上 下
3 / 18

壊れた妻を観察

しおりを挟む
【 ローランドの視点 】


恋人と旅行へ発つ日、妻アンジェリーナに話があって部屋を訪れたが まだ寝ていた。

…いいご身分だな。

旅の予定は5日間だが、予定通り戻ったら丁度閨の日になる。もし遅延したら孕みやすいといわれる日を逃すかもしれない。日がずれても義務としてするのか、今月は中止にするか聞きたかった。

だが、そんな必要はないかと旅に出た。

旅は前から決まっていて宿もおさえていた。
だが2日前、叔母上から手紙が届き、ぜひ叔父上の見舞いに来て欲しいと書いてあった。
旅の予定地のさらに先にある場所で、寄ることにした。

恋人を連れてきたことに叔母上は少し不快感があったようだ。叔母上達の子爵邸の滞在は一泊だけにして、観光地の宿に泊まった。

今の恋人は交際歴1年だ。その記念に旅行を選んだ。ネックレスもプレゼントした。

彼女は伯爵家の次女でヴァイオレット・バリヤス。
婚歴がある。子爵家の夫と3年で離縁してしまった。彼女が言うには子に恵まれなかったらしい。

それ故にと言われたが、ナカには吐精しない。念のため避妊薬も飲んでもらっている。

俺はアンジェリーナという妻がいて、大嫌いでも王命婚。妻と子を成していないのに、他の女と子を成すわけにはいかないから。

ヴァイオレットとは夜会で知り合い、話が合うので話し込んだら 酒を飲み過ぎて気が付いたら彼女とベッドにいた。途中から覚えていないが裸だったので関係を結んだのだろう。それ以来の付き合いだ。

外見で言えばアンジェリーナに劣る。傲慢で嫌な女だがアンジェリーナはかなりの美人だ。
スタイルもいい。ドレス姿のアンジェリーナは 白く柔らかそうな揺れる胸と細い腰で男達の視線を釘付けにする。
裸は 薄暗い部屋で背後しか見たことがないが、尻も丸くて形がいい。もし激しく打ち付ければ尻肉が波打ち男を興奮させるだろうことは想像がつく。

ヴァイオレットはメリハリのない身体だ。
愛人や恋人という言葉より 話し相手という方がしっくりくる。最初に体の関係を持てしまったから、その後も彼女の誘いに乗り会い続けた。会話を楽しみ、性欲を発散させている。

今回の旅は元々ヴァイオレットが望んだものだ。行き先も日程も。


宿を出発する日、雲行きが怪しかった。
案の定、土砂降りに遭い、途中の町の宿に泊まった。泥濘が酷くて、5日間の旅行が10日間になってしまった。

ヴァイオレットを送り届けて屋敷に到着し、馬車を降りた。誰も出迎えに来ない。ドアを開けようとすると内側から誰かがドアを開けた。

『うわっ…おはようございます』

『……おはよう』

アンジェリーナだった。

本当にアンジェリーナか?
普通に挨拶してきた妻は乗馬服を着ていた。

『ウィル~、お客様よ~』

奥から慌てて執事のウィリアムが向かってきた。
“ウィル”!? 執事を愛称で呼んでいるのか!?

『ごゆっくりどうぞ』

そう言いながら開けたドアを押さえていた。
“早く入って”と言わんばかりの顔をしたので屋敷に入ると妻はドアを閉めた。

《ねえ、マリー。今の人 誰?すっごいカッコいいんだけど》

《アンジェリーナ様の夫のローランド様です》

《は? あんなにカッコいい人と結婚できたのに嫌いなの? ヤバい性癖の持ち主なの?性格が捻じ曲がっているとか?》

何が起きているんだ!?
俺のことだよな…

《まあ、嫌われているのだから関係ないわね。
あ、ラウル先生、おはようございます》

ラウル先生? 私兵のラウルのことか!?

