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† 六の罪――第三の悪魔(参)
しおりを挟む「不意討ち以外に芸はないのか」
呆れたように目を瞑った茅原に、真後ろに滑り退いて易々と躱された。
「うそ……だろ……?」
着地してからも、すかさず追撃を浴びせ続けるが、波にでも乗っているかのように身体を揺らして避けられるばかりだ。
「……この距離なら剣の方が速い。抜け」
具現化した双剣のデスペルタルを片方のみ構えて告げる、史上最強の妖屠。その左手は依然として煙管に添えられ、もう一振りの剣を背中から抜く気配もなかった。
† † † † † † †
「多聞さん、あれは……!?」
波間に佇む栗毛の青年を指して、叫ぶ三条桜花。
「――――ああ、実に嘆かわしい。無力な人間がもがく姿はいつの世も醜いものです。貴方がたが一度でも、わたくし共より強かった例がありますか」
悪魔と言うには神々し過ぎ、幻と断じることを許さない存在感が、二人の感覚を塗り潰してゆく。
そこに、あまりにも耽美で、それでいて邪悪さを孕んだ狂気が、実体(かたち)を成して舞い降りていた。
「やっぱベリアルかー。大昔の先輩方は酒呑童子殺しにも関わってたらしいけど、こりゃー鬼の比じゃない相手が来ちゃったなあ」
多聞は苦笑しつつ、煙草を消す。
「なんだあいつは!? 海面にどうやって立ってるんだ?」
衝撃の奔る陸軍陣地を一望できる、沿岸で一際高いスカイデッキに、男は降り立った。
「死にゆく者へ答えはいらない――――」
海風に外套を靡かせ、眼下に展開した大部隊を見下ろす。
「代わりに、わたくしの技をご覧にいれましょう。そう……冥土の土産にね」
塔上の彼が三日月のように双唇を歪めると、一同の瞳に焦燥と緊張の色が灯った。
今回の防衛戦に際して、クーデターを鎮圧するにしては、大袈裟なまでに超法規的戦力が投入された理由。それを、空気に混じる魔力が広がる重油の如く重圧を増してゆくにつれ、戦士たちは秒刻みに押し寄せる絶望の傍らで、実感してゆくのであった。沢城是清に緊急時指揮権を与えているとはいえ、国際組織の末端であるアダマース日本支部が、日本政府に従うという異常事態。生天目執政官が有事大権を発動したのか、軍が圧力をかけたのか、はたまた何者かが裏で動いたのか。真相はどうあれ、官民問わず、これほどの戦力が召集されたという現状が、眼前の地獄大公は本物だということを、心身に染み渡る害意の急増と共に証明してゆく。
――――そして、夜が熱に染まった。
「結界……奥義が来るぞ!」
この場で唯一、かの技を知るベルゼブブの呼びかけが、その威力に対する警鐘。しかし、誰が契約したのかはさておき、ソロモンの指環なしでは、使役できたところで全力を引き出すには程遠いだろう。奥義まで使うのであれば、守りは手薄になるのが必定。
「くっ、化け物め。やられる前にやるぞ……!」
戦車隊の中央で、指揮官が逞しい右腕を掲げる。
「撃ち方始め!」
響き渡る轟音。国防陸軍の誇る二一式戦車の主砲が火を噴いた。耳朶を打つ砲声は、一撃必殺のシグナル。世界最強の五十二口径百三十ミリ滑空砲で、足場ごと彼を吹き飛ばそうというようだ。
が、
「フン、愚かな」
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