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第24話 混乱魔法
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怒涛の展開から数日、台風で大変なことになっていた日々が過ぎた。
今日は台風一過の晴れ渡る空だ。
この数日は全員のシフトが合わず、全メンバーが揃う事は無かったため、俺は俺に起きている超展開を理香子以外に話せないでいたままだ。しかし今日は水曜、久しぶりに6人全員が揃ったので食堂で雑談をしていた。
忠司は食堂で高級な部類である1050円の大盛り海鮮丼をバクバクと頬張りながら、俺たちに一つの提案をしてきた。
「おまいまおううまうっえ。えんゆうえ。あうみあおあ?」
「忠司! わかんねぇよ! 飲み込んでから言え!」
笑いながら裕也の突っ込みが入る。
「ごくん。お前らも週末って連休で休みだよな?」
「あーまぁ、特に予定はないな」
「夏も終わるし、みんなでどっかいかねぇ?」
忠司は裕也と大智に話しかけるが、いつも強気な彩が反応した。
「どっかって、どこいくのよ?」
「皆で泊まりでさ、海とか川が有る近場の観光地とか?」
そう聞くと、何かと気を配る彩は、以前カップル宣言をした俺と理香子へ、視線を送ってきた。
「ん? いいんじゃん? 最近みんなでどこも行ってないし偶には遊びに行こうよ」
「うん! 私も賛成!」
そこでなら、俺に起きている超展開を皆に説明できると思った。
「そう? じゃ、私も賛成。忠司! あんたが言い出しっぺだからね!」
「おう、分かってるよ、なんか考えるって」
「泊まりかぁ、以前より金はあるし、ちょっといいとこ泊まりたいね」
「だよな、温泉とか最高じゃね?」
裕也と大智も乗ってきた。
「じゃああとで連絡するわ、1泊2日でいいよな?」
食堂でそんな話をして午後の仕事を終えると、早くもその晩、忠司が提案してきたのは、海も山も温泉もある今は寂れた観光地だった。
こうして、俺たちは週末3連休前半の土日を使い近場の観光地へ、グループ小旅行を計画したのだった。
◆
数日後、季節は9月に差し掛かろうとしているにも関わらず、台風一過も手伝いまだ夏の日差しは十分だ。忠司が予約してくれた宿から、数百メートル離れたビーチでバーベキューをしている。
そう、俺たちは今年最後の海水浴に来ていた。
俺がバーベキューコンロを管理している隣で、裕也と大智が遠目に、水着姿で戯れる理香子と彩の様子を見ていう。
「彩ちゃん、遠くで見ている分にはサイコーだな」
「ああ、大人しくしていれば、彩はサイコーだ」
「お前ら……」
二人の会話を聞いて忠司があきれている。
でも確かに二人の言う通りだ、二人ともまぶしすぎて目に悪い。
シーズンも終わり間際の海水浴場は、思っていたより人も少なく、俺たちは今年最後のバカンスを楽しんでいた。
◆
そこから少し離れた岩場では、何かの撮影がされていた。
「もう少し左に寄ってもらえませんか、逆光になってます!」
「ああ、こうか?」
ロケで、複数人が撮影に来ているようである。
「うんうん、やっぱり神代君は絵になるね! あ! 森川! レフしっかり持て!」
「はい、すみません!」
「山口! それ撮ったら、終わりにしようか!」
「分かりましたー」
「あとは撮った写真の加工だな、明日昼にはネットに上げるからな!」
「はい、了解です」
ひとしきり撮影が終わり、被写体だった人物が駆け寄る。
「どうですか?」
「うん、君はやっぱ絵になるよ!」
「ありがとうございます!」
「よし! じゃあ日が落ちる前に撤収して保養所帰るか! 俺は飲みたい!」
「あ、じゃあ車取ってきます!」
「おう、森川よろしく!」
◆
「もう2時か。追加の買い出し行くけど、誰か手伝ってくれー」
なんだか、俺は海で遊ぶよりコンロで肉を焼く方が楽しい。
しかし6人も居れば結構食べるもんだな、持ってきた食材が心もとない。
まだ遊ぶ時間はあるし、俺は買い出しに行く事にした。
「いいよー、私も行くー!」
理香子が名乗りを上げてくれた。
「あ、ビール追加で!」
「おう、じゃ、行ってくる、コンロ見ててな」
水着の上から白いシャツを羽織り付いてくる。
「弘樹君、何買いに行くの?」
「食べ物と酒かな? みんな思ったより結構食うのな」
「だって楽しいもん!」
二人並んで海岸線沿いの国道を雑談しながら歩いていると、正面からくる男に突然声をかけられた。
「あれー!? 北村さんじゃないっすか!」
「えっ誰? あ、森川か!」
「はい、何してるんすかこんなところで。てか可愛い子連れてる!」
突然現れた知り合い。どうして世界はこんなに狭いんだ?
