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過去と現在
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テーブルの端でビールを飲んでいた水瀬が驚いた顔をしてこちらを凝視していた。
座敷に上る前に店員さんにレモンサワーを頼みおしぼりを受け取って、ひとつ開けてくれた水瀬の横に座る。
入社式に水瀬帝国の王子に馴れ馴れしく話しかけた黒歴史を知る同期たちは、私たちの男女を超えた仲の良さを知っていて、こうして同期会の時はいつしか隣に座るのがお決まりになっていた。
すぐにきたレモンサワーを一気に半分ほど飲み干した所で、水瀬が口を開いた。
「どうした? 今日来ないんじゃ」
「問題! てーれんっ」
「いや、何……」
「今日は一体何の日でしょーか?」
「はぁ? お前もう酔ってんの?」
「チッチッチッチ、時間切れは一発芸ね。チッチッチッチ」
「なんでだよ。……三年目の記念日なんだろ? なんでこんなとこにいんの」
せいかーいとテンション高めに叫びつつ、水瀬に投げかけられた問題にどう答えようか思考を巡らせる。
『なんでこんなとこにいんの』
三年目の記念日だとウッキウキで帰っていった私が、なぜか一時間もしないでこの居酒屋の座敷に座ってレモンサワーを飲んでいる謎。
「謎はすべて解けてるんだよ。じっちゃんの名にかけて」
「……」
「真実は、いつもひとつ」
「混ざってる混ざってる」
「見た目も頭脳も大人なんだから、女の子と腕組んで部屋に入っていったら……することもひとつ……」
ぼそっと言った私の呟きに、水瀬はジョッキを置き、切れ長の目を大きく見開いて私を見る。
ひとつの真実とやらに気付いた水瀬はグッと眉間に皺を寄せ、「とりあえず飲め」と半分残っていたレモンサワーを私に持たせた。
多くを語らず、それでも気遣ってくれる優しさが傷ついた心に沁みる。
お酒を飲みながらぽつぽつと彰人との事を話す私に、水瀬は嫌な顔ひとつしないでずっと聞き役に徹してくれた。
一年目は違う現場の事務所に配属されていたから、入社式のとんでもない初対面以降、水瀬とは同期会以外では全く接点がなかった。
それが二年目から同じ営業課になってよく話すようになり、この彰人の浮気騒動をきっかけにふたりでも飲みに行くようになった。
この頃から、水瀬とは他の同期よりも少し距離が近かったかもしれない。
仕事の話だけじゃなく、互いのプライベートについても色々と話せる相手として、一緒にいる時間が心地いいと感じていた。
それでも私は、あんな現場を見ておきながら自分から彰人に別れを切り出したりはしなかった。
もしかしたらただの友達かもしれない。そんな紙切れよりも薄い期待を捨てられず、半ば意地で付き合いを続けていた。
きっとあの時、既に彰人への気持ちはほとんど残っていなかった。
仕事に夢中で、何ヶ月か会えなくても寂しいと思う気持ちも薄れていた。
それでも会っている間の会話の中に、マンションの部屋に、彼の仕草に、他の女性の影がないか気になってしまう。
矛盾してるし馬鹿みたいだと自分でも思う。
既に大して好きでもない人の気持ちを引き止めるために、今まで以上に良い彼女を演じた。
仕事でもなかなか成果が出なかったあの頃、彼氏にまで価値がないと切り捨てられるのは耐えられなかったから。
結果、私は仕事と恋愛を両立させようと躍起になるあまり、職場で倒れて同僚に迷惑を掛けた。
そして悟った。不器用な私には仕事と恋愛の両立は不可能だと。
仕事は楽しい。苦しいことも理不尽なこともあるけど、頑張りたいから手を抜くなんてことは出来なくて、自分に出来る百パーセントでやりたい。
そうなると自然と恋愛への比重が低くなって、恋人は私への不満を募らせ私以外の人との関わりが深くなっていく。
仕事を優先してしまうのに独占欲だけはしっかりあって、恋人が自分の知らないコミュニティでどう過ごしているのかが気になってしまう。
