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リン兄にバレる

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「シェイナお嬢様、いらっしゃいませ」

「今日は彼の部屋着を見たいの。いくつか見せてもらえるかしら」

「こちらへどうぞ」

連絡をしておいたから部屋を使わせてもらえる。店内の商品をじっくり見せたかったが、お客様が多くて叶わない。

「ごめんなさい。リン様。ゆっくり見て回れなくて」

「気にするな。シェイナの母君の店が繁盛しているのは嬉しいからな」

何でだろう。リン兄のこの雰囲気に慣れない。

「まあまあ、お嬢様。ご紹介してくださいませんか」

何て紹介したらいいんだろう。
リン兄はどういう処遇になっているんだろう。

「これはこれはお嬢さん方。

私はノワール家のある部門で統制をとる役を任されているセヴリアンと申します。

シェイナ嬢と仲良くさせていただいております」

「ようこそ当店にいらしてくださいました。
血縁以外で殿方と仲良くしている姿を見たことがありませんでしたので、てっきり恋人かと」

「シェイナ、公爵と来たんじゃないのか」

「“天使のリボン”の方に行ったのです」

「天使のリボン?」

「シェイナ様、ノワール公爵様を天使のリボンに連れて行ったのですか!?」

「え、うん。公爵様が興味津々で。

リン様、元々は下着専門店に部屋着を少しおいていたのですが、需要が出ましたので独立させたのです。

まだここが出来たばかりなので、向こうにも少し部屋着を置いたままなのです」

「ふ~ん。
シェイナは思っていたよりも無防備なんだな」

「無防備?」

「見せてもらおうかな。よろしく頼むよ」

「すぐにお持ちいたします」


「一週間分買うから、四着はシェイナが選んでくれるか?」

「いいですよ」



そして15分後。

「本当にコレ?」

「不満ですか?」

「そうじゃなくて、グレーはいいとして、白、薄紫、薄桃……俺にこの色?」

「はい。似合っていますから。

リン様は陽の光を浴びながら無邪気に笑っているイメージですから」

「俺が?」

「そうですよ」

だって昔はそうだったじゃない。

「……そうか。

シェイナは選ばないのか?」

「いっぱい持っているので」

「何か買ってやる」

「う~ん」

「お嬢様、天使の微笑みは新作をだしましたよ」

「天使の微笑み?」

「髪飾りとかを扱うお店です」

「部屋着は決まったから、そこに行こう」

「でも…」

「遠慮するな」




二分も歩かないうちに到着した。

「ここも混んでるのだな」

「ごめんなさい」

「謝るな」

そう言って優しく微笑むリン兄様が私の手を引く。

「お嬢様、いらっしゃいませ」

「新作が出たと天使の衣で聞いてきたの」

「直ぐにお持ちしますのでお掛けください」

個室に案内されて待つと新作を持ってきてくれた。

「月シリーズの新作で、テーマは遠距離恋愛です。愛しい人が遠くにいても同じ月を見ていると思いながら夜空を見上げている、そんなイメージです」

「なかなか難しいテーマね」

「お嬢様にはまだ早かったかもしれませんね。

もう一つは太陽のシリーズで、テーマは想い出の輝きです。昔、太陽の陽の光の元で大好きな人と過ごした日々を想い浮かべているイメージです」

それぞれバレッタ、マジェステ、コームの三種類だった。

「全部でもいいんだよ」

「は、はい……太陽のマジェステにします」

「他には?」

「これで十分ですわ」

「では、これを包んでくれ」

「かしこまりました」

待っている間、リン兄様が私の髪をいじっていた。

「髪が長いと大変だな」

「そうですね」

「でも綺麗だ」

「っ!」

「………小さな手だな。すべすべで柔らかい」

シェイナの手に触れて感触を楽しんでいた。

「リン様……恥ずかしいです」

「恥ずかしくなんてないだろう」

「いやいや、恥ずかしいですから」

「チュッ」

「リン様!」

「ハハッ 真っ赤だ」

「もう!」

手の甲に口付けをされて驚いた。
いつからこんな揶揄い方をするようになったのか。

ミラはセヴリアンのことをリン兄様と呼んでいた。

兄のように面倒をみてくれた。
歳上達に虐められていないか目を配り、鍛錬も見守り、新しいことを習うとアドバイスをしてくれた。

大きくなってから聞いてみたかった。
どうしてなのか。
だけどシェイナの姿では聞けない。

しかも何これ!リン兄様ってこんなことをする人だったの!?

