Arrive 0

黒文鳥

文字の大きさ
上 下
26 / 152
1章

25

しおりを挟む

「ほらね、だから泣かされるって言ったでしょう?」

 病室のベッド。
 嗅ぎ慣れた独特の匂い。
 照明に照らされた個室は、清潔で静かだ。
 無責任にも少し楽しそうに、声は続く。
 
「まあ、でも良かったんじゃない? 男の子同士って知識なくやるとヤバいことになったりするけど、流石君の相棒は下準備も後のケアも完璧。滅茶苦茶に抱き潰しておいて、アトリ君に傷一つ付けないとか狂気の沙汰だよね」
 
 大事にされてるなー、と薄桃色の髪を揺らして声の主は笑った。
 枕元に立っているのは、セナだ。
 検査結果も悪くないからもうちょっとしたら退院出来るよと言われて、アトリは横たわったままため息を吐く。
 僅か五日前の狂乱は、忘れようと努力したにも関わらずまだ生々しく脳に焼き付いていた。
 未だそれを想像させる言葉一つで、じわりと身体の奥が熱を帯びる。
 本当に、自己嫌悪でどうにかなりそうだ。

「浮かない顔だね? マリッジブルーってやつ?」

「……ちょっと、先生は、黙っててもらえないですかね」

 掠れた声で言い返して、アトリは咳き込んだ。
 彼女は、アトリの頭をぽんぽんと撫でて「でも良かったよ」と優しく言った。

「多分もう意識が戻らないってとこから、ここまで回復したんだから。君の相棒だって、半分くらいはきちんと治療行為のつもりだった思うよ? 少なくとも君を辱めるような意図はなかったって断言してあげても良い」

 そもそも何故ユーグレイがアトリの異常についてを知っていたかと言えば、セナがそれを伝えたからなのだが。
 鞘に収めたままの銀剣を突きつけられ、知っていることを全て話せと脅されたと言う彼女を責めるのはお門違いだろう。
 もういい加減面会を断るのも限界なんだけど、と更に文句を言われては返す言葉もなかった。
 
 特殊個体の襲撃があった夜から意識が戻らなかった、と言うのは本当らしい。
 セナからアトリの状態を聞き出したユーグレイは、躊躇いもなく治療方法としてそれを選んだそうだ。
 触れるだけとかそういう次元ではない、完全な性行為である。
 いや、ちょっとは躊躇しようか。
 助けられた側で言えたことではないが、アトリとしてはどうしてこうなったと自棄を起こしたい気分だ。
 とは言え。
 最善ではないにしろ、打てる手としては最も現実的で効果があるだろうと医師であるセナも判断した。
 諸々の事情を知る彼女は個室を用意して二人を隔離してくれて、あの状況が出来上がった訳だ。
 実際アトリは行為の最中に意識を取り戻したのだから、その判断は間違ってはいなかったのだろう。
 
「まあね、君からしたら不同意性交な訳だ。抵抗出来ない状態で繰り返し何度も、なんて最低だろうね。防衛反応の暴走で物凄い快感を得ただろうけど、それは君の意思とは切り離されたものだ。だから君にとってそれが許し難い行為であったのなら、私も彼も罰を受ける覚悟はあるよ?」

 口調だけはのんびりと、セナはアトリを慮った。
 許し難い行為。
 いや、罪に問われるべきはセナでもユーグレイでもない。
 アトリは目を閉じて、口元まで毛布を引き上げた。
 身体の怠さと酷使した器官の違和感と、声を上げ過ぎたせいで痛めた喉。
 それらを除けば、目が覚めなかったかもしれないなんて冗談に聞こえるほど体調に不安はない。
 けれど狂った防衛反応は、アトリが無事に目覚めた後も思い出したように襲って来ることがあった。
 負荷が大き過ぎたが故の、一過性のフラッシュバックだろう。
 これまで通り息を殺してひたすらに耐えて意識を失えば良かったものを。
 色々あり過ぎて疲弊していたせいだろうか。
 アトリはその時、ユーグレイとの行為を思い出して熱を鎮めてしまった。
 あんなに苦痛だったのが嘘のように、それは単純に快感の大きな自慰行為として終わった。
 その時の溺れるような罪悪感は、言い表しようがない。
 やめるべきだと思った。
 だが、あれだけの快楽を味わってしまったらどうしたって止めようがなかったのだ。
 
「すみません」

 アトリは静かに謝罪を口にした。
 セナは意図を図りかねたのか、返事をしない。
 
「悪いのは、俺です。先生もユーグも悪くない」

 頭の良いユーグレイであれば、セナから話を聞いて何が原因でそうなったのか予想はついただろう。
 だからこそ、どんな手を使ってでもアトリを救おうとしてくれたに違いない。
 彼に望まぬ行為を強いたのはアトリだ。
 最低だと許し難いことだと声を上げるべきなのは、ユーグレイの方である。
 謝らなければいけない。
 けれどそれすらもきっと、許されない。
 当然だ。
 無理やり抱かせてあれほどの醜態を彼に晒した上、その行為を振り返ってまた快感に浸るなんて。
 恥知らずにも、程がある。
 