もっと言えば、浮気をしていないか疑ってしまう。
それを彰人との付き合いで学んだ。
しばらく恋愛はお休みでいい。
もし恋をするにしても、嫉妬で身を焦がすような恋はしたくない。
彰人と別れてこの一年半、ずっとそう思ってきた……。思ってきたはずだった。
座敷に上る前に店員さんにレモンサワーを頼みおしぼりを受け取って、ひとつ開けてくれた水瀬の横に座る。
入社式に水瀬帝国の王子に馴れ馴れしく話しかけた黒歴史を知る同期たちは、私たちの男女を超えた仲の良さを知っていて、こうして同期会の時はいつしか隣に座るのがお決まりになっていた。
すぐにきたレモンサワーを一気に半分ほど飲み干した所で、水瀬が口を開いた。
「どうした? 今日来ないんじゃ」
「問題! てーれんっ」
「いや、何……」
「今日は一体何の日でしょーか?」
「はぁ? お前もう酔ってんの?」
「チッチッチッチ、時間切れは一発芸ね。チッチッチッチ」
「なんでだよ。……三年目の記念日なんだろ? なんでこんなとこにいんの」
せいかーいとテンション高めに叫びつつ、水瀬に投げかけられた問題にどう答えようか思考を巡らせる。
『なんでこんなとこにいんの』
三年目の記念日だとウッキウキで帰っていった私が、なぜか一時間もしないでこの居酒屋の座敷に座ってレモンサワーを飲んでいる謎。
「謎はすべて解けてるんだよ。じっちゃんの名にかけて」
「……」
「真実は、いつもひとつ」
「混ざってる混ざってる」
「見た目も頭脳も大人なんだから、女の子と腕組んで部屋に入っていったら……することもひとつ……」
ぼそっと言った私の呟きに、水瀬はジョッキを置き、切れ長の目を大きく見開いて私を見る。
ひとつの真実とやらに気付いた水瀬はグッと眉間に皺を寄せ、「とりあえず飲め」と半分残っていたレモンサワーを私に持たせた。
多くを語らず、それでも気遣ってくれる優しさが傷ついた心に沁みる。
お酒を飲みながらぽつぽつと彰人との事を話す私に、水瀬は嫌な顔ひとつしないでずっと聞き役に徹してくれた。
一年目は違う現場の事務所に配属されていたから、入社式のとんでもない初対面以降、水瀬とは同期会以外では全く接点がなかった。
それが二年目から同じ営業課になってよく話すようになり、この彰人の浮気騒動をきっかけにふたりでも飲みに行くようになった。
この頃から、水瀬とは他の同期よりも少し距離が近かったかもしれない。
仕事の話だけじゃなく、互いのプライベートについても色々と話せる相手として、一緒にいる時間が心地いいと感じていた。
それでも私は、あんな現場を見ておきながら自分から彰人に別れを切り出したりはしなかった。
もしかしたらただの友達かもしれない。そんな紙切れよりも薄い期待を捨てられず、半ば意地で付き合いを続けていた。
きっとあの時、既に彰人への気持ちはほとんど残っていなかった。
仕事に夢中で、何ヶ月か会えなくても寂しいと思う気持ちも薄れていた。
それでも会っている間の会話の中に、マンションの部屋に、彼の仕草に、他の女性の影がないか気になってしまう。
矛盾してるし馬鹿みたいだと自分でも思う。
既に大して好きでもない人の気持ちを引き止めるために、今まで以上に良い彼女を演じた。
仕事でもなかなか成果が出なかったあの頃、彼氏にまで価値がないと切り捨てられるのは耐えられなかったから。
結果、私は仕事と恋愛を両立させようと躍起になるあまり、職場で倒れて同僚に迷惑を掛けた。
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もっと言えば、浮気をしていないか疑ってしまう。
それを彰人との付き合いで学んだ。
しばらく恋愛はお休みでいい。
もし恋をするにしても、嫉妬で身を焦がすような恋はしたくない。
彰人と別れてこの一年半、ずっとそう思ってきた……。思ってきたはずだった。
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