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クズ
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学園内にある王族専用休憩室のドアの向こうにシュノー公爵令嬢が立っていた。
いつから立っていたのだろう。
「シュノー嬢」
「ご多忙のようですので、こちらをお渡しください。食堂で落とされた物です」
「中へどうぞ」
「結構です」
「では少しだけこちらでお待ちください」
キャサリンとの情事を聞いていた確率が高いな。
ドアを閉めず殿下の元へ戻り、手渡した。
「殿下、食堂で落とされたようです。シュノー嬢が届けてくださいました」
これは令嬢が好きな男に編んだものを贈り 手首に付けると成就するという願掛けのようなものだった。男が手首に付ければ両想いの証、既に恋人同士なら変わらぬ愛の証として独身には人気の古くからの慣わしだ。
「これ、食堂でキャサリンの前に寝ていた女が押し付けてきた物なんだ。もう飽きたから声を掛けることはないと捨てたんだよ…ゴミ箱に捨てれば良かったな」
「……」
「エレノアが拾ったのか。なんだ 私に媚びることにしたのか?美人と頭の良さと家柄だけが取り柄で可愛げも色気もないつまらない女でも未来の王妃候補だもんな。
いっそ 他の男と寝てきたらマシになるんじゃないか?」
「殿下!」
「私は好みでもない女にベッドで尽くすつもりはない。顔か体かどちらかでも好みだったらキャサリンのように優しく声をかけてやるさ。
まったく…どうしたらあんな貧しい胸になるんだよ。公爵夫人は普通にあったぞ?」
シュノー嬢がドアの所に居るのに!
「お言葉が過ぎます」
「婚約者候補なんて欲の化身だろう。このくらいのことを言われてもびくともせずに婚約者候補の席に座り続けるさ」
ゴーン ゴーン ゴーン ゴーン
予鈴が鳴ってしまった。
「私どもは教室に戻ります」
「失礼します」
廊下に出るとシュノー嬢はいなかった。
クズだ。
アルメット第一王子はクズだ。
我儘なところはあったがここまででは無かった。
殿下の上には三人の王女がいる。
四人目でやっと王子が産まれた。それがアルメット第一王子だ。王子教育はあるが、待望の男児ということで甘やかされて育ったと思う。
特に王妃は目に入れても痛くないといった感じで、アルメット王子が問題を起こしても庇う。
まだ4、5歳くらいの男の子が集まれば上下関係などピンとこない。交流の場で喧嘩になってアルメット王子が擦り傷を負うと王妃は怒り狂った。
原因も先に手を出したのも王子で、相手の男の子は殴りかかってくる王子を押しただけ。
相手の子はヘベルス侯爵家の長男。一つ歳上だったこともあり やり返すことはなかったが、流石に殴られ続けるのは嫌だったので“止めて”と押したのだ。
王妃は付き添いのヘベルス侯爵夫人と侯爵令息を貴族牢へ閉じ込めた。
1時間しないうちに国王陛下が慌てて出したがヘベルス侯爵から抗議を受けた。
王室派だったヘベルス侯爵家を貴族派に変えてしまう出来事だった。
国王は不安に思い、側妃を迎えた。そして直ぐにアルメット王子と6歳離れたパトリック第二王子が誕生した。
王妃もアルメット王子もパトリック王子に脅威を感じていない。次期国王の座をもらえるものだと信じて疑わない。
暴力を振るうことは無くなったけど、真の友人はいない。利害関係とか立場上 愛想を良くしている令息達をアルメット王子は友と呼んでいる。
入学前に側近候補の話があった。
俺は次男で侯爵家を継げるわけではない。
だから俺も友人とは思ったことはないが遊び相手に度々呼ばれていた幼馴染として受けることにした。
こんなことなら辞退しておけば良かったと今更後悔している。
ジェイクはどう思っているのだろう。
殿下には婚約者候補が三人いる。
中立派で裕福な家門のデボラ・クイン伯爵令嬢、貴族派のビクトリア・ローズベル侯爵令嬢、王室派のエレノア・シュノー公爵令嬢だ。
十人から今の三人に絞られたのは去年の始め。
正式な婚約者は殿下が卒業する日に決まる。
王子が産まれると、前三年後五年に産まれた貴族の婚約が凍結される。王子の婚約者探しが優先されるからだ。
殿下の卒業と同時に婚約者が発表されたら、その後すぐに貴族界は大混乱になる。婚約者争奪戦が始まるからだ。
こっそり約束をする家門もいるようだが、次期国王と言われている殿下の婚約者の家門次第で縁続きになりたい家門が変わるため、発表を待つ家門がほとんどだ。
俺もジェイクも婚約者はいない。
「ジェイク、半年後どうするんだ?」
「フレデリックと一緒だと思うぞ」
「そうか。卒業したらゆっくり会わないか」
「2人だけでな」
クラスが違うジェイクと別れて教室に入った。
“2人だけでな”
つまりジェイクは俺と一緒で、卒業の翌日に側近候補を辞退するということだ。
今日の授業が全て終わると屋敷に戻り、勉強を済ませ、早めの食事をして湯浴みをした。今夜はあの日だ。
「ロバート、後はよろしく頼む」
「かしこまりました。日付が変わる前にはお戻りください」
「急ぐよ」
年頃の俺にも息抜きが必要だった。
頻繁に学園の休憩室で見せつけられてはたまったものではない。
だからこっそり夜遊びをするようになった。
いつから立っていたのだろう。
「シュノー嬢」
「ご多忙のようですので、こちらをお渡しください。食堂で落とされた物です」
「中へどうぞ」
「結構です」
「では少しだけこちらでお待ちください」
キャサリンとの情事を聞いていた確率が高いな。
ドアを閉めず殿下の元へ戻り、手渡した。
「殿下、食堂で落とされたようです。シュノー嬢が届けてくださいました」
これは令嬢が好きな男に編んだものを贈り 手首に付けると成就するという願掛けのようなものだった。男が手首に付ければ両想いの証、既に恋人同士なら変わらぬ愛の証として独身には人気の古くからの慣わしだ。
「これ、食堂でキャサリンの前に寝ていた女が押し付けてきた物なんだ。もう飽きたから声を掛けることはないと捨てたんだよ…ゴミ箱に捨てれば良かったな」
「……」
「エレノアが拾ったのか。なんだ 私に媚びることにしたのか?美人と頭の良さと家柄だけが取り柄で可愛げも色気もないつまらない女でも未来の王妃候補だもんな。
いっそ 他の男と寝てきたらマシになるんじゃないか?」
「殿下!」
「私は好みでもない女にベッドで尽くすつもりはない。顔か体かどちらかでも好みだったらキャサリンのように優しく声をかけてやるさ。
まったく…どうしたらあんな貧しい胸になるんだよ。公爵夫人は普通にあったぞ?」
シュノー嬢がドアの所に居るのに!
