上 下
12 / 45
勘違いじゃないらしい

しおりを挟む

【エントランスにいる】

【ルクセンブルク】

【くどい】

【イソギンチャク】

【暗くなる前に行くぞ】

【臓器移植】

【“く”責めやめろ】

【ろうそく】

【“く”責めやめて下さい】

【今エレベーター前】

【え。普通】


定時の十七時半を十分も過ぎていない、ほんのり暗くなってきた夕方のオフィス街を水瀬とふたりで歩く。

どこに行くのかは聞いていないが、ご飯に行こうと誘ってきたのは水瀬なので私は大人しくついて行く。

ただの同期である私相手だろうと、女性には車道側を歩かせないというのも王子教育に含まれているんだろうか。

一緒にいて一度だって車道側を歩いたことはないのに、わかりやすく場所を変わられた記憶もない。
王子は何でもスマートにこなすらしい。

こうして隣を歩くと、本当に人目を引く容姿だというのがよく分かる。長身でスタイルが良く、颯爽と歩く姿はまさに王子。

すれ違う人がみんな水瀬に視線を向けているというのに、当の本人はそんなことどこ吹く風。

さらに水瀬に目を奪われた人はもれなく隣にいる私にも目を向ける。

そして「なんで?」という疑問を隠しもせずに顔に出す。決して愉快な気分ではない。でもそれももう慣れた。

世の中歩いているだけでこうも人目を集める人はそうそういない。どうせならいっそバラでも背負って歩いたらいいのに。

「……なんか変なこと考えてるだろ」
「ふふ、変なことって?」
「『めっちゃ見られてる。さすが王子』みたいなやつ」

頭の中を覗けるのかというくらい言い当てられて驚いてしまう。

エスパーか。エスパー水瀬なのか。

「ちなみにエスパーじゃねぇからな」
「怖っ」

怖すぎるぞ、水瀬王子。

じっとりとした目つきで水瀬を見上げると、意外なほど優しい顔つきで私を見ていた。

「わかるよ。お前の考えてることくらい」

ニヤリとからかうように笑いながら言ってくれたら、こっちだっていつものテンションで返せたものを。

その甘い眼差しに含まれている感情は、およそただの同期に向けられるものの類いではないとわかってしまうから。

店に着く前から困り果てて言葉をなくし俯いた私を見て、水瀬は話題を変えることにしたらしい。

「学生寮、どう?」

あからさまな方向転換だったけど、仕事の話なのはありがたい。

先週エレベーターで会った時に行くと話していたから、気にかけてくれていたんだろうと思うと嬉しかった。

「うん。最初ほど頑なじゃなくなってきた。乗り気とは言わないけど、こっちの話も時間取って聞いてくれるし、一応気にしてはいるみたい」

今回請け負ったのは男子寮で、一人部屋と二人部屋が選べ、住み込みの寮母さんがいる昔ながらの寮だ。

築年数や耐震強度の問題で建て替えることになったが、まだ他に三つ寮がある。

そのうち二つは女子寮で、どちらも古い建物で常駐の寮長さんと住み込みの寮母さんはいるもののオートロックがついていない。

防犯や管理体制の面からいっても、オートロックや二十四時間録画式の防犯カメラはあったほうがいい。

そのほうが安心して寮に住めるし、親御さんだって大学に信頼感を寄せるだろう。

そこをうまくプレゼンしながらなんとか建て替えの話に持っていき口説き落としたい所。しかしまだまだ道は険しい。

「でも、学生寮は契約取れたとしても私の手柄じゃないけどね」
「なんで」
「水瀬も知ってるでしょ?爽くんの出身大学だから。爽くんいなかったら、もしかしたらまともに話も聞いてもらえなかったかも」
「……」

決して卑屈になっているわけではないけど、やはりキャリアも駆け出しの私よりも、ほとんど年が変わらないのならOBの爽くんの話のほうが聞いてもらえたのは確かだ。

とはいえ私だってそこに甘んじていたわけじゃない。

女子寮の建て替えについての重要性は女性である私の方がより説得力を持って話を進めていけると自分を信じて仕事を進め、今では事務局のおじさん達は私の話にも笑顔で対応してくれる。

