【完結】もう愛しくないです

ユユ

文字の大きさ
上 下
28 / 34

パトリシア

しおりを挟む
【 パトリシア・コルベーヌ 】

私は最初から男爵令嬢だったわけではない。幼い頃にお父様が男爵を賜った。

その後は大変だった。父と兄2人に1人の教師、母と私に1人の教師がついた。
貴族の歴史やマナーなどの紳士淑女の教育だった。

息苦しい生活が始まったのだと項垂れた。

ある程度進むと学園入学に向けて教師がつけられた。

お茶会では嫌な目に遭う事も多い。
新興貴族だからと馬鹿にされる。

そんな中で、ひとつだけ良いことがあった。
物語の王子様のような素敵な人と婚約者に
なれた。

優秀でもないし没落寸前の伯爵家の子息だけど、絵本や小説から抜け出たような麗しい令息だった。


パパは何でも与えてくれた。
絵本、ぬいぐるみ、宝石、お姫様のようなドレス。

お城が欲しいと言った時は田舎に小さな城を建てられるかもしれないが、パパ達は王都が仕事場だからパトリシアと使用人だけで住むことになるよと言われ諦めた。

その代わり私の部屋はお姫様の部屋に改装された。二部屋を続き部屋にして衣装部屋にしてくれた。

いつものように私は言った。

『パパ、あの令息が欲しい』


婚約の署名をする前にパパから話があると言われた。

『パトリシア。

この婚約は向こうの令息にとってはお金のための婚約だ。つまり今の段階で彼はパトリシアを好きではない。

逃げられないよう、他の令嬢に目が向かないよう契約書で縛るけど、愛情が欲しければパトリシアが彼に愛情を示さなくてはならないよ』

『パパ…』

『すぐ好きになってもらえるかもしれない。何年もかかるかもしれない。もしくは一生心は手に入らないかもしれない。それでも彼を選ぶかい?』

『大事にする。愛情をかけるわ』

『分かった。じゃあ、ここに名前を書いて』




彼は優しかった。美しい微笑み、洗練された振る舞い、優雅なエスコート。
伯爵令息となるとこんなに違うものかと驚いた。

お姫様になった気分だったが、出かけ先で令嬢達の声が僅かに耳に入った。

『全然釣り合っていないわね』

『下品だわ。令息がかわいそう』

彼には聞こえていないみたいでメニューを見ていた。
 

帰るとすぐにパパにお願いした。

『もっと厳しいマナーの先生をつけて』

『…デニス殿に何が言われたのかい?』

『彼は完璧よ。
私が見劣りしてると分かったの。
カフェで令嬢達が小さな声で私が下品だって』

『デニス殿はなんて?』

『私の斜め後ろにいた子達だから、小声過ぎて彼には聞こえていなかったの』

『そうか。なら中流貴族を教える先生を雇うが、厳しくても投げ出さずにやるんだよ』

『ありがとうパパ』



実際に習ってみるとこんなに違うものかと驚いた。今迄合格を貰えていた所作に指摘を受ける。

『熱っ!』

ガチャン

持ち方が悪くて指に熱さが伝わりカップを落としてしまった。

『……何故そうなったか分かりますか』

『ちょっと間違えました』

『集中力の欠如です。ちょっと調子よくできていると油断したのです。
息をするのと同じくらい無意識下でできるようになるまで気を抜いてはいけません。

起きている間はずっとです』

『気がおかしくなってしまいます』

『身につけば解放されます』

『高位貴族はもっと厳しいのですか』

『幼児から始めます。お茶会に出される歳には既にテーブルマナーは身についておられます。

学ぶことが沢山ありますから。語学も3カ国後は標準ですし、学園の成績もAかBクラスにいないと恥だと言われてしまいます』

『できない子はいないのですか』

『いても隠されるように生活させます。
家族と縁を繋ぎたい商家や、裕福な平民、貴族の妾、没落寸前の下位貴族、リタイアなさった殿方の後妻に嫁ぐのが主です。

分家の立場の弱い家に押し付ける場合もあります。稀に容姿が良ければ容姿を重視した殿方が召してくださいます。

それらにもなれなければ除籍されて平民として働きながら生きていくか修道院へ送られるか娼館に売られます』

『そんな!』

『良いことばかりではないのです。多くの義務を積み重ねて権利が与えられるのです。
手始めがマナーです。

この国ではそうですが、国が違えばまた女性の扱いは変わります。もっと優しい国もあれば、意見を言う事も許されない国もあります。

結婚まで家で保護という名の監禁をされて、家族以外の異性と話す事も許されず、綺麗な身で嫁がせるのです。

奴隷にされたり家長に処刑されてしまう厳しい国もあるのです。

恵まれた国で不自由なく暮らせることに感謝をしながら義務を果たしましょう』




先生からあまり注意を受けなくなってきて、茶会でも虐められなくなってきた。

会話が進むにつれて気になることができた。

『ロバートったら手袋を外して手を繋ぎたがるのです。汗をかくし、外なのに恥ずかしいですわ』

『直接肌に触れたいのですね。ジョージは頬や髪に触れる時に手袋を外すしますわ』

『羨ましいですわ。うちは完全な政略結婚なので、階段か茶会やパーティでしか手を取ってくださいませんの』

『パトリシア様は?』

『いつも優しくしてくださいますわ』

その時から違和感が私の中に巣くった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私の愛した婚約者は死にました〜過去は捨てましたので自由に生きます〜