「お言葉が過ぎます」
「婚約者候補なんて欲の化身だろう。このくらいのことを言われてもびくともせずに婚約者候補の席に座り続けるさ」
ゴーン ゴーン ゴーン ゴーン
予鈴が鳴ってしまった。
「私どもは教室に戻ります」
「失礼します」
廊下に出るとシュノー嬢はいなかった。
クズだ。
アルメット第一王子はクズだ。
我儘なところはあったがここまででは無かった。
殿下の上には三人の王女がいる。
四人目でやっと王子が産まれた。それがアルメット第一王子だ。王子教育はあるが、待望の男児ということで甘やかされて育ったと思う。
特に王妃は目に入れても痛くないといった感じで、アルメット王子が問題を起こしても庇う。
まだ4、5歳くらいの男の子が集まれば上下関係などピンとこない。交流の場で喧嘩になってアルメット王子が擦り傷を負うと王妃は怒り狂った。
原因も先に手を出したのも王子で、相手の男の子は殴りかかってくる王子を押しただけ。
相手の子はヘベルス侯爵家の長男。一つ歳上だったこともあり やり返すことはなかったが、流石に殴られ続けるのは嫌だったので“止めて”と押したのだ。
王妃は付き添いのヘベルス侯爵夫人と侯爵令息を貴族牢へ閉じ込めた。
1時間しないうちに国王陛下が慌てて出したがヘベルス侯爵から抗議を受けた。
王室派だったヘベルス侯爵家を貴族派に変えてしまう出来事だった。
国王は不安に思い、側妃を迎えた。そして直ぐにアルメット王子と6歳離れたパトリック第二王子が誕生した。
王妃もアルメット王子もパトリック王子に脅威を感じていない。次期国王の座をもらえるものだと信じて疑わない。
暴力を振るうことは無くなったけど、真の友人はいない。利害関係とか立場上 愛想を良くしている令息達をアルメット王子は友と呼んでいる。
入学前に側近候補の話があった。
俺は次男で侯爵家を継げるわけではない。
だから俺も友人とは思ったことはないが遊び相手に度々呼ばれていた幼馴染として受けることにした。
こんなことなら辞退しておけば良かったと今更後悔している。
ジェイクはどう思っているのだろう。
殿下には婚約者候補が三人いる。
中立派で裕福な家門のデボラ・クイン伯爵令嬢、貴族派のビクトリア・ローズベル侯爵令嬢、王室派のエレノア・シュノー公爵令嬢だ。
十人から今の三人に絞られたのは去年の始め。
正式な婚約者は殿下が卒業する日に決まる。
王子が産まれると、前三年後五年に産まれた貴族の婚約が凍結される。王子の婚約者探しが優先されるからだ。
殿下の卒業と同時に婚約者が発表されたら、その後すぐに貴族界は大混乱になる。婚約者争奪戦が始まるからだ。
こっそり約束をする家門もいるようだが、次期国王と言われている殿下の婚約者の家門次第で縁続きになりたい家門が変わるため、発表を待つ家門がほとんどだ。
俺もジェイクも婚約者はいない。
「ジェイク、半年後どうするんだ?」
「フレデリックと一緒だと思うぞ」
「そうか。卒業したらゆっくり会わないか」
「2人だけでな」
クラスが違うジェイクと別れて教室に入った。
“2人だけでな”
つまりジェイクは俺と一緒で、卒業の翌日に側近候補を辞退するということだ。
今日の授業が全て終わると屋敷に戻り、勉強を済ませ、早めの食事をして湯浴みをした。今夜はあの日だ。
「ロバート、後はよろしく頼む」
「かしこまりました。日付が変わる前にはお戻りください」
「急ぐよ」
年頃の俺にも息抜きが必要だった。
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