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絵師の卵

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そして怒られる。

「ララ、倒れたばかりで何をやっているんだ。美味しかったけど駄目だろう」

「兄様、3日も休みましたわ」

「あと1週間はここに来ちゃ駄目だ。
君達もララに聞きに来ては駄目だ」

「そんなぁ」

「地方や異国の書物でも読んでヒントでも探したらどうだ」

「それだ!」

「ララ?」

「何でもないです」



その後は部屋で休みティータイムにお散歩をして一般図書室へ行った。

ここは城に入れた者なら誰でも利用出来る管理レベルの低い図書室だ。

「あら、平民が混じってるわ」

「ドレスが買えないご令嬢かもしれなくてよ」

「………」

いや、あんた達こそ、その豪華なドレスで何しに来たのよ。

「神経が図太いわね」

「まだ居座るつもりよ」

「イヤねぇ。誰が入城を許可したのかしら」

「私だ」

令嬢たちが青ざめた目線の先は私の後ろだった。

「王太子殿下!」

「私が彼女を招いている。

なのに何故お前達が彼女を貶むんだ?」

「……」

「名乗れ」

「っ!! バミュール子爵家の次女テレサと申します」

「あ、ファージストーラ男爵家の長女ティファニーと申します」

「彼女はプルシア侯爵家のご息女だ。
城で講師を務めている。身分も地位も格上だ」

「も、申し訳ございません」

「お詫びいたします」

「二度と図書室へ入るな。早く去れ」

「「失礼しますっ」」

令嬢達が忍びのように去っていった。


「ご迷惑をお掛けしました。王太子殿下」

「ブドウで迷惑をかけたからね、ククッ」

「笑ってる……まさか態とですか!?」

「気が付かなかったんだ、本当だ。

新作美味しかったよ」

「あれは今のところ料理長しか作れませんので暫くリクエストなさらないでください」

「そんなに難しいのか」

「彼らは直ぐに習得しますから大丈夫です」

「ここへは何を探しに?」

「書籍というものをじっくり見たくて」

「ん?」

「どんな感じに本を世に出しているのか見比べたかったのです」

「何をするんだ?」

「レシピ本です。色付きの挿絵が載せられるといいのですけど。挿絵が多過ぎて作るのが大変ですから一冊だけになりそうですね」

「……」

「領地に戻って絵の上手な平民がそうかしら」

「……」





【 リュシアンの視点 】


兄上から呼び出されて王太子執務室にやってきた。

「リュシアン、ララから返事は貰ったのか」

「いいえ」

「ならララの望みをリュシアンが叶えるんだ」

「望みですか?」

「料理の作り方の本を挿絵付きで作りたいらしい。挿絵が多いみたいだ。

聞いた感じだと、絵の上手な平民を雇いたいみたいだ。多分費用を抑えるためと平民に仕事を振って仕事を与えたいのだろう」

「ララは兄上に相談したのですか」

「そんな顔をするな。
独り言をブツブツと言っていたのを聞き取っただけだ。問題は平民の絵描きを領地で探そうとしていることだ。

リュシアンが王都ここで用意できれば直ぐに帰ることはないだろう」

「はい」

「いいか、収入がほとんど無くて困っている平民で絵の上手い者だ。
複数人でもいい。教会や孤児院を当たるといい。

ディオスに話して予定を調整してもらえ。

サプライズにしてもいいが、連れて行くという選択肢もある。
ララを連れて行くなら城外管理部の支援課に話を通して行くように」

「ありがとうございます。早速行って参ります」


リュシアンはサリフィスの気持ちがよく分からなかった。

深夜にララの見舞いに行ってブドウを剥いて食べさせたと聞いた時は複雑だった。

さっき呼ばれて、てっきりララが好きだと言われるのかと思ったが、私にララの力になれと言った。

好きなら自分で動けばララへの印象は良いはずなのにさっぱり分からない。