「あいつに、合わせる顔、ないですよ。俺」

「ーーーーアトリ君」

 何があったってペアとして大切な友人として、なんてことない顔して彼の隣に立っていたかった。
 でも、駄目だ。
 自分がこんな浅ましい生き物だとは思っていなかった。
 ユーグレイのペアでいたいなんて、望む権利があるはずもない。
 アトリはゆっくりと目を開いた。
 
「先生、ベア先輩を呼んでくれますか?」

 管理員を呼んで欲しいと頼むと、薄桃色の頭が不思議そうに傾いだ。
 どうしてかな、と問う彼女の声は穏やかだ。
 ああ、喉が痛いなとアトリは思った。
 自業自得か、本当に。
 その通りだ、ユーグ。
 
「俺、ユーグのペアを辞めます」

 セナは一瞬驚いたように目を見開いて、それから呆れたような息を一つ吐く。
 拗れるね、君たちは。
 そう言って、彼女は何故か苦笑した。


 
 ユーグレイとのペアが正式に解消されたのは、それから七日後のことだった。
 

 

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結済】(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。

キノア9g
BL
完結済。騎士エリオット視点を含め全10話(エリオット視点2話と主人公視点8話構成) エロなし。騎士×妖精 ※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。 気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。 木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。 色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。 ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。 捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。 彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。 少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──? いいねありがとうございます!励みになります。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

童貞が建設会社に就職したらメスにされちゃった

なる
BL
主人公の高梨優(男)は18歳で高校卒業後、小さな建設会社に就職した。しかし、そこはおじさんばかりの職場だった。 ストレスや性欲が溜まったおじさん達は、優にエッチな視線を浴びせ…

3人の弟に逆らえない

ポメ
BL
優秀な3つ子に調教される兄の話です。 主人公:高校2年生の瑠璃 長男の嵐は活発な性格で運動神経抜群のワイルド男子。 次男の健二は大人しい性格で勉学が得意の清楚系王子。 三男の翔斗は無口だが機械に強く、研究オタクっぽい。黒髪で少し地味だがメガネを取ると意外とかっこいい? 3人とも高身長でルックスが良いと学校ではモテまくっている。 しかし、同時に超がつくブラコンとも言われているとか? そんな3つ子に溺愛される瑠璃の話。 調教・お仕置き・近親相姦が苦手な方はご注意くださいm(_ _)m

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

俺が総受けって何かの間違いですよね?

彩ノ華
BL
生まれた時から体が弱く病院生活を送っていた俺。 17歳で死んだ俺だが女神様のおかげで男同志が恋愛をするのが普通だという世界に転生した。 ここで俺は青春と愛情を感じてみたい! ひっそりと平和な日常を送ります。 待って!俺ってモブだよね…?? 女神様が言ってた話では… このゲームってヒロインが総受けにされるんでしょっ!? 俺ヒロインじゃないから!ヒロインあっちだよ!俺モブだから…!! 平和に日常を過ごさせて〜〜〜!!!(泣) 女神様…俺が総受けって何かの間違いですよね? モブ(無自覚ヒロイン)がみんなから総愛されるお話です。

壁穴奴隷No.19 麻袋の男

猫丸
BL
壁穴奴隷シリーズ・第二弾、壁穴奴隷No.19の男の話。 麻袋で顔を隠して働いていた壁穴奴隷19番、レオが誘拐されてしまった。彼の正体は、実は新王国の第二王子。変態的な性癖を持つ王子を連れ去った犯人の目的は? シンプルにドS(攻)✕ドM(受※ちょっとビッチ気味)の組合せ。 前編・後編+後日談の全3話 SM系で鞭多めです。ハッピーエンド。 ※壁穴奴隷シリーズのNo.18で使えなかった特殊性癖を含む内容です。地雷のある方はキーワードを確認してからお読みください。 ※No.18の話と世界観(設定)は一緒で、一部にNo.18の登場人物がでてきますが、No.19からお読みいただいても問題ありません。

兄たちが弟を可愛がりすぎです~こんなに大きくなりました~

クロユキ
BL
ベルスタ王国に第五王子として転生した坂田春人は第五ウィル王子として城での生活をしていた。 いつものようにメイドのマリアに足のマッサージをして貰い、いつものように寝たはずなのに……目が覚めたら大きく成っていた。 本編の兄たちのお話しが違いますが、短編集として読んで下さい。 誤字に脱字が多い作品ですが、読んで貰えたら嬉しいです。

処理中です...