「リン様は……」

「俺がなんだ?」

「何でもありません」

「言えよ」

「……そういうのは私には止めてください」

「は?」

「他の女性はどうか分かりませんが、私は……」

「他の女にやってねーよ。やったこともねーし、やりたいとも思ってないからな」

「じゃあ、どうして」

「何で聞くんだよ」

「何でって、」

「お待たせ致しました」

「足りるかな?」

「はい。ありがとうございます」

支払いを済ませた後は馬車に乗り ノワール邸に向かった。もうすぐ着くというところで沈黙を破ったのはセヴリアンだった。

「お前があんな顔をするからだ」

「?」

「お前が悪い」

「はい??」

「お前が俺を誘惑したんだ」

「何で口を尖らせて濡れ衣を着せるんですか!」

「濡れ衣じゃない。お前が頬を染めてあんな顔をするから悪い!」

あんな顔?

「リンが、」

「ミラ」

あれ?

「お前、ミラだろう」

「………」

「バレたくないのか?」

「まだ気持ちの整理がつかないの」

「分かった」

その後は何事も無かったかのように屋敷に戻り、昼食の最中に私に命じた。

「シェイナ、俺のことは“リン兄様”と呼べ。
分かったな?」

「はい、リン兄様」

「どうしたんだ?」

「父上が娘同等に可愛がるのなら、そうなると思いました」

「リン兄様、今後ともよろしくお願いします」

「よしよし、妹よ」

嘘くさいけど、ありがとう。
今後の言い間違いの先手を打ってくれたのだと分かった。



午後はノワール家の書類仕事のお手伝いをした。

「シェイナ、それ可愛いな」

「?」

「髪飾り」

「これはリン兄様が買ってくださったのです。新作が出たと聞いて行ってきました」

「セヴリアンが」

「はい」

ローエン様がじっと見つめてきた。

「似合わないですか?」

「似合っている」

「ありがとうございます」




そこで終わらなかった。

夕食時にローエン様が、

「シェイナ、どうして私は駄目でセヴリアンはいいんだ?」

「何がですか」

「私の贈り物は抵抗があって、セヴリアンの贈り物は受け入れるふしがある」

「そういう訳ではありません。

ローエン様は過剰です。仕事着といい、ワンピース、ワンピースドレスといい、下着や部屋着といい沢山買ってしまわれるではありませんか。何点あったと思っておられますか?

それに対してリン兄様は一つです」

「一つだったらいいのか」

「ローエン様はもう手遅れですよ。一生分買ってもらいましたから」

「そこまで嫌か」

「ち、違います! 気が引けるのです!」

「何故だ」

「あんなにいただく謂れがないのです」

「謂れ?」

「………」

「ローエン、そこまでだ。

シェイナは気にしなくていい。
シェイナの考えは尤もなのだから」

「ごちそうさまでした。失礼します」




そして翌日の日曜日のお手伝いを終えた後、私はシヴァを連れてアコールの二階に帰った。

「シヴァ」

「クウン」

「ミスラに会いに行こうね」

「フンッ」

歯磨きをしたりして身支度を済ませた。

「シヴァ、一緒に寝よう」


ドンドン ドンドン

シェイナがカーテンを少し開けると下にセヴリアンがいた。

一階に降りてドアを開けた。

「どうしたの?」

「入るぞ」

「お茶飲む?」

「もらう」

一階で沸かしたお湯を二階に運ぼうとしたらサッとリン兄様が持って二階に上がった。

お茶を淹れて座った。

「ローエン様と揉めたのか」

「う~ん。意見の相違?」

なんで揉めたのか話した。

「あ~、ローエン様は俺達同様に試験も受けて訓練も受けて現場も出たけど、ずっと公爵令息として育ってるからな」

「つまり?」

「買い方も貴族買いだ」

「そんなこと言ったって」

「そもそもシェイナは裕福な公爵令嬢だろう」

「引きこもっていたし、それほど物欲はないから、リン兄様のいう貴族買いなんてしなかったもの」

「あんまり揉めるなよ」

「いやいや、なんであんなに機嫌悪くなっちゃうのか分からないから」

「ニコニコして受け取っておけ」

「そういう訳にはいかないわ」

「それで丸く収まる」

「意図がなければね。それに勘違いをして困ったことをしだす人もいるから。公爵夫人のようにね」

「もう寝るところだったのか」

「うん」

「……なあ、男物の着替えとか何かあるか」

「あるわけないよ」

「じゃあ仕方ない」

そういうと服を脱いでソファの背もたれに服をかけた。

「えっ!何してるの!」

「寝るに決まってるだろう」

「ここで!?」

「外で寝ろってか?」
 
「そうじゃなくて!」

「煩いな。早く寝るぞ。シヴァも来い」

セヴリアンが灯りを消してベッドに入るとシヴァが続いた。

「ほら、早く来い」

「ソファで寝る」

「何だよ。昔はよく俺のベッドに潜り込んだだろう」

「それは子供の頃で、」

「大して変わらないだろう。早くしろ」

仕方なくベッドに入って目を閉じた。

流石にこのベッドでは、大人二人と大型犬は狭かった。



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