もじもじしている執事ウィリアムと居間に行き、不在中の報告を聞いた。

「は?記憶喪失!?」

「はい。若奥様は全く覚えておりません。王国のこともローランド様のことも、ご自身の名前さえも。
ですので、少しずつ屋敷内のことをお伝えして、午後は歴史や貴族教育の教師を呼んで授業を受けております」

どうやら、俺が出発前に部屋に尋ねたときは、記憶喪失は発症していたらしい。

いくら嫌いでも妻の大事なときに心無い言葉を投げつけてヴァイオレットと不倫旅行に出てしまったことに罪悪感を覚えた。

「それで、記憶は少しも戻っていないのか」

「微塵も戻りません。性格や価値観がガラリと変わり、ドレスなどを買い取る業者を呼び、大量に売ってしまわれました。その代わり、裕福な平民が着るようなワンピースや少し変わった服を購入したり注文なさったようです。

平民街での買い物なので、その場で支払いたいと仰って、現金が欲しいと希望なさいました。私の権限で対応させていただきました」

「平民街に買い物に行ったのか」

「はい。靴もかなりヒールの低い楽な靴を注文なさったそうです」

「で、今の服は乗馬服だろう」

「乗馬を教わりたいと、ラウルを先生と呼び教わっているだけでなく、早朝、馬小屋の掃除を手伝って餌を与えてから若奥様は朝食を召し上がります。今は朝食を終えて食休みをしたので乗馬の時間です」

「トラブルにはなっていないか」

「寧ろ屋敷内で若奥様は大人気でございます。
気さくで優しくて美しい若奥様を皆で見守らせていただいております」

「そうか」

廊下に出て、窓を開けると2人の会話が聞こえた。


〈昨日のシャツ、着てくれたのね。よく似合っているわ。サイズは大丈夫?〉

〈はい、とても着心地がいいです〉

〈良かったわ。手のかかる生徒の面倒を見てくれるのだもの。感謝しないとね〉

〈手のかかるだなんて。リーナ様を教えることが出来て光栄です〉

は? ラウルにシャツを贈った!?
俺は妻から贈り物など貰ったことがないのに?
“リーナ”? アンジェリーナのことだよな…俺の妻を愛称で呼んでいるのか!?

ラウルが妻の細い腰を掴み馬に乗せた。
そしてラウルも跨ると馬を歩かせた。

〈手綱を持ってみましょう〉

〈もう!? ちょっとコワイ〉

〈大丈夫です。一緒に持ちましょう。今日は持つだけ。絶対に引っ張らないでくださいね〉

密着しすぎだろう。

しかもラウルは妻の腹に腕を回していた。

窓を閉めて自室のソファに横になった。

あのアンジェリーナがいろいろな表情を見せていた。

俺を見上げる瞳に嫌悪の感情は無かった。

アンジェリーナの好みは金髪碧眼の美青年だと聞いたことがある。王太子はプラチナブロンドに紫色の瞳だ。その彼もアンジェリーナの心は掴めなかった。

“カッコいい”

黒髪の俺が?


出発前に妻のメイド マリーに託した閨事の日についての質問の返答が、メモに書かれて机の上に置いてあった。

“今月は中止”


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

この度、仮面夫婦の妊婦妻になりまして。

天織 みお
恋愛
「おめでとうございます。奥様はご懐妊されています」 目が覚めたらいきなり知らない老人に言われた私。どうやら私、妊娠していたらしい。 「だが!彼女と子供が出来るような心当たりは一度しかないんだぞ!!」 そして、子供を作ったイケメン王太子様との仲はあまり良くないようで――? そこに私の元婚約者らしい隣国の王太子様とそのお妃様まで新婚旅行でやって来た! っていうか、私ただの女子高生なんですけど、いつの間に結婚していたの?!ファーストキスすらまだなんだけど!! っていうか、ここどこ?! ※完結まで毎日2話更新予定でしたが、3話に変更しました ※他サイトにも掲載中

【片思いの5年間】婚約破棄した元婚約者の王子様は愛人を囲っていました。しかもその人は王子様がずっと愛していた幼馴染でした。

五月ふう
恋愛
「君を愛するつもりも婚約者として扱うつもりもないーー。」 婚約者であるアレックス王子が婚約初日に私にいった言葉だ。 愛されず、婚約者として扱われない。つまり自由ってことですかーー? それって最高じゃないですか。 ずっとそう思っていた私が、王子様に溺愛されるまでの物語。 この作品は 「婚約破棄した元婚約者の王子様は愛人を囲っていました。しかもその人は王子様がずっと愛していた幼馴染でした。」のスピンオフ作品となっています。 どちらの作品から読んでも楽しめるようになっています。気になる方は是非上記の作品も手にとってみてください。

