気になるようにして、出来る女のオーラを出して、今日みたいなことがないように。

そうすれば、こんな泣きたくなるほど悔しい思いをしなくて済むんだろうか。

詮無いことを考えながら歩いていくと、無人になった受付の奥にあるソファに一人ぽつんと座っているスーツ姿の男性が見えて足を止めた。

「佐倉」

私を見つけると立ち上がりこちらに駆け寄ってくる。その姿を見て、ギリギリで保っていた涙が一気に溢れてきてしまった。

なんで今、いちばん会いたくないやつに会ってしまうのか。

どうして人が弱っている時に来てくれるのか。

「佐倉?どうした?」

立ち止まったままぼろぼろ涙を零す私を見て驚いた声を上げる。それに答えることなく、私は下唇を噛み締めてなんとか涙を止めようと俯いたまま。

いつも辛いことがあった時、話を聞いてくれたのは同期である水瀬だった。

仕事の話だけじゃなく、彰人の浮気疑惑の時も、きっぱり別れた時も、側にいてくれたのは水瀬だった。

今日の営業先での出来事がショックで悲しくて、ひとりでいたくなくて。そんな時に真っ先に一緒にいてほしいと頭に浮かぶのは水瀬なのに。

『……あいつが、社長の息子じゃなくても?』

そう言われた事実が頭から離れない。

いつもなら何も考えずに愚痴っていたはずの出来事も、爽くんに『社長の息子』というカードで庇ってもらってしまった今、水瀬には話せない。

風邪の看病をして、早速見返りの恩恵に与ったと取られかねない自分を見られたくない。

「……なんでもない」
「そんなわけないだろ。何があった?」

長身を屈めて私の顔を覗き込もうとするのを、一歩引いてあからさまに拒否をする。

俯いたままだから表情は見えないものの、ハッと小さく息を吸い込んだ呼吸音がやけに悲しげに耳についた。

「あくびしたら、まつげとゴミが目に入って心の汗が出た」
「佐倉」

バカみたいな言い訳に乗らなかった水瀬の手が私の頬に触れようと伸ばされた時、後ろから車を置いてきてくれた爽くんがその場にそぐわない大きな声で私の名前を呼んだ。

「莉子先輩!」

化粧が崩れない程度に目と頬を手で拭いて涙の痕を消す。無意味かもしれないけど、やはりこんなことでぼろぼろ泣いていたなんて恥ずかしい。

「爽くん」
「……やっぱり。ひとりにしなければ良かった」

振り返った私の顔を見てそう呟いた爽くんは、やはりエスパーの家系なのか、私が泣きそうだったことなんてお見通しだったらしい。

「大袈裟。大丈夫だよ。美味しいココアも飲んだし」

私達のやり取りを見ていた水瀬が怖い顔で爽くんを睨む。その鋭い視線に怯んでしまい、私は何も言えずにふたりの側で俯くしか出来ない。

「爽、何があった?」
「蓮兄には関係ないよ」

私が見たこともない鋭い射抜くような視線で睨まれているというのに、爽くんは飄々と答えて言う。

「俺らまだ仕事残ってるから戻るよ。蓮兄はもう上がり?」
「佐倉」

爽くんに聞いても埒が明かないと踏んだのか、質問に答えることなく水瀬は私に視線を移す。

「俺には……言えないことか?」

その一言で、私の中の何かがプチっと音を立てて切れた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

誘惑の延長線上、君を囲う。

桜井 響華
恋愛
私と貴方の間には "恋"も"愛"も存在しない。 高校の同級生が上司となって 私の前に現れただけの話。 .。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚ Иatural+ 企画開発部部長 日下部 郁弥(30) × 転職したてのエリアマネージャー 佐藤 琴葉(30) .。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚ 偶然にもバーカウンターで泥酔寸前の 貴方を見つけて… 高校時代の面影がない私は… 弱っていそうな貴方を誘惑した。 : : ♡o。+..:* : 「本当は大好きだった……」 ───そんな気持ちを隠したままに 欲に溺れ、お互いの隙間を埋める。 【誘惑の延長線上、君を囲う。】

愛のない政略結婚で離婚したはずですが、子供ができた途端溺愛モードで元旦那が迫ってくるんですがなんででしょう?

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「お腹の子も君も僕のものだ。 2度目の離婚はないと思え」 宣利と結婚したのは一年前。 彼の曾祖父が財閥家と姻戚関係になりたいと強引に押したからだった。 父親の経営する会社の建て直しを条件に、結婚を承知した。 かたや元財閥家とはいえ今は経営難で倒産寸前の会社の娘。 かたや世界有数の自動車企業の御曹司。 立場の違いは大きく、宣利は冷たくて結婚を後悔した。 けれどそのうち、厳しいものの誠実な人だと知り、惹かれていく。 しかし曾祖父が死ねば離婚だと言われていたので、感情を隠す。 結婚から一年後。 とうとう曾祖父が亡くなる。 当然、宣利から離婚を切り出された。 未練はあったが困らせるのは嫌で、承知する。 最後に抱きたいと言われ、最初で最後、宣利に身体を預ける。 離婚後、妊娠に気づいた。 それを宣利に知られ、復縁を求められるまではまあいい。 でも、離婚前が嘘みたいに、溺愛してくるのはなんでですか!? 羽島花琳 はじま かりん 26歳 外食産業チェーン『エールダンジュ』グループご令嬢 自身は普通に会社員をしている 明るく朗らか あまり物事には執着しない 若干(?)天然 × 倉森宣利 くらもり たかとし 32歳 世界有数の自動車企業『TAIGA』グループ御曹司 自身は核企業『TAIGA自動車』専務 冷酷で厳しそうに見られがちだが、誠実な人 心を開いた人間にはとことん甘い顔を見せる なんで私、子供ができた途端に復縁を迫られてるんですかね……?