「弘樹君この人は?」
「以前見せた写真撮った時にアシスタントしてくれた森川君」
「初めまして森川さん! 弘樹君の彼女の理香子です!」
「てか森川、お前なんでこんなとこに居るの!?」
「さっきまであっちでロケしてたんですよ。撤収するんで車とりに行くとこっす。ええ、てか彼女!? こんな可愛い彼女いたんですか! じゃ二人でデート!?」
ロケか、まさかな……。
「連休だし友達数人と最後の夏のバカンスってとこかな」
「そうなんですね! じゃ何人かで来てるって事は日帰りですか?」
「いや、その先にある、藤宮って民宿にみんなで一泊するんだ」
「へぇいいなぁ、俺なんか保養とか言って殆ど仕事っすよ」
「あはは、お疲れ様です」
そうして暫く3人で雑談をしつつ歩いていく。
「あ、車こっちなんで」
「おー、お疲れ!」
「北村さんも楽しんでください! 彼女さんも! では!」
「森川さんばいばーい!」
俺は一瞬一抹の不安を覚えたが、まぁ森川は魔人と違ってただの偶然だろう。
そう思っていた頃が俺にもありました。
「ビール買って来たぞー」
「おーありがとー!」
「あ、大智てめ! コンロ見てろって言ったろ!」
「う、ごめん」
「あははは、焦げてる」
大事に育てていたスペアリブが台無しだ。
そうして俺たちはワイワイとしながら、ビーチでのひと時を過ごした。
その後、メンバーで二部屋借りた民宿へ戻る。
部屋割りは、忠司が男性陣の広めな4人部屋と、女性陣2人の部屋を取っていた。
温泉へ浸かり宿の夕食を食べた後、みんなは4人部屋の方へ集まり、持ち込んだ酒を交わしながら、いつものようにワイワイとしていた夜8時過ぎ。そろそろ覚悟を決め、俺に起きている事態を全員に話そうかと思っていた矢先の事だった。
突如、バァンと入り口のふすまが空き、来訪客が現れた。
「やぁ! 諸君!」
「うげっ!」
思わず、うげって言ってしまった。
「うぉ! 誰!?」
「「きゃぁ!」」
気心の知れた友達との団らん中、突如として現れる浴衣を着た巨体。
魔人、内藤である。
「おお、北村君の彼女さん!」
突然の来訪者に忠司が果敢にも少し怪訝に挑む。
「えっと、ここ俺らの部屋なんですけど、ど、どちら様ですか?」
「えっ誰? 弘樹の知り合い? 理香子知ってるの?」
「えっーと、アハハハ……」
苦笑いするしかない理香子。
「うん? 私はこういう物だ!」
するといつもの様に、浴衣の裾から瞬時に名刺を取り出して渡してくる。
「CEO、課長……」
忠司、挑むには相手が悪い、その人は魔人だ。
「あ、えっと? 上司ってことだよな、お、お疲れ様です、で、いいのか?」
忠司、そういう事だが、そういう事じゃない。
すると、忠司の次は彩が挑むようだ。
「えっと、内藤さんですか。ど、どんな用でしょう?」
「北村君が楽しそうなので、遊びに来たんだ、私たちも混ぜてくれ!」
相変わらず無敵のフリーダムだなこの人は。
ていうか、こんなのダメだろ、宿の人の許可は取ったのか?