黙ってしまった水瀬にいらぬ心配をさせてしまったと慌てて弁解する。

何度か飲みながら『女であることの不利』を愚痴ってしまった私のことを気にしてくれているんだろう。

「あ、でも今は違うよ。ちゃんと私が担当者だって向こうもわかってくれてるし、爽くんも補佐に徹してくれてるし」
「……爽くん?」

だから別に悲観していったわけじゃない。

そう伝えたかったんだけど、どうやら水瀬が気になったのはそこじゃないらしい。

「え?」
「そんな呼び方してたか?」

いつの間にか下の名前で呼んでいたのが気になったんだろう。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

誘惑の延長線上、君を囲う。

桜井 響華
恋愛
私と貴方の間には "恋"も"愛"も存在しない。 高校の同級生が上司となって 私の前に現れただけの話。 .。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚ Иatural+ 企画開発部部長 日下部 郁弥(30) × 転職したてのエリアマネージャー 佐藤 琴葉(30) .。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚ 偶然にもバーカウンターで泥酔寸前の 貴方を見つけて… 高校時代の面影がない私は… 弱っていそうな貴方を誘惑した。 : : ♡o。+..:* : 「本当は大好きだった……」 ───そんな気持ちを隠したままに 欲に溺れ、お互いの隙間を埋める。 【誘惑の延長線上、君を囲う。】

純真~こじらせ初恋の攻略法~

伊吹美香
恋愛
あの頃の私は、この恋が永遠に続くと信じていた。 未成熟な私の初恋は、愛に変わる前に終わりを告げてしまった。 この心に沁みついているあなたの姿は、時がたてば消えていくものだと思っていたのに。 いつまでも消えてくれないあなたの残像を、私は必死でかき消そうとしている。 それなのに。 どうして今さら再会してしまったのだろう。 どうしてまた、あなたはこんなに私の心に入り込んでくるのだろう。 幼いころに止まったままの純愛が、今また動き出す……。

愛のない政略結婚で離婚したはずですが、子供ができた途端溺愛モードで元旦那が迫ってくるんですがなんででしょう?

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「お腹の子も君も僕のものだ。 2度目の離婚はないと思え」 宣利と結婚したのは一年前。 彼の曾祖父が財閥家と姻戚関係になりたいと強引に押したからだった。 父親の経営する会社の建て直しを条件に、結婚を承知した。 かたや元財閥家とはいえ今は経営難で倒産寸前の会社の娘。 かたや世界有数の自動車企業の御曹司。 立場の違いは大きく、宣利は冷たくて結婚を後悔した。 けれどそのうち、厳しいものの誠実な人だと知り、惹かれていく。 しかし曾祖父が死ねば離婚だと言われていたので、感情を隠す。 結婚から一年後。 とうとう曾祖父が亡くなる。 当然、宣利から離婚を切り出された。 未練はあったが困らせるのは嫌で、承知する。 最後に抱きたいと言われ、最初で最後、宣利に身体を預ける。 離婚後、妊娠に気づいた。 それを宣利に知られ、復縁を求められるまではまあいい。 でも、離婚前が嘘みたいに、溺愛してくるのはなんでですか!? 羽島花琳 はじま かりん 26歳 外食産業チェーン『エールダンジュ』グループご令嬢 自身は普通に会社員をしている 明るく朗らか あまり物事には執着しない 若干(?)天然 × 倉森宣利 くらもり たかとし 32歳 世界有数の自動車企業『TAIGA』グループ御曹司 自身は核企業『TAIGA自動車』専務 冷酷で厳しそうに見られがちだが、誠実な人 心を開いた人間にはとことん甘い顔を見せる なんで私、子供ができた途端に復縁を迫られてるんですかね……?

