上 下
5 / 18

お見舞い。…から軍師に

しおりを挟む
忙しさ真っ只中の厨房で指揮を取る。

「本当にこれを?」

「大丈夫。もし叔父様が文句を言ったら私が作ったことにするから」

鶏の胸肉を柔らかくするために調味料を入れた水に浸けておいた。料理人達はこの方法を知らないから抵抗があった。

だけど…

「本当だ!胸肉がしっとり柔らかい!」

焼いてソースを絡めた鶏肉の味見をしてもらった。
カロリーを抑えて筋肉を付けてもらわないといけないので、最近は子爵に出す食事にも口を出していた。

今までは怪我を負う前のメニューを出していたが、子爵が食欲が無いと少食になったことで肥満にはならずに済んだ。だが筋肉は落ちている。
今は やる気とリハビリという運動をすることで食欲が戻っているので筋肉を付けて骨にもいい食材を選んで 食事を作ってもらっている。


子爵をその気にさせて以来 子爵邸の多方面で指示を出していた。子爵が“言い出したのはアンジェリーナなのだからダンスが踊れるようになるまで滞在しろ”と言ったせいだ。

お陰ですっかり馴染んでしまい、今は滞在3ヶ月になる。
王都のミュローノ侯爵邸には連絡を入れて、オーダーしていた服や靴は纏めてこっちに送ってもらった。

あまりにも長い滞在で、私が迷惑をかけていると思ったのだろう。ローランドが来たいと叔母様に手紙を送ってきたけど、“来るな”と遠回しに手紙を書いてローランドに返事をしたらしい。
甥っ子だよね?

ワイドパンツは最初 驚かれたが、今では使用人達も見慣れてきたようだ。

滞在中、私も成長した。叔母様がダンスの教師を雇ってくれて簡単なものなら踊れるようになった。
引き続きラウル先生にも乗馬を教わったので もう1人乗りできる。
子爵がもっと回復したら遠乗りをしようと約束した。

子爵は歩けるようになると叔母様と私を連れ回して、知人や友人や親類のパーティに参加した。
私のことを知っている人もいて驚いていたけど、新たなアンジェリーナに直ぐに順応してくれた。

子爵邸に遊びに来る人が増えて、賑やかになった。

「え!ローランドの!?」

王都で暮らしていた叔母様達の息子パトリックと妻レジーヌが帰省して、私の姿を見て驚いていた。

「そうよ。式で会ったでしょう」

「確かに…でも雰囲気がまるで違う」

「記憶がないのよ。今までのアンジェリーナは忘れてリーナと仲良くしてね。リーナはヤンヌ子爵家の恩人なのだから」

叔母様が私が子爵家で何をしたか説明してくれた。

「ミュローノ夫人。父がお世話になりました。子爵家全体が明るくなりました」

「叔父様の努力の賜物です」

「ミュローノ夫人はいつまで滞在を?」

「アンジェリーナとお呼びください。
そろそろ帰ろうと思っているのですが、」

「何を言うんだ。リーナは子爵邸ここにいなさい」

「父上、何を言っているのですか」

「聞けばリーナは嫌いな男と婚姻して義務を押し付けられているのに、その夫は呑気に愛人と旅行を楽しんでいるのだぞ!」

「愛人と旅行ですか」

今まで大人しく聞き役に徹していたお嫁さんのレジーヌが反応した。

「この屋敷にやってきて、自分がミュローノ侯爵家の嫁のようなツラをして、何とも不愉快な女だった」

「…アンジェリーナ様、よろしいのですか?」

「え?」

「そんな女に夫を奪われて」

「ん~聞いたところによると私もローランドもかなり嫌い合っていたようで、私と会うのは基本的に月に一度の10分から20分程度だったと聞きました。記憶を失くして目覚めた時は既に恋人と旅行へ行った後でしたし、その後は一度すれ違っただけで挨拶しかしておりません。ですから思い入れなど全くありません。

私は記憶がありませんから、貴族とか夫人の座とかもピンときません。

ただ王命に逆らうことはできないと聞きました。
私は婚姻を維持して子を成すために月に一度ローランドと十数分過ごすことからは逃れられません。
ですが子さえ産んでしまえば共に暮らす必要はありません。子の親権も養育権も持たないようなので彼の子を産むだけです」