「宿には許可を取った! 酒もつまみも持参、だからみんなで遊ぼう、入ってこい」
相変わらず魔力で思考を読んでくる魔人だ。
魔人がそういうと、数人がぞろぞろと入ってきた。
「こんばんわ、おじゃましまーす」
「北村さんお疲れ様です! これ差し入れです!」
「失礼します」
「紹介するよ、こっちから、山口君、森口君、神代君だ!」
突然、魔人を含め4人が押しかけて来た。
恐らく全員、この人の捕虜なんだろう。
「そして、こちらが北村君とその彼女の、えっと」
「小鳥遊です」
「それと……北村君紹介してくれないか?」
「あ、俺の彼女の理香子と、そっちが忠司と裕也と大智、あと彩ちゃんです」
紹介をすると部屋の中に胡坐をかいて座り込む内藤さん。
「座らせてもらうよ! よいしょっと。そっか! どんな友達なんだい」
「理香子も含めて全員元々友達ですけど、サイテックの工場勤務仲間です」
「そうか! じゃあ我々全員同志って事だ!」
「え、ていうか、内藤さん、どうしてここが?」
「うん? 森川君に聞いたに決まってるじゃないか! ワハハハハ」
「すみません、宿に北村さんが来てたって話したら、行こうって言いだして」
「いいじゃないか楽しければ!」
おい魔人!
お前が楽しいだけだろ!
何を考えてるんだこの魔人は。
しかし、どうも、彩が一人プルプルしだしはじめた。
「え、ええと、神代さんって、も、もしかして、あの神代さんですか?」
神代が少し不機嫌そうに答える。
「あのって?」
「え、いや、動画サイトで、ちゃ、チャンネルkの、神代様ですか?」
「あー、うん、そうだけど……?」
「キャァァァァァ! 神代様ご本人! わ、私いつも見てます!」
ん、なんかよくわからんが、彩が暴走しだした。
「神代君はサイテリジェンスの広報課で、北村君と同じように社を挙げてのタレント活動をしてる子なんだよ、主にネットでね!」
う、あ、ちょっとまて魔人。
理香子以外は知らない俺の個人情報をしれっと簡単にバラすな!
「へータレントっすか……ん?」
「北村と同じって?」
理香子と彩以外の3人の頭上にクエスチョンマークが出てきた。
内藤さんと山口と森川はニコニコで、理香子は苦笑いしている。
なぜか神代は睨んできている。彩は神代の横でうっとりしている。
大地と裕也は混乱している。そして俺は死にかけている。
俺はなんとか説明しようとする。
「あーえっと忠司、説明させてくれ、えっと、俺ほら、こないだ正社員なっただろ?そ、そこでだな、えっと、そうだな、何から説明……」
「北村君は芸能人になるんだよ!」
いや、ちょっと待てそこの魔人、全部端折るな!
「げ、芸能人!?」
「うん、神代君はネットで大活躍! 北村君はネット以外で大活躍の予定!」
「弘樹、お前……何? 冗談? 理香子は知って?」
「あー、話そうと思ってたんだよ? うん、今日にでも話そうと思ってたんだよ?」
「ハハハハー」
理香子の苦笑いが止まらない。
「神代様、わたし、お会いできて光栄です!」
「え、なにちょっとやめて」
彩は暴走中、神代は迷惑中。
「んー、なんか何が起こってるか分からん」
「俺も、ナニコレ?」
「えーっと、弘樹がタレントで? この人が上司で? どういうことだ?」
忠司と裕也と大智は状況を把握できていない。
「神代様……」
「あ、いや、何この子?」
神代は彩から逃げつつ、常時俺を睨んでくる。
「ワハハハ、やっぱり面白い事になっただろ? な? 森川君!」
「はい! たのしいっす!」
魔人と森川は、なんだか楽しそうだ。
温泉民宿の12畳ほどの4人部屋に、一升瓶やビールの缶が山盛り置かれ、そこに10人が集い、お互いが初見同士というカオス状況で、俺の芸能人化が暴露され、各自状況を把握できない、という状況が出来上がっている。
これは全て魔人の混乱魔法によるものだ。
現在まだ8時半、俺たちの最後のバカンスはどうなってしまうんだろうか……。
今日は台風一過の晴れ渡る空だ。
この数日は全員のシフトが合わず、全メンバーが揃う事は無かったため、俺は俺に起きている超展開を理香子以外に話せないでいたままだ。しかし今日は水曜、久しぶりに6人全員が揃ったので食堂で雑談をしていた。