純真~こじらせ初恋の攻略法~

伊吹美香
恋愛
あの頃の私は、この恋が永遠に続くと信じていた。 未成熟な私の初恋は、愛に変わる前に終わりを告げてしまった。 この心に沁みついているあなたの姿は、時がたてば消えていくものだと思っていたのに。 いつまでも消えてくれないあなたの残像を、私は必死でかき消そうとしている。 それなのに。 どうして今さら再会してしまったのだろう。 どうしてまた、あなたはこんなに私の心に入り込んでくるのだろう。 幼いころに止まったままの純愛が、今また動き出す……。

羽柴弁護士の愛はいろいろと重すぎるので返品したい。

泉野あおい
恋愛
人の気持ちに重い軽いがあるなんて変だと思ってた。 でも今、確かに思ってる。 ―――この愛は、重い。 ------------------------------------------ 羽柴健人(30) 羽柴法律事務所所長 鳳凰グループ法律顧問 座右の銘『危ない橋ほど渡りたい。』 好き:柊みゆ 嫌い:褒められること × 柊 みゆ(28) 弱小飲料メーカー→鳳凰グループ・ホウオウ総務部 座右の銘『石橋は叩いて渡りたい。』 好き:走ること 苦手:羽柴健人 ------------------------------------------

【完結】もう一度やり直したいんです〜すれ違い契約夫婦は異国で再スタートする〜

四片霞彩
恋愛
「貴女の残りの命を私に下さい。貴女の命を有益に使います」 度重なる上司からのパワーハラスメントに耐え切れなくなった日向小春(ひなたこはる)が橋の上から身投げしようとした時、止めてくれたのは弁護士の若佐楓(わかさかえで)だった。 事情を知った楓に会社を訴えるように勧められるが、裁判費用が無い事を理由に小春は裁判を断り、再び身を投げようとする。 しかし追いかけてきた楓に再度止められると、裁判を無償で引き受ける条件として、契約結婚を提案されたのだった。 楓は所属している事務所の所長から、孫娘との結婚を勧められて困っており、 それを断る為にも、一時的に結婚してくれる相手が必要であった。 その代わり、もし小春が相手役を引き受けてくれるなら、裁判に必要な費用を貰わずに、無償で引き受けるとも。 ただ死ぬくらいなら、最後くらい、誰かの役に立ってから死のうと考えた小春は、楓と契約結婚をする事になったのだった。 その後、楓の結婚は回避するが、小春が会社を訴えた裁判は敗訴し、退職を余儀なくされた。 敗訴した事をきっかけに、裁判を引き受けてくれた楓との仲がすれ違うようになり、やがて国際弁護士になる為、楓は一人でニューヨークに旅立ったのだった。 それから、3年が経ったある日。 日本にいた小春の元に、突然楓から離婚届が送られてくる。 「私は若佐先生の事を何も知らない」 このまま離婚していいのか悩んだ小春は、荷物をまとめると、ニューヨーク行きの飛行機に乗る。 目的を果たした後も、契約結婚を解消しなかった楓の真意を知る為にもーー。 ❄︎ ※他サイトにも掲載しています。

Perverse

伊吹美香
恋愛
『高嶺の花』なんて立派なものじゃない ただ一人の女として愛してほしいだけなの… あなたはゆっくりと私の心に浸食してくる 触れ合う身体は熱いのに あなたの心がわからない… あなたは私に何を求めてるの? 私の気持ちはあなたに届いているの? 周りからは高嶺の花と呼ばれ本当の自分を出し切れずに悩んでいる女 三崎結菜 × 口も態度も悪いが営業成績No.1で結菜を振り回す冷たい同期男 柴垣義人 大人オフィスラブ

アクセサリー

真麻一花
恋愛
キスは挨拶、セックスは遊び……。 そんな男の行動一つに、泣いて浮かれて、バカみたい。 実咲は付き合っている彼の浮気を見てしまった。 もう別れるしかない、そう覚悟を決めるが、雅貴を好きな気持ちが実咲の決心を揺るがせる。 こんな男に振り回されたくない。 別れを切り出した実咲に、雅貴の返した反応は、意外な物だった。 小説家になろうにも投稿してあります。

嘘は溺愛のはじまり

海棠桔梗
恋愛
(3/31 番外編追加しました) わけあって“無職・家無し”になった私は なぜか超大手商社の秘書課で働くことになって なぜかその会社のイケメン専務と同居することに…… 更には、彼の偽の恋人に……!? 私は偽彼女のはずが、なんだか甘やかされ始めて。 ……だけど、、、 仕事と家を無くした私(24歳) Yuma WAKATSUKI 若月 結麻   × 御曹司で偽恋人な彼(32歳) Ibuki SHINOMIYA 篠宮 伊吹 ……だけど、 彼には、想う女性がいた…… この関係、一体どうなるの……?

処理中です...