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卒業後
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高価な調度品に囲まれた居間に慣れた私は出されたお茶を飲みながら親友を待っていた。
平凡なリシュー子爵家は普通ならお近付きになれないはずのエンヴェル侯爵家なのだが、ここの次男と親友になってしまった。彼の親友だと名乗るには烏滸がましいほどに格差がある。
うちは王都に屋敷を持たないので 領主のゲルズベル伯爵のタウンハウスに居候しながら学園に通っていた。同じ歳のアラン様は伯爵家の跡継ぎ。アラン様の妹はまだ幼い。彼とも当たり障りのない関係を築けていると思う。
「こちらは隣国で人気のお店のお菓子です。どうぞお召し上がりください」
「そ、そんな大切なお菓子を私如きが口にできませんわ」
「坊ちゃまのお気持ちですので、お嫌いでなければお召し上がりください」
「…ひとつだけいただきます」
お菓子といえど、コレを買うだけのために隣国まで買いに行かせたのよね?費用を乗せると一つがとんでもない値段のお菓子なのに、私なんかに食べさせるとは。エンヴェル家は裕福過ぎるわ。
早く帰りたいんだけど。
「ユリナ 待たせたな」
「エンヴェル様、ごきげんよう」
「たった今 ごきげんは急降下した」
「はい?」
「何故家名で呼んだ」
「エンヴェル侯爵令息で間違いありませんよね?」
「続けざまに敬語か。俺にケンカを売っているのか?」
「うちは平凡以下の子爵家です。学園は卒業したのですから身の程を弁えないといけません」
「今まで通りタメ口でロジェと呼べよ。平凡以下の子爵家の娘ならな俺の言うことに従え」
「暴君」
「そうそう。それでこそユリナだ。
今日は仕上げだから店に行く」
「いってらっしゃい」
「ユリナも行くんだよ」
「何故に?」
「お前のドレスだからだ」
「は? また勝手に作ったの!?
何着目だと思っているのよ」
「4着目」
「11着目よ!止めてよ!また高価なドレスなんでしょう?」
「1週間後にうちで夜会を開くんだ」
「また出席しろと?」
「その通り」
「イヤ」
「ドレスだけじゃないぞ、ネックレスとか買っといてやったから喜べ」
「だから要らないってば。欲しくないの」
「お前は本当に変わってるな。令嬢なら喜ぶところだろう?なのに毎度嫌がるなんておかしいだろう」
「だったら喜ぶ令嬢にあげたらいいじゃない」
「ユリナ。そういうことは言わない約束だろう」
「約束なんかしてない。勝手にロジェがそう命じただけじゃない」
他の令嬢とロジェが関わることを私が言うと機嫌が悪くなる。
彼はエンヴェル侯爵家の次男でモテるのに全く令嬢を寄せ付けない。
学園にいるときに、手紙や贈り物を私経由でロジェに渡そうとした令嬢がいて、ロジェは私から奪い取ると依頼主の令嬢の教室に入り みんなの前で彼女に突き返した。
“手紙と物で釣ろうなど、俺を侮辱しているとしか思えない。気持ち悪いから二度とするな。
それに俺の親友を巻き込むな!渡しておいて?ふざけるな!あいつはお前のメイドじゃないんだぞ!そんなことも分からないのか!そのクソ頭は!”
