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好条件の物件

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“アコール”という店の扉の先にはシンプルなアクセサリーが展示されていた。
繊細な彫金の物も多い。

「デュケット様」

「ハルンツ社長、いらっしゃい」

社長!?
このおじさまは社長だったの!?

「デュケット様、ご依頼のお客様を連れてきましたよ。内覧と依頼の仕事がどの程度の量が知りたいそうです」

「この若いお嬢様が?」

「明日から王宮勤めが決まっていて、身分は公爵令嬢だから問題ないでしょう」

「公爵令嬢!?
おいくつでしょう」

「後少しで16歳です。デビューは終えました」

「学園へは?」

「学業は終わっておりまして、働くことにしました」

「職種は?」

「宰相閣下の執務室で見習いから始めます」

「エリートの卵だね。なるほど。だとしたら帳簿もやれそうだ。

知識はありますか?」

「はい、複雑でなければすぐに順応します」

「奥が水廻り、上が部屋です。鍵はこれです。社長、案内してもらっても?」

「任せてください」

「気に入ればこの後時間があるなら帳簿の仕事を試させてくれますか。その上で決めましょう」

「はい」

水廻りも部屋も改装済みでとても綺麗だった。収納も十分。

「家具や備品は使っても良いのですか?駄目なら撤去してもらいたいのですが」

「後で確認します。どうですか」

「最高です!」

「それは良かったです。下へ参りましょうか」



帳簿付けは簡単だった。
なんと売れない日もあって週一でまとめてやれば一時間もかからない程度だった。

社長には先に帰ってもらい、私は居残って溜まりに溜まった帳簿付けをやっている。

半年近く溜め込んでいた。娘さんが亡くなってからそのままなのだとか。

支払いは請求がきたものをそのまま支払っているだけでチェックは成されていない。

「お茶にしますか?」

「このまま続けますのでお構いなく」


店終いの頃にはひとまず完了した。

「デュケット様、よろしいですか」

「お茶を淹れますね」



奥の事務室にお茶を用意してもらって説明を始めた。

「書き記して整理はしました。後は支払いが間違いないかどうか確認が必要です」

「半年分を?」

「はい。今日はもう帰ります、支払いの確認は後日で良ければやります」

「いつから住むのですか」

「早めにします」

「保証人は?」

「兄のフィロ・パラストラジルにお願いしようと思います」

「パラストラジルといえば侯爵家ですが、貴女は公爵家のご令嬢では?」

「はい。長男のフィロはパラストラジル侯爵の一人娘と結婚して婿に行きました」

「なるほど」

「兄が駄目ならパラストラジル侯爵に頼みます」

「お父上ではなく?」

「自立したくて」

「鍵はそのまま持っていて、使ってください。備え付けの家具や備品も使ってもらって構いません。店舗との境の扉は重厚な作りになっていて、強盗が入っても奥には簡単には踏み入れられないから安心してください」

「シェイナ・ヴェリテと申します。
明日、社長のところへ行って契約書を作ってもらえる様にお願いしに行きます。
その後買い物をしてから午後に寄りますので続きの作業をしても構いませんか」

「そうしてくれるとありがたいです。
買い物は?」

「まずは仕事に必要な物を買います。服も今日少し買ったのですが足りませんので。

それと私に敬語は不要です。シェイナと呼んでください」

「分かった。

私はイスマエル・デュケットだ。よろしく頼む。

ヴェリテ家のご令嬢なら手助けする様なことはなさそうだな。

……シェイナ?顔色が悪い」

「気のせいですわ。それではまた明日」

「待ってるよ。送ろうか?」

「大丈夫です。馬車がありますので」

「気を付けて」

「失礼します」




側の馬車乗り場で、貸し切り馬車に乗り屋敷に帰った。

「ただいま戻りました」

「旦那様がお呼びです」

「ちょっと疲れたの。30分後に行くと伝えて」

執事のマークスに頼んで自室のベッドに倒れ込む様に横になった。

貴族名簿を確認したが、間違いない。

「はあ~」

イスマエル・デュケット子爵は、爵位を後継に譲る前はイスマエル・ノワール公爵。
ミラの実父だ。

二階に住んでいた娘とは私の姉が妹か。

当主は長男のローエンが継いだと書いてある。


ノワール公爵家は非公開だが影を育て組織する家門でもある。

ノワール家に産まれたら、幼少期に適正の有無を調べる。
暗殺者になる者、諜報員として情報収集を専門にする者、完全なカメレオンのように何年何十年も周囲に溶け込む者の三種が主だ。