【完結】もう一度やり直したいんです〜すれ違い契約夫婦は異国で再スタートする〜

四片霞彩
恋愛
「貴女の残りの命を私に下さい。貴女の命を有益に使います」 度重なる上司からのパワーハラスメントに耐え切れなくなった日向小春(ひなたこはる)が橋の上から身投げしようとした時、止めてくれたのは弁護士の若佐楓(わかさかえで)だった。 事情を知った楓に会社を訴えるように勧められるが、裁判費用が無い事を理由に小春は裁判を断り、再び身を投げようとする。 しかし追いかけてきた楓に再度止められると、裁判を無償で引き受ける条件として、契約結婚を提案されたのだった。 楓は所属している事務所の所長から、孫娘との結婚を勧められて困っており、 それを断る為にも、一時的に結婚してくれる相手が必要であった。 その代わり、もし小春が相手役を引き受けてくれるなら、裁判に必要な費用を貰わずに、無償で引き受けるとも。 ただ死ぬくらいなら、最後くらい、誰かの役に立ってから死のうと考えた小春は、楓と契約結婚をする事になったのだった。 その後、楓の結婚は回避するが、小春が会社を訴えた裁判は敗訴し、退職を余儀なくされた。 敗訴した事をきっかけに、裁判を引き受けてくれた楓との仲がすれ違うようになり、やがて国際弁護士になる為、楓は一人でニューヨークに旅立ったのだった。 それから、3年が経ったある日。 日本にいた小春の元に、突然楓から離婚届が送られてくる。 「私は若佐先生の事を何も知らない」 このまま離婚していいのか悩んだ小春は、荷物をまとめると、ニューヨーク行きの飛行機に乗る。 目的を果たした後も、契約結婚を解消しなかった楓の真意を知る為にもーー。 ❄︎ ※他サイトにも掲載しています。

Perverse

伊吹美香
恋愛
『高嶺の花』なんて立派なものじゃない ただ一人の女として愛してほしいだけなの… あなたはゆっくりと私の心に浸食してくる 触れ合う身体は熱いのに あなたの心がわからない… あなたは私に何を求めてるの? 私の気持ちはあなたに届いているの? 周りからは高嶺の花と呼ばれ本当の自分を出し切れずに悩んでいる女 三崎結菜 × 口も態度も悪いが営業成績No.1で結菜を振り回す冷たい同期男 柴垣義人 大人オフィスラブ

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~

菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。 だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。 車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。 あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

羽柴弁護士の愛はいろいろと重すぎるので返品したい。

泉野あおい
恋愛
人の気持ちに重い軽いがあるなんて変だと思ってた。 でも今、確かに思ってる。 ―――この愛は、重い。 ------------------------------------------ 羽柴健人(30) 羽柴法律事務所所長 鳳凰グループ法律顧問 座右の銘『危ない橋ほど渡りたい。』 好き:柊みゆ 嫌い:褒められること × 柊 みゆ(28) 弱小飲料メーカー→鳳凰グループ・ホウオウ総務部 座右の銘『石橋は叩いて渡りたい。』 好き:走ること 苦手:羽柴健人 ------------------------------------------

出会ったのは間違いでした 〜御曹司と始める偽りのエンゲージメント〜

玖羽 望月
恋愛
 親族に代々議員を輩出するような家に生まれ育った鷹柳実乃莉は、意に沿わぬお見合いをさせられる。  なんとか相手から断ってもらおうとイメージチェンジをし待ち合わせのレストランに向かった。  そこで案内された席にいたのは皆上龍だった。  が、それがすでに間違いの始まりだった。 鷹柳 実乃莉【たかやなぎ みのり】22才  何事も控えめにと育てられてきたお嬢様。 皆上 龍【みなかみ りょう】 33才 自分で一から始めた会社の社長。  作中に登場する職業や内容はまったくの想像です。実際とはかけ離れているかと思います。ご了承ください。 初出はエブリスタにて。 2023.4.24〜2023.8.9

処理中です...