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5.褒めてください

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「他部署で男漁る子に不倫女なんて。リーダーの天野さんが本当に可哀想」

私の行動は私が決める。

仲良くしたい人は仲良くするし、ランチだって行きたい人と一緒に行こう。

言いたいこと言う人は言わせておけばいいし、これまで通り腹に据えかねたら返り討ちにしてやればいい。

男漁りでここに来ているわけではない。少なくとも今の私は彼女たちより仕事をしている自負がある。

面倒だからと全ての人をシャットアウトしてきてしまったけど、そんなことをしたって何も解決にはならない。

今一緒に働いているプロジェクトチームの人達だって、同期のキヨだって、幼なじみの光ちゃんだって、きっと天野さんだって。

私自身を見てくれる人は、きっといる。

自信を持って前を向いていなければ、あの天野さんと肩を並べて隣を歩くことなんか出来ない。

関わりたくないと避けてきたけど、紅林さんの存在によって見つめざるを得なかった自分の気持ち。

彼に褒められたい。認められたい。必要とされたい。

もう自覚するしかない。私は……天野さんが好きなんだ。

彼の隣に立ちたいと願うのなら、まずは自分が変わらなくては。

なんだか目が覚めたように吹っ切れて目の前が晴れた気分。

早速返り討ちにしてくれるわと美山さんを睨んで大きく息を吸った瞬間。

「誰が可哀想だって?」

突然聞こえた不機嫌そうな低い声に、美山さんだけでなく私まで竦み上がった。

今密かに私の心の中が最高潮に盛り上がりを見せていたのに、あっという間にしぼんでいく。

給湯室の入り口を背にしていた彼女は、声の主がわかるとバツが悪そうにゆっくりと振り返る。

目の前にいた人物が想像通りだったのか、タブレット片手に壁に体重を預けながらこちらを見ている天野さんを声もなく見上げていた。

誰も何も声を発しない。カチとケトルが鳴る音がやけに大きく聞こえた。

「コーヒー淹れんのにどんだけ時間かかんの」
「……すみません」

一体どこから聞いていたんだろう。

先に出ていった紅林さんとはすれ違っただろうか。

ケトルを持ってお湯を注ぐと、また先程同様コーヒーのいい香りがあたりに広がる。

ほっとするはずの香りに包まれているのに、給湯室の空気は冷えたまま。

「美山さんもコーヒー?」
「あ、はい、いえ……」

いつもなら天野さんに声を掛けられればとんでなく甘い猫なで声で話す彼女も、今はさすがにそんな勇気もないらしい。

肯定とも否定ともとれない返事だけして俯いたまま。

「いらないなら戻って。まだ昼休憩には早い」
「……はい」

唇を噛み締めて美山さんが天野さんの横をすり抜けて給湯室を出ていく。

これで少しは大人しくなるのか、紅林さんや天野さんに庇われた格好になった私に更に妬みをぶつけてくるのか。

いずれにしても負けないし、もうどうでもいいと吹っ切れたので気にならなかった。

また冷めないうちに上のフロアに戻ってキヨに渡してあげなくては。そう思いつつも給湯室の入り口を天野さんに塞がれていて出ることが出来ない。

なぜ通せんぼのようにされているのかわからずに怪訝な表情をした私を黙って見下ろしている。

薄いグレーのシャツを肘の下まで捲くっているせいで見える腕の筋や、鮮やかなネイビーのネクタイを緩めた首元が壮絶なまでに格好良い。

今更ながら彼がモテる理由の一端を再確認させられて小さくため息が漏れた。

「なぁ、こういうの今までもあった?」

背中を壁に預けたまま視線だけ私の方を向いている。

ファッション誌から抜け出てきたようなポージングだと見惚れたくなるのをグッと堪えて質問に答えた。

「まぁ、そうですね」
「何で言わなかった?」
「えっと……慣れてるから?」

自慢にもならないが、中学に上がる前からこうして女子たちから無思慮な言葉を投げつけられてきた私は、かなりの耐性がついていると思う。

ちょっとしたことに反論したり、第三者に助けを求めたり、誰かに庇ってもらったりすることで事態が大きくなることも身を持って経験していた。

だからこそこうして強く可愛くない私が出来上がったんですよ。声に出しては言わないけど。

「もう気にしないことにしました」
「ん?」
「無愛想なのも卒業です」
「は?」

なんだか少しだけ愉快な気分になって小さく笑みが溢れる。

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