叔父様 叔母様 パトリック レジーヌは固まってしまった。

「皆様は気になさらないでください。お金だけはくれるみたいなので、服も買えて飢えることもありません。乗馬もできるようになりましたし、火も起こせるようになりました。薪割りも経験しましたし、馬小屋掃除や洗濯もできるのですよ」

「くっ…ううっ」

泣き出したのは子爵だった。

「お、叔父様!?」

私と叔母様は席を立ち、子爵の背中を摩った。

「ここにいなさい。領地内の小さな屋敷に住んでもいい」

「叔父様」

「そうよ。別にミュローノ邸で暮らさなくたっていいわ」

「叔母様」

「あいつが凄んでも、君の居場所を言わないよ」

「パトリック様」

「私は妻を幸せにしようとしない甲斐性無しに塩を撒いてやりますわ」

「レジーヌ様……ううっ」

この世界で家族が出来たみたいで嬉しくて、緊張の糸が切れてしまった。

涙が止まらぬ私の口にマリーがお菓子を入れた。

「……」

涙はピタッ止まり、モグモグと口を動かした。

ヤンヌ一家は唖然としていたが、以前マリーに本来の私の話をそれとなくしたうちの一つを覚えていてやってくれたのだ。

“泣き出すと母が口の中にお菓子を入れるの。何故か泣き止むのよ”

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】求婚はほどほどに

ユユ
恋愛
美しい侯爵令嬢に 王子が何度も求婚する話です。 “浮気者と婚約破棄をして 幼馴染と白い結婚をしたはずなのに 溺愛してくる” の続編で、 娘シャルロットのお話です。 こちらのお話だけでも大丈夫です。 * 作り話です * 5万5千文字前後 * 完結保証付きです

ご期待に沿えず、誠に申し訳ございません

野村にれ
恋愛
人としての限界に達していたヨルレアンは、 婚約者であるエルドール第二王子殿下に理不尽とも思える注意を受け、 話の流れから婚約を解消という話にまでなった。 ヨルレアンは自分の立場のために頑張っていたが、 絶対に婚約を解消しようと拳を上げる。

駆け落ちした姉に代わって、悪辣公爵のもとへ嫁ぎましたところ 〜えっ?姉が帰ってきた?こっちは幸せに暮らしているので、お構いなく!〜

あーもんど
恋愛
『私は恋に生きるから、探さないでそっとしておいてほしい』 という置き手紙を残して、駆け落ちした姉のクラリス。 それにより、主人公のレイチェルは姉の婚約者────“悪辣公爵”と呼ばれるヘレスと結婚することに。 そうして、始まった新婚生活はやはり前途多難で……。 まず、夫が会いに来ない。 次に、使用人が仕事をしてくれない。 なので、レイチェル自ら家事などをしないといけず……とても大変。 でも────自由気ままに一人で過ごせる生活は、案外悪くなく……? そんな時、夫が現れて使用人達の職務放棄を知る。 すると、まさかの大激怒!? あっという間に使用人達を懲らしめ、それからはレイチェルとの時間も持つように。 ────もっと残忍で冷酷な方かと思ったけど、結構優しいわね。 と夫を見直すようになった頃、姉が帰ってきて……? 善意の押し付けとでも言うべきか、「あんな男とは、離婚しなさい!」と迫ってきた。 ────いやいや!こっちは幸せに暮らしているので、放っておいてください! ◆小説家になろう様でも、公開中◆

この度、仮面夫婦の妊婦妻になりまして。

天織 みお
恋愛
「おめでとうございます。奥様はご懐妊されています」 目が覚めたらいきなり知らない老人に言われた私。どうやら私、妊娠していたらしい。 「だが!彼女と子供が出来るような心当たりは一度しかないんだぞ!!」 そして、子供を作ったイケメン王太子様との仲はあまり良くないようで――? そこに私の元婚約者らしい隣国の王太子様とそのお妃様まで新婚旅行でやって来た! っていうか、私ただの女子高生なんですけど、いつの間に結婚していたの?!ファーストキスすらまだなんだけど!! っていうか、ここどこ?! ※完結まで毎日2話更新予定でしたが、3話に変更しました ※他サイトにも掲載中

悪女役らしく離婚を迫ろうとしたのに、夫の反応がおかしい

廻り
恋愛
 王太子妃シャルロット20歳は、前世の記憶が蘇る。  ここは小説の世界で、シャルロットは王太子とヒロインの恋路を邪魔する『悪女役』。 『断罪される運命』から逃れたいが、夫は離婚に応じる気がない。  ならばと、シャルロットは別居を始める。 『夫が離婚に応じたくなる計画』を思いついたシャルロットは、それを実行することに。  夫がヒロインと出会うまで、タイムリミットは一年。  それまでに離婚に応じさせたいシャルロットと、なぜか様子がおかしい夫の話。

所詮は他人事と言われたので他人になります!婚約者も親友も見捨てることにした私は好きに生きます!