みおな
恋愛
 大好きだった人。 一目惚れだった。だから、あの人が婚約者になって、本当に嬉しかった。  なのに、私の友人と愛を交わしていたなんて。  もう誰も信じられない。

決めたのはあなたでしょう?

みおな
恋愛
 ずっと好きだった人がいた。 だけど、その人は私の気持ちに応えてくれなかった。  どれだけ求めても手に入らないなら、とやっと全てを捨てる決心がつきました。  なのに、今さら好きなのは私だと? 捨てたのはあなたでしょう。

(完結)親友の未亡人がそれほど大事ですか?

青空一夏
恋愛
「お願いだよ。リーズ。わたしはあなただけを愛すると誓う。これほど君を愛しているのはわたしだけだ」  婚約者がいる私に何度も言い寄ってきたジャンはルース伯爵家の4男だ。 私には家族ぐるみでお付き合いしている婚約者エルガー・バロワ様がいる。彼はバロワ侯爵家の三男だ。私の両親はエルガー様をとても気に入っていた。優秀で冷静沈着、理想的なお婿さんになってくれるはずだった。  けれどエルガー様が女性と抱き合っているところを目撃して以来、私はジャンと仲良くなっていき婚約解消を両親にお願いしたのだった。その後、ジャンと結婚したが彼は・・・・・・ ※この世界では女性は爵位が継げない。跡継ぎ娘と結婚しても婿となっただけでは当主にはなれない。婿養子になって始めて当主の立場と爵位継承権や財産相続権が与えられる。西洋の史実には全く基づいておりません。独自の異世界のお話しです。 ※現代的言葉遣いあり。現代的機器や商品など出てくる可能性あり。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

(完結)お姉様を選んだことを今更後悔しても遅いです!

青空一夏
恋愛
私はブロッサム・ビアス。ビアス候爵家の次女で、私の婚約者はフロイド・ターナー伯爵令息だった。結婚式を一ヶ月後に控え、私は仕上がってきたドレスをお父様達に見せていた。 すると、お母様達は思いがけない言葉を口にする。 「まぁ、素敵! そのドレスはお腹周りをカバーできて良いわね。コーデリアにぴったりよ」 「まだ、コーデリアのお腹は目立たないが、それなら大丈夫だろう」 なぜ、お姉様の名前がでてくるの? なんと、お姉様は私の婚約者の子供を妊娠していると言い出して、フロイドは私に婚約破棄をつきつけたのだった。 ※タグの追加や変更あるかもしれません。 ※因果応報的ざまぁのはず。 ※作者独自の世界のゆるふわ設定。 ※過去作のリメイク版です。過去作品は非公開にしました。 ※表紙は作者作成AIイラスト。ブロッサムのイメージイラストです。

忘れられた妻

毛蟹葵葉
恋愛
結婚初夜、チネロは夫になったセインに抱かれることはなかった。 セインは彼女に積もり積もった怒りをぶつけた。 「浅ましいお前の母のわがままで、私は愛する者を伴侶にできなかった。それを止めなかったお前は罪人だ。顔を見るだけで吐き気がする」 セインは婚約者だった時とは別人のような冷たい目で、チネロを睨みつけて吐き捨てた。 「3年間、白い結婚が認められたらお前を自由にしてやる。私の妻になったのだから飢えない程度には生活の面倒は見てやるが、それ以上は求めるな」 セインはそれだけ言い残してチネロの前からいなくなった。 そして、チネロは、誰もいない別邸へと連れて行かれた。 三人称の練習で書いています。違和感があるかもしれません

【完】愛人に王妃の座を奪い取られました。

112
恋愛
クインツ国の王妃アンは、王レイナルドの命を受け廃妃となった。 愛人であったリディア嬢が新しい王妃となり、アンはその日のうちに王宮を出ていく。 実家の伯爵家の屋敷へ帰るが、継母のダーナによって身を寄せることも敵わない。 アンは動じることなく、継母に一つの提案をする。 「私に娼館を紹介してください」 娼婦になると思った継母は喜んでアンを娼館へと送り出して──

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

処理中です...