ディオスに話して支援課を訪ねた。

「レシピ本ですか」

「挿絵をたくさん入れたいようなんだ。
一回きりか続くのかは分からないが、まともに収入を得ていない絵の上手い平民を採用したい」

「プルシア侯爵令嬢に会わせていただきたい」

「私が連れて参ります」


少し待つとディオスがララを連れてきた。
来る途中で何が進行しているのか話したようだ。

「すみません。領地でこっそりやろうと思っていたのですが」

兄上の言った通りだ。危なかった。


支援課の中でも教会や孤児院を担当している男を紹介してもらった。

「では、絵が基本でそこに文字を足して行くようなイメージですね」

「はい。絵は色付きにしたいのです。
柔らかさや艶を表現しつつ本物そっくりの仕上がりに近付けて欲しいのと、料理を作る工程を絵で表現したいので実物が無くても記憶から呼び起こして描ける実力が欲しいのです」

「工程ですか」

「材料も切り方は様々です。

卵の溶き方も一つではありません。空気を含ませるように混ぜたり、塊を切るように混ぜたり軽く混ぜたりします。

二つのものを混ぜ合わせるときも一気に合わせるのか、数回に分けるのか、少しずつ断続的に合わせるのか。

火加減だって弱火と言っても人それぞれ感覚が違いますし、火の強さで熱が通る様が違います。

例えば、その熱の通り方が表現できていたら、絵と見比べて適切な火加減なのかどうかが分かります。

焼き目を付けるとはどの程度なのか、どのくらい泡立てるのか、どのように濾すのか絵で分かればいいのにと思うことだらけなのです。

例えていうなら“昨日会った夫人は美人だった”という言葉を伝え聞いてもよく分かりませんよね?
美人と聞いて王妃様を思い浮かべる人もいれば王太子妃様を思い浮かべる人もいますよね」

「成程。だとするとかなりの腕の持ち主じゃないと駄目ですね」

「はい。作っている最中の瞬間を切り取って絵にするので記憶力と再現力も必要です」

ただ、挿絵の数が多いので、それなりに成功している絵師を登用すると、とんでもない高額な書物が出来上がってしまいます。

そうなると、貸出禁止・閲覧制限扱いになり、厳重に保管されて本の意味がなくなります。
本を見て役立てるのは偉い方ではなく、料理人や家庭で台所に立つ人なのです」

「庶民にも?」

「無理なのは分かっています。
ですが庶民が色の付いた絵を気軽に描ける日がくれば夢物語では終わらないはずです。

今は王宮料理人が使える本にしたいのです。

料理人には手を拭いてから触るように言いますが、見ながら作ることを考えると、汚さない確証はありません。
そしてこの本は、必要としない人にとっては無価値なので費用をあまりかけたくありません。

領民から徴収したお金を使いますから、非難される要素は少しでも減らしたいのです」

「確かに名のある絵師ですと、肖像画を何枚何十枚と描いたような費用になりそうですね。

王都内とその周辺の教会や孤児院、絵具を取り扱っている平民向けの店に手紙を出しましょう。

無駄足を防ぐために、課題も出しましょう。
色付きではありませんが二つ三つ絵を提出してもらって合格者を決めましょう」

「ありがとうございます。

では課題は
一つ目は、カップなどに熱湯を入れて湯気が立っている絵。
二つ目は、卵を割って中から生卵が落ちている瞬間の絵。
三つ目は、千切ったパンの断面図にします。
小さく書かないよう注意書きをお願いします。陰影が無いと順位は低くなります」

「かしこまりました。材料が手に入らないほど困窮している場合は、最寄りの教会で揃えさせて絵の提出をもって、費用を支給します」

「絵の表でも裏でも構いませんので描き上げた日付けと名前を書かせてください。文字が書けないようでしたら代わりに誰かが書くなりしてもらえると助かります」


ララが楽しそうにしてくれて良かった。







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