ユウ
恋愛
辺境伯爵令嬢のリーゼロッテは幼馴染と婚約者に悩まされてきた。 幼馴染で親友であるアグネスは侯爵令嬢であり王太子殿下の婚約者ということもあり幼少期から王命によりサポートを頼まれていた。 婚約者である伯爵家の令息は従妹であるアグネスを大事にするあまり、婚約者であるサリオンも優先するのはアグネスだった。 王太子妃になるアグネスを優先することを了承ていたし、大事な友人と婚約者を愛していたし、尊敬もしていた。 しかしその関係に亀裂が生じたのは一人の女子生徒によるものだった。 貴族でもない平民の少女が特待生としてに入り王太子殿下と懇意だったことでアグネスはきつく当たり、婚約者も同調したのだが、相手は平民の少女。 遠回しに二人を注意するも‥ 「所詮あなたは他人だもの!」 「部外者がしゃしゃりでるな!」 十年以上も尽くしてきた二人の心のない言葉に愛想を尽かしたのだ。 「所詮私は他人でしかないので本当の赤の他人になりましょう」 関係を断ったリーゼロッテは国を出て隣国で生きていくことを決めたのだが… 一方リーゼロッテが学園から姿を消したことで二人は王家からも責められ、孤立してしまうのだった。 なんとか学園に連れ戻そうと試みるのだが…

【完結】貴方のために涙は流しません

ユユ
恋愛
私の涙には希少価値がある。 一人の女神様によって無理矢理 連れてこられたのは 小説の世界をなんとかするためだった。 私は虐げられることを 黙っているアリスではない。 “母親の言うことを聞きなさい” あんたはアリスの父親を寝とっただけの女で 母親じゃない。 “婚約者なら言うことを聞け” なら、お前が聞け。 後妻や婚約者や駄女神に屈しない! 好き勝手に変えてやる! ※ 作り話です ※ 15万字前後 ※ 完結保証付き

懐妊したポンコツ妻は夫から自立したい

キムラましゅろう
恋愛
ある日突然、ユニカは夫セドリックから別邸に移るように命じられる。 その理由は神託により選定された『聖なる乙女』を婚家であるロレイン公爵家で庇護する事に決まったからだという。 だがじつはユニカはそれら全ての事を事前に知っていた。何故ならユニカは17歳の時から突然予知夢を見るようになったから。 ディアナという娘が聖なる乙女になる事も、自分が他所へ移される事も、セドリックとディアナが恋仲になる事も、そして自分が夫に望まれない妊娠をする事も……。 なのでユニカは決意する。 予知夢で見た事は変えられないとしても、その中で自分なりに最善を尽くし、お腹の子と幸せになれるように頑張ろうと。 そしてセドリックから離婚を突きつけられる頃には立派に自立した自分になって、胸を張って新しい人生を歩いて行こうと。 これは不自然なくらいに周囲の人間に恵まれたユニカが夫から自立するために、アレコレと奮闘……してるようには見えないが、幸せな未来の為に頑張ってジタバタする物語である。 いつもながらの完全ご都合主義、ゆるゆる設定、ノンリアリティなお話です。 宇宙に負けない広いお心でお読み頂けると有難いです。 作中、グリム童話やアンデルセン童話の登場人物と同じ名のキャラで出てきますが、決してご本人ではありません。 また、この異世界でも似たような童話があるという設定の元での物語です。 どうぞツッコミは入れずに生暖かいお心でお読みくださいませ。 血圧上昇の引き金キャラが出てきます。 健康第一。用法、用量を守って正しくお読みください。 妊娠、出産にまつわるワードがいくつか出てきます。 苦手な方はご注意下さい。 小説家になろうさんでも投稿します。

処理中です...