上 下
13 / 15

別れ

しおりを挟む
そんな生活を2ヶ月も過ごしていた。

ある日、兄様が珍しくフェリング家の別棟に訪ねてきた。

「どうなさったの」

「隣に座れ」

「お兄様?」

「お願いだ」

切羽詰まった兄様の隣に座るときつく抱きしめられた。

何? 

「サシャ・バルトンが亡くなった」

「えっ」

「伯爵が亡くなったんだ!」

「いくらお兄様でもそんな冗談は…」

「昨日の朝、後ろから来た暴走馬車に追突されて2台とも崖下に落ちた」

「嫌…」

手が冷えて思考が鈍る。

「即死だったと今朝連絡があった。
伯爵夫人が早馬を出してくださった」

夢だわ。悪い夢を見ているのだわ。

視界が歪む。

「アリエル!アリエル!」





目が覚めたら元通り。そう思っていた。
気を失った私は目覚めても悪夢から覚めなかった。

兄様は私をラクロワ家に移していた。

葬儀にも行って花を添えたが棺は開いていなかった。
私が立ち尽くしていると少しだけ蓋をずらしてもらえた。

顔は包帯で巻かれ見えなかった。鼻の凹凸がなかった。

手に触れると冷たかった。

「この傷……」

サシャ様が学生の頃に怪我をしたと言っていた傷だった。

そこからは涙が溢れて止まらなかった。付き添った兄様に強制的に連れ出されラクロワ邸に戻った。

翌日、夫人宛にお詫びの手紙を書いた。




半月後、私の心は閉じたまま。
心配する家族を制してフェリング邸の別棟へ帰った。

仕事だけして、あとはボーッとしていた。
食欲は全くなく、仕方なく何かを口に入れる。
月のモノは既に止まり、食べ物を受け付けなくなった。このままサシャ様が迎えに来るのかもしれないと不調に身を任せた。

