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公爵夫人の空席まで

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【 ベアトリスの視点 】


靴を買いに行った夜、部屋の外から声が聞こえた。

『嫌になっちゃうわ、あのお嬢様。
すっかり公爵夫人のつもりでアレコレ命令してくるのよ!
今朝なんか朝食に文句を言っていたわ』

『私は昨夜にマッサージさせられて、下手だの雑だの煩いのよ』

『さっき届いた贈り物見た?』

『見た見た。王宮から届いたみたい』

『王族から?』

『違うみたいよ。まだ成人したばかりなのに男を捕まえるのが特技だなんて』

きっと辺境伯ね。贈り物なんかいいから忍び込みに来なさいよ!

『閣下はご存知ないのよ。知れば激怒なさって追い出すわ』

『今日は警備が薄いのね』

『風邪が流行っていて、全員にうつる前に隔離してるの』

忍び込むにはチャンスじゃない。今夜来ないかしら。

『私、咳が止まらなくなるから気をつけなきゃ。妹達に仕送りしているから休めないの。アノンは?』

『私は親が残した借金があるの。いい仕事があれば飛び付くけど、ないわよね』

『刺繍の内職とか?』

『全然足りないわよ』

『いっそ、閣下のお慰め係になれば?
きっと小娘に満足してないわよ。
若さを貰えるかもしれないけど、眺めてるだけじゃね』

『手っ取り早いかも知れないけど、ベアトリス様を裏切りたくはないわ』

『アノンはベアトリス様に律儀ね』

『専属なのだから当然よ』


アノンは使える。


アノンがお茶を運んできた。

「アノン、相談があるの」

「はい、ベアトリス様」

「客人が現れてから旦那様から冷たくされてるのは知っているわね?」

「……はい」

「この指を見て。すっかり旦那様は客人に洗脳されてしまったわ。
愛があればと思うのだけど、客人は他に思い人がいるそうなの。
だけど公爵夫人の座も欲しいのね。

このままだと旦那様の血を引いていない子を旦那様の子と偽ってしまうわ。

不貞の証拠を掴みたいの」

「証拠ですか」

「もし手紙が届いたり、誰かと会っていたら教えて欲しいの」
 
「かしこまりました」



夕方、

「ベアトリス様、客人宛に手紙が届きました」

アノンは手紙を持っていた。

“愛しのシェイナ

やっと受け入れる気になってくれたんだね。

すごく嬉しいよ。

今夜会いに行くから窓を開けておいて欲しい。

ロープも垂らしておいてくれ。

フェリシアン”



ちょっと!自分で忍び込めないの!?

「アノン、読んでみて」

「……今夜」

「ロープ垂らせって、そんなことをしたら見つかっちゃうじゃない!バカなの!?」

「ベアトリス様、ノワール邸は手足を掛ける部分がないよう建てられております。ですのでよじ登るという行為が困難です。

天井が高いので、二階のバルコニーや窓も普通の邸宅より高い位置にありますので植木鉢程度のものを足場にしても届きません。

ハシゴでも使わないと難しいです。
そしてそんな足場になるような物は放置しません」

「そ、そうなのね」

「特殊な靴や器具があるノワール家でしたら可能ですが、辺境伯はお持ちではないでしょう」

「うちにあるの?」

「ございます」

もう今更ね。ロープしかないわ。

「ロープを垂らしておいてもらえる?」

「しかし、」

「誰かを殺して一階のドアから侵入されるよりいいわ。
ノワール家の使用人が殺されたら可哀想でしょう」

「お優しいのですね。かしこまりました」

「手紙は預かっておくわ」




夕食後、部屋の明かりを消して、ずっと窓の外を監視していた。

「ベアトリス様、果実酒を客人が飲まれましたところ、ボーッとしてふらふらしていらっしゃるのですが大丈夫でしょうか」

「ただの果実酒よ。疲れて酔いが回るのが早かったのでしょう。服を脱がせて寝かせておけばいいわ」

果実酒にはアルコールと相性の悪い薬を混ぜておいた。思考の混濁と虚脱の副作用が出てくれたのね。

昔、薬を飲んだ後、眠れないと酒を口にしてそうなってしまったことがあった。
こんな時に役立つなんて。

後は忍び込むのを確認して、現場を押さえるだけ。



部屋の明かりがほとんど消えた頃、やっと怪しげな動きをする男が現れた。

「遅いじゃないの!」

ロープが垂れ下がっているのを見つけると登って行った。

「よし!」

すぐに行くと事を成す前という可能性もあるから二十分待って三階に上がった。

警備がいない。

令嬢の部屋のドアに耳をあてた。
よく聞こえない。
灯りは消えているようだ。
そっとドアを少し開けるとベッドの軋む音と声がした。

「硬過ぎるわ」

「すまない。ご無沙汰なんだ」

ギシッ  ギシッ 

「すごいわ」

「そうか?」

「パンパンに張ってる」

「もっと体重をかけて。そう。その角度がいい。気持ちいいよ」

ギシッ ギシッ ギシッ 

小娘が上に乗ってるの!?



そっとドアを閉めて急いで夫の部屋のドアを叩いた。

「誰だ」

「ベアトリスです」

ドアが開くと不機嫌な夫が立っていた。

「立ち入り禁止だと言っただろう」

「緊急だったのです。眠れなくて外を眺めていたら不審者が。
公爵令嬢のお部屋の窓から入って行きました。

心配になり、聞き耳を立てたら、情交中のようで」

「……」

夫は剣を手に取り、私は灯りを持たされて小娘の部屋のドアを開けた。

「ああ、気持ちいい。そのまま続けてくれ」

「疲れてきたわ」

「そろそろ終わるから」

ギシッ ギシッ ギシッ

夫が近寄りベッドのレースを捲った。

「何をしてる」

「うわっ、ノワール公爵。
これは治療で、」

どんな治療よ!

「何故ここで?」

「手紙が届いて一応来てみたら、本当にロープが垂らしてあって窓も開いていたから。
彼女に凝り固まって張った筋肉を癒してもらっていたんだ」

「手紙は持っているのか」

「上着のポケットに」

「癒しは城のメイドに頼め」

何、この冷静な会話は……

近寄ると、上半身だけ裸のフェリシアン様がうつ伏せになっていて、メイド服を着たアノンがその上に跨っていた。

「ア、アノン!?」

次の瞬間、強い衝撃が走って…

「お前の用意した果実酒だ。飲め」

口の中に流し込まれた。

「ちゃんと飲まないから敷物が汚れたじゃないか」

呼び鈴が聞こえる。

人の足音

顔半分がジンジンと痛む。

「公爵、妻に容赦無く拳を入れるんだな」

「加減はしたさ。簡単に死んでは困るからな」

「閣下」

「この女を口がきけるように埋めろ」

「かしこまりました」


「公爵、シェイナは?」

「私のベッドで寝ている」

「何で公爵のベッドなんだよ!」

「一番安全だからだ」

小娘は私の夫のベッドで寝ていたの!?

担がれて運ばれていく……何処に?
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