ノワールの血を引いていても適正があれば抹消されるなり留学や療養ということにして影に潜み任務に就く。

父ノワール公爵は代々伝わるノワールの掟の一つ、子を多く産ませること。
それを守る為に夫人を二人、妾を三人娶った。

第一夫人は長男ローエン、次女ケイ、三女ミラを産んだ。

第二夫人は長女アナを含む四人を産んだが全員女だった。

妾三人から男児も女児も合わせて10名以上産まれた。

私が死んだ後は知らない。

実子で適正があったのはローエン、アナ、私ミラ、ケビン、キースの五人だけだったと思う。

適正者は一通り教わる。殺しも拷問も演じることも。
私は気配を消すのがずば抜けて上手く諜報員や暗殺のサポートをしていた。
カメレオンの希望を出したが許可はおりなかった。

アナはカメレオンの任務で隣国へ嫁ぎ、次女ケイは能力が無くて国内の何処かの令息と婚約する予定だった。

ケビンはカメレオンで貴族の屋敷へ。キースは暗殺部門。

私は組織の中で頭角をあらわしていった。
あの時は、私より10歳以上歳上のベテランとボス(部門長)の補佐の座を競っていた。

補佐は各ニ人いるのだが、一人怪我で抜けてしまい空きが出た。

まあ、バチスは若い女が上に立つのが嫌だったのだろう。
嘘の暗殺依頼のサポートに私を借り出して罠に嵌めて殺したのだ。




そろそろお父様のところに行くかな。

下に降りて食堂に案内されるとお父様が待っていた。
いつもは母と食べるのに今日は私と食べる様だ。

「お待たせしました」

「体調が悪いのか」

「ちょっと歩き回って疲れた様です。一息つかせていただきました」

「随分と他人行儀になったな」

今の私はミラでもある。シェイナよりも先に仕事をしていた分、気持ちはだ。

「大人になる過程にすぎませんわ」

「宰相と契約したそうだな」

「はい。学園に辞退の連絡も入れました。
宰相閣下との契約も私の条件をのんでもらいました。

部屋はもう見つけて本契約はこれからです。
16歳になった日に引っ越します」

「シェイナ、考え直さないか。決めるのが性急過ぎる」

「契約書は後でマークスに渡しますので確認なさったら戻してください」

「部屋は何処だ」

「王城から近い店の二階です。
元ノワール公爵でいらしたデュケット子爵がオーナーのアクセサリー店の二階です。
書面は明日交わします」

「シェイナ、私が言い過ぎた。許してくれ」

「私を三男だと思えば普通のことです。
考え過ぎですわ」

「思えるわけないだろう。実際には庇護の必要な女の子だ」

「もう決めたのです。どちらも好条件で逃せば後悔します」

「護衛をつけよう」

「要りません。
護衛付きの下働きなんておかしいです。
それに屋敷に住むのではありません。二階にある広めの部屋というだけです。
何処に護衛を待機させるというのですか?
外に立たれたら狙ってくれと言っている様なものです」

「通勤は?」

「店の前に馬車乗り場がありますから王宮行きの馬車に乗ります」

「フィロの所から通うとか」

「それもありません」

「シェイナ……」

「お嬢様、フィロ様がお見えです」

「兄様が?」

「通してくれ」

兄様は席に着くとワインを飲みながら食事が終わるのを待った。

「ごちそうさまでした」

「シェイナ、保証人の件は了解した。この手紙を渡せ。保証人になると書いてある。
別途署名が必要なら王宮に来てもらうか休日に伺うと伝えてくれ」

「ありがとうございます」

「保証人?」

「一階がアクセサリーの店ですので」

「ヴェリテ家の令嬢でもか」

「そういう条件の物件に応募したのは私ですから従うべきです」

「何故父親の私ではないんだ」

「反対なさるからです」

「シェイナ」

「お父様、もう諦めてください」

「シェイナ、父上とは私が話すから部屋に戻っていい」

「ありがとうございます、フィロ兄様」












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