メイドから報告を聞いていた侯爵が何度も医者を連れてきていたが拒んだ。

サシャ様が天に召されてから2ヶ月後、侯爵は兄様と医者を連れて来た。

仕方ないから診察を受け入れた。診せたら気が済むだろう。

「これはまずい、点滴を」

「いいのです。このまま逝かせてください」

「何を言っているのですか!赤ちゃんを殺す気ですか!!」

「えっ」

「悪阻で食べ物を受け付けなかったのかも知れません。栄養を補給しないと流産しますよ」

助手が点滴をしている私に付き添っている間に医者は兄様達に説明しに行ったようだ。

すぐに兄様と侯爵が入ってきた。

「アリエル、伯爵の子で間違いないな」

「はい。お兄様」

「伯爵の忘形見だ。健康に産んでやらないと」

「ううっ……はい……」

「カイゼル殿、そういう訳だ。アリエルは連れて帰る。離縁の手続きは後日、」

「別れません」

「無理をするな。アリエルは他の男の子を孕んでいるんだ」

「私の子として受け入れます」

「お父上が許すわけがないし、はっきり言ってカイゼル殿を信用できない」

「アリエルが何処で暮らそうが私の妻で、アリエルが産む子は私の子です」

「カイゼル様、慰謝料は払いますから」

「もう一度」

「慰謝料は」

「違う!名前を」

「……カイゼル様」

嬉しそうに破顔すると膝をつけて懇願した。

「ロビン殿、アリエル。お願いです。
アリエルを守るチャンスをください」

「今は決められない。兎に角アリエルには管理が必要だ。連れて帰る」

「見舞いに行かせてください。突然行っても具合が悪くなければ会わせてください。
一目無事を確認したら帰りますから!」

「分かった」




点滴が終わり、少し身体を休めている間にどうしても必要な物を纏めてもらった。

カイゼル様は門の外まで見送りに来た。




ラクロワ邸に着き、私を横抱きにして部屋に連れて行ってくれた後、事情を話しにお父様達の元へ行ってしまった。私はいつの間にか寝てしまった。

しばらくして目が覚めるとメイドがお父様とお母様を呼んできた。


「アリエル、おめでとう」

「お母様」

「欲しかったから作ったのでしょう」

「はい。サシャ様が強く望まれて、私も同意しました」

「夫人には知らせるか」

「産まれたら相続放棄の書類と一緒にお兄様に行っていただきたいです」

「分かった。後は元気になって健康な子を産む事だけを考えなさい」

「ありがとうございます」

「ロビンの子が先だけどね」

「もうすぐでしたね」

「そうね」

「もうひとり妊婦が増えるなんて、お義姉様に申し訳ないです」

「大丈夫だ。ニヤニヤしていたからな」

「それはまた別の意味で怖いですね」

「アリエルの受け付ける食べ物を探さないと駄目ね」

「何故かパンケーキだけは食べれそうです」

「添え物は?」

「バターは使わないでください。ジャムと蜂蜜がいいです」

「分かったわ。糖分の摂りすぎには気を付けなくちゃね」

「はい」




想像通り、頭に浮かんだパンケーキは食べることができた。

そして1日置きにカイゼルが訪ねてくる。

「アリエル、今日は可愛いぬいぐるみを見つけたよ」

「私にですか?」

「赤ちゃんに決まっているだろう」

「………」


その後も

「アリエル、可愛い靴下だろう。小さいよな」

「アリエル、ベビードレスだって!」

「アリエル、涎掛けに猫の刺繍を入れてもらったよ」

「アリエル、このオシメ、すごく手触りがいいんだ」

「アリエル、子供用の食器だよ」

「アリエル、乳母車を特注したからね。デザイン画はこれだよ」

来るたびに何かを買って持ってくる。

子供の通学用の馬車や家庭教師の手配をしようとしたので兄様に言って止めさせた。


そのうち兄様に第一子が産まれた。
兄様にそっくりな男の子だった。
髪の色だけお義姉様に似ていた。

乳母はいるがせっせと兄様が世話をしている。

カイゼルも1日置きに来ては赤ちゃん用品を置いて行き、兄様の赤ちゃんに挨拶をして数分眺めて帰るという。


「アリエル、あいつ、他の男との子でも大丈夫かもしれないぞ」

「………」

「気が向いたらチャンスをやって、駄目なら使用済みのオシメを顔に投げ付けて帰ってこい」

「ふふっ、私、そんなにコントロールがいいとは思えませんわ」

「よし、もう安定期だろう。練習しよう」


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

かわいそうな旦那様‥

みるみる
恋愛
侯爵令嬢リリアのもとに、公爵家の長男テオから婚約の申し込みがありました。ですが、テオはある未亡人に惚れ込んでいて、まだ若くて性的魅力のかけらもないリリアには、本当は全く異性として興味を持っていなかったのです。 そんなテオに、リリアはある提案をしました。 「‥白い結婚のまま、三年後に私と離縁して下さい。」 テオはその提案を承諾しました。 そんな二人の結婚生活は‥‥。 ※題名の「かわいそうな旦那様」については、客観的に見ていると、この旦那のどこが?となると思いますが、主人公の旦那に対する皮肉的な意味も込めて、あえてこの題名にしました。 ※小説家になろうにも投稿中 ※本編完結しましたが、補足したい話がある為番外編を少しだけ投稿しますm(_ _)m

【完結】婚約してから余命のことを知らされました

紫崎 藍華
恋愛
病気で余命1年程度と診断されたライナスは婚約者すらできないまま残された人生を過ごすことが耐えられなかった。 そこで自分の願いを叶えるべく、一人の令嬢に手紙を出した。 書かれたものは婚約の申し出。 自分の病気のことには一切触れていなかった。

茶番には付き合っていられません

わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。 婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。 これではまるで私の方が邪魔者だ。 苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。 どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。 彼が何をしたいのかさっぱり分からない。 もうこんな茶番に付き合っていられない。 そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。

ドン引きするくらいエッチなわたしに年下の彼ができました

中七七三
恋愛
わたしっておかしいの? 小さいころからエッチなことが大好きだった。 そして、小学校のときに起こしてしまった事件。 「アナタ! 女の子なのになにしてるの!」 その母親の言葉が大人になっても頭から離れない。 エッチじゃいけないの? でも、エッチは大好きなのに。 それでも…… わたしは、男の人と付き合えない―― だって、男の人がドン引きするぐらい エッチだったから。 嫌われるのが怖いから。

婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた

cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。 お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。 婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。 過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。 ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。 婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。 明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。 「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。 そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。 茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。 幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。 「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?! ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

異世界勘違い日和

秋山龍央
BL
気がついたら砂漠の真っ只中とか、誰かそんな経験ある? 主人公ヤマトは、気がついたらロボットアクションゲームである『Garden of God』の世界へとトリップしていた! ゲーム中の愛機である漆黒の機体『舞乙女』と共に……。 異世界に転移したヤマトは行き当たりばったりで行動をするも、それが思わぬ波紋を世界に巻き起こしていき……? 主人公受けの勘違いBLコメディです!

契約結婚は円満に終了しました ~勘違い令嬢はお花屋さんを始めたい~

九條葉月
ファンタジー
【ファンタジー1位獲得!】 【HOTランキング1位獲得!】 とある公爵との契約結婚を無事に終えたシャーロットは、夢だったお花屋さんを始めるための準備に取りかかる。 花を包むビニールがなければ似たような素材を求めてダンジョンに潜り、吸水スポンジ代わりにスライムを捕まえたり……。そうして準備を進めているのに、なぜか店の実態はお花屋さんからかけ離れていって――?

二人の公爵令嬢 どうやら愛されるのはひとりだけのようです

矢野りと
恋愛
ある日、マーコック公爵家の屋敷から一歳になったばかりの娘の姿が忽然と消えた。 それから十六年後、リディアは自分が公爵令嬢だと知る。 本当の家族と感動の再会を果たし、温かく迎え入れられたリディア。 しかし、公爵家には自分と同じ年齢、同じ髪の色、同じ瞳の子がすでにいた。その子はリディアの身代わりとして縁戚から引き取られた養女だった。 『シャロンと申します、お姉様』 彼女が口にしたのは、両親が生まれたばかりのリディアに贈ったはずの名だった。 家族の愛情も本当の名前も婚約者も、すでにその子のものだと気づくのに時間は掛からなかった。 自分の居場所を見つけられず、葛藤するリディア。 『……今更見つかるなんて……』 ある晩、母である公爵夫人の本音を聞いてしまい、リディアは家族と距離を置こうと決意する。  これ以上、傷つくのは嫌だから……。 けれども、公爵家を出たリディアを家族はそっとしておいてはくれず……。 ――どうして誘拐されたのか、誰にひとりだけ愛されるのか。それぞれの事情が絡み合っていく。 ◇家族との関係に悩みながらも、自分らしく生きようと奮闘するリディア。そんな彼女が自分の居場所を見つけるお話です。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※作品の内容が合わない時は、そっと閉じていただければ幸いです(_ _) ※感想欄のネタバレ配慮はありません。 ※執筆中は余裕がないため、感想への返信はお礼のみになっておりますm(_ _;)m

処理中です...