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勘違いじゃないらしい

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気付いたときにはもう遅い。

イケメン王子のまっすぐに見つめる視線は時として凶器になる。

ある程度心の準備をしていてもダメージを食らう端正な顔立ちを持つ彼が、真っ直ぐに私を見下ろしている。

「お前、好きなやついるの?」

心臓が痛みを伴うほど激しく鼓動を刻む。

その視線は逃さないとでも言いたげに私に鋭く刺さり、私にも逸らすことを許さない強さがあって。

今更ながら必死に心のバリアを張って思考を巡らせる。

『好きなやついるの?』

それは爽くんのターゲットに私が選ばれてしまったから浮かんだであろう疑問。

付き合っている恋人というものが彰人と別れて以来いないことは、よく飲みに行く水瀬にはわかりきっていることで、片思いの相手がいるのかどうかという確認なんだろう。

私に質問を投げかけ答えを待っている水瀬の顔に、少しだけ焦りが滲んでいるように見えるのはきっと私の自惚れで。

期待しそうになる自分を戒めなくてはならなかった。

いや、期待もなにもない。私は何も望んでなんかいない。

平和に過ごしたい。恋なんかいらない。焼き鳥バンザイ。

とにかく、今日彼が話したいという事柄が、私が懸念していることと関係なければいい。

とんでもない決意を秘めているだなんて、私の勘違いだといい。

質問に答えないままの私に焦れたのか、眉間に皺を寄せる。

「佐倉」
「なに」
「何考えてるか当ててやろうか」
「やだ」

エスパー水瀬は怖い。

本当に頭の中を覗かれそうで、目線を合わせるのも躊躇してしまう。

暴かないで。私が何を望んでいるのかわかるのなら、それ以上踏み込んで来ないで。

「『早く焼き鳥食べたい』。これが一つ目」
「……やだって言った」
「もう一つは」
「水瀬!」
「勘違いじゃないから」

遮ろうとする私の言葉を聞いてくれず、視線を絡ませて強引に言い放ったのは『勘違いじゃない』という意味深なセリフだけ。

何が、とは聞けない。

聞いてはいけないと頭の奥で警鐘が鳴る。

その真意をわかりたくない。わからないままでいたい。

「あそこだな、焼き鳥屋」
「……新しいお店?」
「みたいだな。そこでいいか?」
「うん。もう焼き鳥のお腹だもん」
「そこは口じゃね?」
「お腹でしょ」

結局、香ばしい匂いに負けてそのまま連れ立って歩き、出来たばかりだという焼き鳥屋さんに入った。

入り口を入るとそこは清潔感のある白木のL字型のカウンター席のみの作りで、一見焼き鳥屋には見えないほどオシャレ。

暖色の照明は来た客をほっとさせる効果があるのか、先程までの水瀬とのあいだにあった緊張感は薄れ席についた。

独自のブランド鶏を使った焼き鳥はどれも美味しそうで、いつくか定番のメニューと水瀬はビール、私はレモンサワーを注文した。

初めて来たこのお店は雰囲気もよく、焼き鳥も追加で注文した日本酒もとても美味しい。

店主おすすめというつくねを頼んでみると、小鉢の中で出汁と一緒に蒸し上げられたオシャレなものがカウンターに置かれた。つくねを箸で割って口に運ぶと、優しい風味が広がってこれまた格別に美味しい。

出てくるものすべて美味しくて、いつもは居酒屋で向かい合って仕事の話をしている私たちだけど、今日は横並びで料理とお酒に没頭する。

匂いにそそられてたまたま入ったお店だけど、思いの外大当たりだった。

「これ美味しい」「こっちも美味いから食ってみろ」なんて会話をしながら料理とお酒を楽しむ。

そんな時間の過ごし方が好きで、その相手が気心知れた同期である水瀬だからこそ楽しめているのだという自覚はある。

だからこそ。この関係を壊したくないと思うのは私のエゴなんだろうか。

この食事が終わったら、きっと何かの話が待っている。私の『勘違いではない』という話……。

有り体に言うのなら……告白じゃないといい。

水瀬の私に向ける視線の甘さに含まされている肌を焦がすような感情も、それを受けて目眩がするほど嬉しいと感じてしまっている私の胸の痛みも。

全部全部勘違いならいいのに。


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