忠司は食堂で高級な部類である1050円の大盛り海鮮丼をバクバクと頬張りながら、俺たちに一つの提案をしてきた。
「おまいまおううまうっえ。えんゆうえ。あうみあおあ?」
「忠司! わかんねぇよ! 飲み込んでから言え!」
笑いながら裕也の突っ込みが入る。
「ごくん。お前らも週末って連休で休みだよな?」
「あーまぁ、特に予定はないな」
「夏も終わるし、みんなでどっかいかねぇ?」
忠司は裕也と大智に話しかけるが、いつも強気な彩が反応した。
「どっかって、どこいくのよ?」
「皆で泊まりでさ、海とか川が有る近場の観光地とか?」
そう聞くと、何かと気を配る彩は、以前カップル宣言をした俺と理香子へ、視線を送ってきた。
「ん? いいんじゃん? 最近みんなでどこも行ってないし偶には遊びに行こうよ」
「うん! 私も賛成!」
そこでなら、俺に起きている超展開を皆に説明できると思った。
「そう? じゃ、私も賛成。忠司! あんたが言い出しっぺだからね!」
「おう、分かってるよ、なんか考えるって」
「泊まりかぁ、以前より金はあるし、ちょっといいとこ泊まりたいね」
「だよな、温泉とか最高じゃね?」
裕也と大智も乗ってきた。
「じゃああとで連絡するわ、1泊2日でいいよな?」
食堂でそんな話をして午後の仕事を終えると、早くもその晩、忠司が提案してきたのは、海も山も温泉もある今は寂れた観光地だった。
こうして、俺たちは週末3連休前半の土日を使い近場の観光地へ、グループ小旅行を計画したのだった。
◆
数日後、季節は9月に差し掛かろうとしているにも関わらず、台風一過も手伝いまだ夏の日差しは十分だ。忠司が予約してくれた宿から、数百メートル離れたビーチでバーベキューをしている。
そう、俺たちは今年最後の海水浴に来ていた。
俺がバーベキューコンロを管理している隣で、裕也と大智が遠目に、水着姿で戯れる理香子と彩の様子を見ていう。
「彩ちゃん、遠くで見ている分にはサイコーだな」
「ああ、大人しくしていれば、彩はサイコーだ」
「お前ら……」
二人の会話を聞いて忠司があきれている。
でも確かに二人の言う通りだ、二人ともまぶしすぎて目に悪い。
シーズンも終わり間際の海水浴場は、思っていたより人も少なく、俺たちは今年最後のバカンスを楽しんでいた。
◆
そこから少し離れた岩場では、何かの撮影がされていた。
「もう少し左に寄ってもらえませんか、逆光になってます!」
「ああ、こうか?」
ロケで、複数人が撮影に来ているようである。
「うんうん、やっぱり神代君は絵になるね! あ! 森川! レフしっかり持て!」
「はい、すみません!」
「山口! それ撮ったら、終わりにしようか!」
「分かりましたー」
「あとは撮った写真の加工だな、明日昼にはネットに上げるからな!」
「はい、了解です」
ひとしきり撮影が終わり、被写体だった人物が駆け寄る。
「どうですか?」
「うん、君はやっぱ絵になるよ!」
「ありがとうございます!」
「よし! じゃあ日が落ちる前に撤収して保養所帰るか! 俺は飲みたい!」
「あ、じゃあ車取ってきます!」
「おう、森川よろしく!」
◆
「もう2時か。追加の買い出し行くけど、誰か手伝ってくれー」
なんだか、俺は海で遊ぶよりコンロで肉を焼く方が楽しい。
しかし6人も居れば結構食べるもんだな、持ってきた食材が心もとない。
まだ遊ぶ時間はあるし、俺は買い出しに行く事にした。
「いいよー、私も行くー!」
理香子が名乗りを上げてくれた。
「あ、ビール追加で!」
「おう、じゃ、行ってくる、コンロ見ててな」
水着の上から白いシャツを羽織り付いてくる。
「弘樹君、何買いに行くの?」
「食べ物と酒かな? みんな思ったより結構食うのな」
「だって楽しいもん!」
二人並んで海岸線沿いの国道を雑談しながら歩いていると、正面からくる男に突然声をかけられた。
「あれー!? 北村さんじゃないっすか!」
「えっ誰? あ、森川か!」
「はい、何してるんすかこんなところで。てか可愛い子連れてる!」
突然現れた知り合い。どうして世界はこんなに狭いんだ?