下位貴族のご令嬢にも高位貴族のご令嬢にも こんな感じで突き返す。下位貴族のご令嬢は号泣。高位貴族のご令嬢はしばらく不登校になった。
お陰で、ただでさえ私とロジェの間に何かあると勘ぐる人達が 余計に噂を立てて、ロジェの愛人と陰で囁かれていた。
私は成績だけは抜群に良いが、パッとしない子爵家の令嬢で容姿も普通。
それに対してロジェは 美男子だが冷たくて恐い印象の顔と 騎士にでもなれそうな高身長の肉体美の持ち主で お金も権力もあるエンヴェル侯爵家の令息だ。普通は近付くことも無いほどロジェとは差がある。
ロジェは私には気さくに話し、距離も近い。そして彼の出席するパーティなどは必ず私を同伴させるから、学生の間の遊び相手と思われてしまった。だから私に縁談は来ない。
リシュー子爵家は魅力的な家門ではないし、多額の持参金を持たせられるわけでもない。だから貴族令嬢という肩書きと純潔という僅かな商品価値で下級貴族に嫁に出したいところだが、両親はことごとく断られる縁談に頭を悩ませている。
まさか、ロジェが学生の間だけ性の捌け口として使っている女と周知されていると知らないからだ。私の条件で使い古しと思われていては まともな縁談は来ない。
店に行き、ほぼ完成していたドレスを試着した後は、ロジェに引っ張り回されて散々買い物をさせられた。
伯爵家に送ってもらう途中で抗議した。
「もうアラン様を使うのは止めてよね」
「使ってない。ユリナを来させてくれと言っただけだ」
「それを言っているの」
「アランはユリナを送り届けただけだろう」
ロジェの呼び出しを無視する私をアラン様に連れて来させるのが常習になっていた。アラン様は次期伯爵で領主になるのに すごく困る。
うちは分家で領地の一部を任されているにすぎない。
「全く…でも こんなやり取りも もうすぐ終わりね」
「ついに観念したか」
「何のことよ。
もうすぐ王都を離れるの」
「は!?」
「卒業したのだから伯爵邸に滞在する理由がないもの。次の夜会が最後よ。もうドレスは作らないで」
「伯爵領に帰るのか」
「一旦ね」
「一旦?どういう意味だ」
「嫁の貰い手が無いから、伯母様を頼ることにしたの」
「伯母…隣国に移住した伯母か?」
「そう。ツテがあるから何人か紹介してくれるらしいの」
「…何を何人だと?」
「令息よ。後妻の話もあるけどね。穏やかで子爵家より裕福だし、小さな跡継ぎはいるからプレッシャーも無い良い話なの」
「本気なのか」
「当たり前じゃない。国内じゃ まともな縁談が無いから仕方ないの。ロジェも次男だからといって いつまでも独身を謳歌できないわよ。早くお嫁さんを見つけないと。
全く…ロジェは条件良いんだし、微笑んでおけば誰か引っかかるから頑張りなさいよ」
「そんなに俺の条件はいいんだな?」
「まあ一般的にはね。後は微笑んで令嬢の心を掴むなり 母性本能をくすぐるなりして上手くやるのよ」
「少し強引でも構わないな?」
「少しくらい構わないんじゃない?そういうのが好きな令嬢相手なら」
「だよな。そうするよ」
やっとロジェがお嫁さんを迎える気になったと安心していたのに……。
平凡なリシュー子爵家は普通ならお近付きになれないはずのエンヴェル侯爵家なのだが、ここの次男と親友になってしまった。彼の親友だと名乗るには烏滸がましいほどに格差がある。
うちは王都に屋敷を持たないので 領主のゲルズベル伯爵のタウンハウスに居候しながら学園に通っていた。同じ歳のアラン様は伯爵家の跡継ぎ。アラン様の妹はまだ幼い。彼とも当たり障りのない関係を築けていると思う。
「こちらは隣国で人気のお店のお菓子です。どうぞお召し上がりください」
「そ、そんな大切なお菓子を私如きが口にできませんわ」
「坊ちゃまのお気持ちですので、お嫌いでなければお召し上がりください」
「…ひとつだけいただきます」
お菓子といえど、コレを買うだけのために隣国まで買いに行かせたのよね?費用を乗せると一つがとんでもない値段のお菓子なのに、私なんかに食べさせるとは。エンヴェル家は裕福過ぎるわ。
早く帰りたいんだけど。
「ユリナ 待たせたな」
「エンヴェル様、ごきげんよう」
「たった今 ごきげんは急降下した」
「はい?」
「何故家名で呼んだ」
「エンヴェル侯爵令息で間違いありませんよね?」
「続けざまに敬語か。俺にケンカを売っているのか?」
「うちは平凡以下の子爵家です。学園は卒業したのですから身の程を弁えないといけません」
「今まで通りタメ口でロジェと呼べよ。平凡以下の子爵家の娘ならな俺の言うことに従え」
「暴君」
「そうそう。それでこそユリナだ。
今日は仕上げだから店に行く」
「いってらっしゃい」
「ユリナも行くんだよ」
「何故に?」
「お前のドレスだからだ」
「は? また勝手に作ったの!?
