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女なめんな

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学生寮の建て替えやリノベーションの営業と同時進行で、デベロッパー的仕事も請け負っている。会社保有の事業用地で建築建設の意向のあるお客さんを探していた。

そこで半年ほど前から目を付け営業をかけていたのが、遊園地のジェットコースターやゲームセンターのアーケードゲームなどの部品を扱っている生田化成工業という会社の工場の移転。

最初から移転の話を持ち掛けるわけではなく、まずはその会社の信頼を得るために、何か困っていることはないかと手助けに回った。

他部署にも力を借り、社員のご自宅の提案や社員用の借り上げ住宅を斡旋したりと良好な関係性を半年かけて築いてきた。

そこでいざ工場の移転を提案しようとした矢先、急に相手先の担当者が突然の退職により変わってしまった。

「若い姉ちゃん相手じゃ話になんないよ。うちを下に見てんの?」

前担当さんから謝罪の電話をもらい、すぐに新しい担当さんへご挨拶に出向いたが、私に向けられたのはそんな言葉だった。

名刺を出したものの受け取ってもらえず、表情が固まる。

落ち着かなきゃ。こんなことは初めてじゃない。

それなのに、この半年の頑張りが相手の担当が変更になっただけで脆くも水の泡になろうとしているのを悟り、頭が真っ白になった。

「移転の話はまぁ聞いてもいいってうちの上も言ってるもんだから。誰かベテラン寄越してよ。もっと詳しい人がいるでしょ」
「あの、私は……」
「失礼します。こちらを」

後ろに控えていたはずの爽くんが会話に割り込むように声を掛け、一歩進み出て名刺を差し出した。

「水瀬ハウス工業建築事業部営業課の水瀬と申します」

新しい担当者は爽くんの自己紹介に目を丸くした。

「水瀬っていうと……」
「はい。父が社長をしています」
「あぁ、それは、いや、そうでしたか……」

目に見えて動揺する担当さんを目の当たりにし、やるせない思いだけが募っていく。

「彼女は私が尊敬する先輩です。何かあれば水瀬の名にかけて私が責任を取ります。彼女に任せて頂けませんか」

結局私はその日は何も出来ず、ただ爽くんと手のひらを返したように腰の低くなった担当者が話すのを見ているしか出来なかった。


◇ ◇ ◇

生田化成からの帰りの車でカフェ『calando(カランド)』に寄った爽くんが「新発売でした」と渡してくれたのは、ベルギーチョコを贅沢に使ったと銘打った美味しそうなココア。

朝出勤すると必ずと行っていい程下の自販機でココアを買っているのを知っているので、気を使ってくれたんだろう。

まだ湯気の立つカップに慎重に口をつけるも、きっと濃厚で美味しいはずのココアなのに全く味が感じられなかった。

爽くんは自分用にブレンドを買ってきて運転席で飲んでいる。

「ごめんね。本当なら助けてもらった私が奢るべきなのに」

不甲斐ない自分に泣きたくなるのを堪えて無理やり笑顔を作る。

「あんな人、気にしないでいいと思います。女性蔑視なんて時代錯誤過ぎますし」
「まだまだ多いんだよねぇ、この業界」

なるべく気にしていないように振る舞っているつもりではあるけれど、エスパー家系の爽くんにはかなり堪えている私の心情なんてお見通しなのかもしれない。

でも担当さんの言い分だってわかる。彼だけじゃない。

今まで『若い女』というだけで私を切り捨ててきた人たちだって、ビジネスなんだから多額の費用を掛ける仕事を頼むのに、自分の娘よりも若いであろう小娘に託していいのかと懸念する気持ちはわかる。

だからこそ、信頼を勝ち得るために半年間尽くしてきたのだ。

それを……。

「生理痛に例えた『御曹司』も、たまには役に立つでしょ?」

そう笑い飛ばしてくれたのは爽くんの気遣いだってわかってる。『社長の息子』というカードを使ってまで私を助けてくれたんだってわかってる。

わかってはいるのに、どうしても消化しきれないモヤモヤが心に燻る。

こんな時、いつだってどこからともなく水瀬がやってきて「飲みに行くぞ」って誘ってくれた。

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