「弘樹君この人は?」
「以前見せた写真撮った時にアシスタントしてくれた森川君」
「初めまして森川さん! 弘樹君の彼女の理香子です!」
「てか森川、お前なんでこんなとこに居るの!?」
「さっきまであっちでロケしてたんですよ。撤収するんで車とりに行くとこっす。ええ、てか彼女!? こんな可愛い彼女いたんですか! じゃ二人でデート!?」
ロケか、まさかな……。
「連休だし友達数人と最後の夏のバカンスってとこかな」
「そうなんですね! じゃ何人かで来てるって事は日帰りですか?」
「いや、その先にある、藤宮って民宿にみんなで一泊するんだ」
「へぇいいなぁ、俺なんか保養とか言って殆ど仕事っすよ」
「あはは、お疲れ様です」
そうして暫く3人で雑談をしつつ歩いていく。
「あ、車こっちなんで」
「おー、お疲れ!」
「北村さんも楽しんでください! 彼女さんも! では!」
「森川さんばいばーい!」
俺は一瞬一抹の不安を覚えたが、まぁ森川は魔人と違ってただの偶然だろう。
そう思っていた頃が俺にもありました。
「ビール買って来たぞー」
「おーありがとー!」
「あ、大智てめ! コンロ見てろって言ったろ!」
「う、ごめん」
「あははは、焦げてる」
大事に育てていたスペアリブが台無しだ。
そうして俺たちはワイワイとしながら、ビーチでのひと時を過ごした。
その後、メンバーで二部屋借りた民宿へ戻る。
部屋割りは、忠司が男性陣の広めな4人部屋と、女性陣2人の部屋を取っていた。
温泉へ浸かり宿の夕食を食べた後、みんなは4人部屋の方へ集まり、持ち込んだ酒を交わしながら、いつものようにワイワイとしていた夜8時過ぎ。そろそろ覚悟を決め、俺に起きている事態を全員に話そうかと思っていた矢先の事だった。
突如、バァンと入り口のふすまが空き、来訪客が現れた。
「やぁ! 諸君!」
「うげっ!」
思わず、うげって言ってしまった。
「うぉ! 誰!?」
「「きゃぁ!」」
気心の知れた友達との団らん中、突如として現れる浴衣を着た巨体。
魔人、内藤である。
「おお、北村君の彼女さん!」
突然の来訪者に忠司が果敢にも少し怪訝に挑む。
「えっと、ここ俺らの部屋なんですけど、ど、どちら様ですか?」
「えっ誰? 弘樹の知り合い? 理香子知ってるの?」
「えっーと、アハハハ……」
苦笑いするしかない理香子。
「うん? 私はこういう物だ!」
するといつもの様に、浴衣の裾から瞬時に名刺を取り出して渡してくる。
「CEO、課長……」
忠司、挑むには相手が悪い、その人は魔人だ。
「あ、えっと? 上司ってことだよな、お、お疲れ様です、で、いいのか?」
忠司、そういう事だが、そういう事じゃない。
すると、忠司の次は彩が挑むようだ。
「えっと、内藤さんですか。ど、どんな用でしょう?」
「北村君が楽しそうなので、遊びに来たんだ、私たちも混ぜてくれ!」
相変わらず無敵のフリーダムだなこの人は。
ていうか、こんなのダメだろ、宿の人の許可は取ったのか?