何着目だと思っているのよ」
「4着目」
「11着目よ!止めてよ!また高価なドレスなんでしょう?」
「1週間後にうちで夜会を開くんだ」
「また出席しろと?」
「その通り」
「イヤ」
「ドレスだけじゃないぞ、ネックレスとか買っといてやったから喜べ」
「だから要らないってば。欲しくないの」
「お前は本当に変わってるな。令嬢なら喜ぶところだろう?なのに毎度嫌がるなんておかしいだろう」
「だったら喜ぶ令嬢にあげたらいいじゃない」
「ユリナ。そういうことは言わない約束だろう」
「約束なんかしてない。勝手にロジェがそう命じただけじゃない」
他の令嬢とロジェが関わることを私が言うと機嫌が悪くなる。
彼はエンヴェル侯爵家の次男でモテるのに全く令嬢を寄せ付けない。
学園にいるときに、手紙や贈り物を私経由でロジェに渡そうとした令嬢がいて、ロジェは私から奪い取ると依頼主の令嬢の教室に入り みんなの前で彼女に突き返した。
“手紙と物で釣ろうなど、俺を侮辱しているとしか思えない。気持ち悪いから二度とするな。
それに俺の親友を巻き込むな!渡しておいて?ふざけるな!あいつはお前のメイドじゃないんだぞ!そんなことも分からないのか!そのクソ頭は!”
下位貴族のご令嬢にも高位貴族のご令嬢にも こんな感じで突き返す。下位貴族のご令嬢は号泣。高位貴族のご令嬢はしばらく不登校になった。
お陰で、ただでさえ私とロジェの間に何かあると勘ぐる人達が 余計に噂を立てて、ロジェの愛人と陰で囁かれていた。
私は成績だけは抜群に良いが、パッとしない子爵家の令嬢で容姿も普通。
それに対してロジェは 美男子だが冷たくて恐い印象の顔と 騎士にでもなれそうな高身長の肉体美の持ち主で お金も権力もあるエンヴェル侯爵家の令息だ。普通は近付くことも無いほどロジェとは差がある。
ロジェは私には気さくに話し、距離も近い。そして彼の出席するパーティなどは必ず私を同伴させるから、学生の間の遊び相手と思われてしまった。だから私に縁談は来ない。
リシュー子爵家は魅力的な家門ではないし、多額の持参金を持たせられるわけでもない。だから貴族令嬢という肩書きと純潔という僅かな商品価値で下級貴族に嫁に出したいところだが、両親はことごとく断られる縁談に頭を悩ませている。
まさか、ロジェが学生の間だけ性の捌け口として使っている女と周知されていると知らないからだ。私の条件で使い古しと思われていては まともな縁談は来ない。
店に行き、ほぼ完成していたドレスを試着した後は、ロジェに引っ張り回されて散々買い物をさせられた。
伯爵家に送ってもらう途中で抗議した。
「もうアラン様を使うのは止めてよね」
「使ってない。ユリナを来させてくれと言っただけだ」
「それを言っているの」
「アランはユリナを送り届けただけだろう」
ロジェの呼び出しを無視する私をアラン様に連れて来させるのが常習になっていた。アラン様は次期伯爵で領主になるのに すごく困る。
うちは分家で領地の一部を任されているにすぎない。
「全く…でも こんなやり取りも もうすぐ終わりね」
「ついに観念したか」
「何のことよ。
もうすぐ王都を離れるの」
「は!?」
「卒業したのだから伯爵邸に滞在する理由がないもの。次の夜会が最後よ。もうドレスは作らないで」
「伯爵領に帰るのか」
「一旦ね」
「一旦?どういう意味だ」
「嫁の貰い手が無いから、伯母様を頼ることにしたの」
「伯母…隣国に移住した伯母か?」
「そう。ツテがあるから何人か紹介してくれるらしいの」
「…何を何人だと?」
「令息よ。後妻の話もあるけどね。穏やかで子爵家より裕福だし、小さな跡継ぎはいるからプレッシャーも無い良い話なの」
「本気なのか」
「当たり前じゃない。国内じゃ まともな縁談が無いから仕方ないの。ロジェも次男だからといって いつまでも独身を謳歌できないわよ。早くお嫁さんを見つけないと。
全く…ロジェは条件良いんだし、微笑んでおけば誰か引っかかるから頑張りなさいよ」
「そんなに俺の条件はいいんだな?」
「まあ一般的にはね。後は微笑んで令嬢の心を掴むなり 母性本能をくすぐるなりして上手くやるのよ」
「少し強引でも構わないな?」
「少しくらい構わないんじゃない?そういうのが好きな令嬢相手なら」
「だよな。そうするよ」
やっとロジェがお嫁さんを迎える気になったと安心していたのに……。
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