あなたの事は記憶に御座いません

cyaru
恋愛
この婚約に意味ってあるんだろうか。 ロペ公爵家のグラシアナはいつも考えていた。 婚約者の王太子クリスティアンは幼馴染のオルタ侯爵家の令嬢イメルダを側に侍らせどちらが婚約者なのかよく判らない状況。 そんなある日、グラシアナはイメルダのちょっとした悪戯で負傷してしまう。 グラシアナは「このチャンス!貰った!」と・・・記憶喪失を装い逃げ切りを図る事にした。 のだが…王太子クリスティアンの様子がおかしい。 目覚め、記憶がないグラシアナに「こうなったのも全て私の責任だ。君の生涯、どんな時も私が隣で君を支え、いかなる声にも盾になると誓う」なんて言い出す。 そりゃ、元をただせば貴方がちゃんとしないからですけどね?? 記憶喪失を貫き、距離を取って逃げ切りを図ろうとするのだが何故かクリスティアンが今までに見せた事のない態度で纏わりついてくるのだった・・・。 ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★ニャンの日present♡ 5月18日投稿開始、完結は5月22日22時22分 ★今回久しぶりの5日間という長丁場の為、ご理解お願いします(なんの?) ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません。

愛する貴方の愛する彼女の愛する人から愛されています

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
「ユスティーナ様、ごめんなさい。今日はレナードとお茶をしたい気分だからお借りしますね」 先に彼とお茶の約束していたのは私なのに……。 「ジュディットがどうしても二人きりが良いと聞かなくてな」「すまない」貴方はそう言って、婚約者の私ではなく、何時も彼女を優先させる。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 公爵令嬢のユスティーナには愛する婚約者の第二王子であるレナードがいる。 だがレナードには、恋慕する女性がいた。その女性は侯爵令嬢のジュディット。絶世の美女と呼ばれている彼女は、彼の兄である王太子のヴォルフラムの婚約者だった。 そんなジュディットは、事ある事にレナードの元を訪れてはユスティーナとレナードとの仲を邪魔してくる。だがレナードは彼女を諌めるどころか、彼女を庇い彼女を何時も優先させる。例えユスティーナがレナードと先に約束をしていたとしても、ジュディットが一言言えば彼は彼女の言いなりだ。だがそんなジュディットは、実は自分の婚約者のヴォルフラムにぞっこんだった。だがしかし、ヴォルフラムはジュディットに全く関心がないようで、相手にされていない。どうやらヴォルフラムにも別に想う女性がいるようで……。

愛する誰かがいるんなら私なんて捨てればいいじゃん

ヘロディア
恋愛
最近の恋人の様子がおかしいと思っている主人公。 ある日、和やかな食事の時間にいきなり切り込んでみることにする…

無能だと言われ続けた聖女は、自らを封印することにしました

天宮有
恋愛
国を守る聖女として城に住んでいた私フィーレは、元平民ということもあり蔑まれていた。 伝統だから城に置いているだけだと、国が平和になったことで国王や王子は私の存在が不愉快らしい。 無能だと何度も言われ続けて……私は本当に不必要なのではないかと思い始める。 そうだ――自らを封印することで、数年ぐらい眠ろう。 無能と蔑まれ、不必要と言われた私は私を封印すると、国に異変が起きようとしていた。

「お前のような奴とは結婚できない」と婚約破棄されたので飛び降りましたが、国を救った英雄に求婚されました

平山和人
恋愛
王立学園の卒業パーティーで婚約者であるラインハルト侯爵に婚約破棄を告げられたフィーナ。 愛する人に裏切られた絶望から、塔から飛び降りる。しかし、フィーナが目を覚ますと、そこは知らない部屋。「ここは……」と呟くと、知らない男性から声をかけられる。彼はフィーナが飛び降りた塔の持ち主である伯爵で、フィーナは彼に助けられたのだった。 伯爵はフィーナに、自分と婚約してほしいと告げる。しかし、フィーナはラインハルトとの婚約が破棄されたことで絶望し、生きる気力を失っていた。「ならば俺がお前を癒そう。お前が幸せでいられるよう、俺がお前を守ってみせる」とフィーナを励ます伯爵。フィーナはそんな伯爵の優しさに触れ、やがて二人は惹かれあうようになっていく。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

処理中です...