「宿には許可を取った! 酒もつまみも持参、だからみんなで遊ぼう、入ってこい」
相変わらず魔力で思考を読んでくる魔人だ。
魔人がそういうと、数人がぞろぞろと入ってきた。
「こんばんわ、おじゃましまーす」
「北村さんお疲れ様です! これ差し入れです!」
「失礼します」
「紹介するよ、こっちから、山口君、森口君、神代君だ!」
突然、魔人を含め4人が押しかけて来た。
恐らく全員、この人の捕虜なんだろう。
「そして、こちらが北村君とその彼女の、えっと」
「小鳥遊です」
「それと……北村君紹介してくれないか?」
「あ、俺の彼女の理香子と、そっちが忠司と裕也と大智、あと彩ちゃんです」
紹介をすると部屋の中に胡坐をかいて座り込む内藤さん。
「座らせてもらうよ! よいしょっと。そっか! どんな友達なんだい」
「理香子も含めて全員元々友達ですけど、サイテックの工場勤務仲間です」
「そうか! じゃあ我々全員同志って事だ!」
「え、ていうか、内藤さん、どうしてここが?」
「うん? 森川君に聞いたに決まってるじゃないか! ワハハハハ」
「すみません、宿に北村さんが来てたって話したら、行こうって言いだして」
「いいじゃないか楽しければ!」
おい魔人!
お前が楽しいだけだろ!
何を考えてるんだこの魔人は。
しかし、どうも、彩が一人プルプルしだしはじめた。
「え、ええと、神代さんって、も、もしかして、あの神代さんですか?」
神代が少し不機嫌そうに答える。
「あのって?」
「え、いや、動画サイトで、ちゃ、チャンネルkの、神代様ですか?」
「あー、うん、そうだけど……?」
「キャァァァァァ! 神代様ご本人! わ、私いつも見てます!」
ん、なんかよくわからんが、彩が暴走しだした。
「神代君はサイテリジェンスの広報課で、北村君と同じように社を挙げてのタレント活動をしてる子なんだよ、主にネットでね!」
う、あ、ちょっとまて魔人。
理香子以外は知らない俺の個人情報をしれっと簡単にバラすな!
「へータレントっすか……ん?」
「北村と同じって?」
理香子と彩以外の3人の頭上にクエスチョンマークが出てきた。
内藤さんと山口と森川はニコニコで、理香子は苦笑いしている。
なぜか神代は睨んできている。彩は神代の横でうっとりしている。
大地と裕也は混乱している。そして俺は死にかけている。
俺はなんとか説明しようとする。
「あーえっと忠司、説明させてくれ、えっと、俺ほら、こないだ正社員なっただろ?そ、そこでだな、えっと、そうだな、何から説明……」
「北村君は芸能人になるんだよ!」
いや、ちょっと待てそこの魔人、全部端折るな!
「げ、芸能人!?」
「うん、神代君はネットで大活躍! 北村君はネット以外で大活躍の予定!」
「弘樹、お前……何? 冗談? 理香子は知って?」
「あー、話そうと思ってたんだよ? うん、今日にでも話そうと思ってたんだよ?」
「ハハハハー」
理香子の苦笑いが止まらない。
「神代様、わたし、お会いできて光栄です!」
「え、なにちょっとやめて」
彩は暴走中、神代は迷惑中。
「んー、なんか何が起こってるか分からん」
「俺も、ナニコレ?」
「えーっと、弘樹がタレントで? この人が上司で? どういうことだ?」
忠司と裕也と大智は状況を把握できていない。
「神代様……」
「あ、いや、何この子?」
神代は彩から逃げつつ、常時俺を睨んでくる。
「ワハハハ、やっぱり面白い事になっただろ? な? 森川君!」
「はい! たのしいっす!」
魔人と森川は、なんだか楽しそうだ。
温泉民宿の12畳ほどの4人部屋に、一升瓶やビールの缶が山盛り置かれ、そこに10人が集い、お互いが初見同士というカオス状況で、俺の芸能人化が暴露され、各自状況を把握できない、という状況が出来上がっている。
これは全て魔人の混乱魔法によるものだ。
現在まだ8時半、俺たちの最後のバカンスはどうなってしまうんだろうか……。
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