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勘違いじゃないらしい

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「ああ、水瀬とややこしいからやっぱり名前で呼んでって」
「…よく二人で組んでんの?」

なんか……空気が変だ。

ピリピリ、というか、水瀬がどことなくイライラしているように感じる。

こんな風に負の感情を表立って外に出す人じゃないから、余計に緊張感が張り詰める。

何度か飲んでいる中で、私が爽くんの教育係的な立場になったって言ったとこもあったはずなのに。なぜ今さらそんなことを聞いてくるのかわからない。

「爽くん優秀だから私が新人指導でも安心なんじゃない? 第二王子の水瀬ともうまくやってたし、私なら色んな意味で安心感あったんじゃないかな」

どうにかこの空気を払拭したくて、わざと笑って王子と呼んでみる。

そんな私の必死の方向転換には乗ってくれずに、尚も怖い顔を向けたまま畳み掛けてくる。

「俺、気を付けろって言わなかった?」

それはきっと爽くんの『女癖だけは最悪』な部分を心配しているんだろうけど。

気を付けろと言われても同じ部署なんだから関わらないわけにいかないし、そもそも言うほど危険な感じはしない。

「……別に、なにもないよ」
「まさか、ターゲットにされてないよな」

ギクリと身体が強張ってしまったのを水瀬が見逃してくれるはずもない。

はぁーと大きくため息を吐いて片手で顔を覆うのをただ見ているだけにはいかず、ありのままを話す。

「あの、ターゲットって言ってもね。『次は莉子先輩にします』って無邪気に言われただけで何もされてないし、そもそも噂が本当なら私はターゲットの条件に当てはまらないし。ただ単に教育担当の私をからかってるだけだろうから大丈夫」

特に誘われることもなければ、やたら触れてきたりすることもない。

だから私としてはただのおふざけだと思ってスルーしているんだけど。水瀬にとってはそんな軽いことではないらしい。

「なんでそんな無防備なの。爽の勝率なんて全く興味もないけど、相手が落ちなかった話なんか聞いたことない」
「それは……まぁ、確かに」

別れる時のいざこざはよく耳にするけれど、落ちなかった女の子の話は聞いたことがない。

凄いな、爽くん。打率百パーってこと?

爽くんが本気で落としにかかれば無敵かもしれない。

あの王子様のようなルックスに、女の子を退屈させない巧みな話術と母性本能をくすぐるちょっとした可愛らしさ。加えて気も利くときてる。

前回かけた営業が思わしくない相手先にもう一度訪問するのはかなりの緊張を強いられる。

そんな時にさりげなく声を掛けてくれていた水瀬が企画に異動してしまい、朝から指先が冷たくなっていた時。

『莉子先輩、これでよかったですよね』

そう言っていつも私が飲んでいるココアをわざわざ下のフロアの自販機まで買いに行ってくれたのは、爽くんが営業課にきてから二週間目の時だった。

あぁこりゃモテるわとひとり納得して頷いた私の手の震えは収まっていて、『ボンクラの第一王子』という失礼な先入観を捨て去ったのもこの頃。

きっとどんな女の子だって絆されてしまうんだろう。例え片思いしている相手や彼氏がいたとしても……。

「そんな奴と組んでおきながら、大丈夫って言う佐倉の考えがわかんないわ」
「いやだって……仕事だし」
「仕事だろうと車に乗れば二人きりだろ」
「そう、だけど」

そんな事言われても、爽くんの教育係は私なわけで。

必然的に営業先に一緒に行くから同じ車に乗るのは当然で、それは半年前まで同じ部署にいた水瀬にだってわかりきっていることなはずなのに。

「今さら名前で呼ばせるっていうのがもうあいつの手だろ」
「そんな、呼び方くらいで」
「大体紛らわしいって言うなら、爽じゃなくて……」
「え?」
「……いや、なんでもない」

何か言いかけた言葉を飲み込むなんて水瀬らしくない。気になって顔を見続けたけど、それについてこれ以上話すことはないらしい。

どこからともなく焼き鳥の香ばしい匂いが漂ってきた。

この辺りに焼き鳥屋さんなんてあったかな。新しく出来たんだろうか。レモンチューハイが水みたいに薄くないなら行ってみたいな。

ちょうどお腹も空いてきたし、この香ばしい匂いに人間は逆らえないと太古の昔から相場が決まっているのだ。

「佐倉」
「ん?」

焼き鳥の匂いに気を取られて油断していた。

ここ最近水瀬と話す時に張っている無味無臭のバリアを張らずに対峙してしまった。

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