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真・らぶ・TRY・あんぐる 四十

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「仲直りしてって……それはつまり、あたしにアイツに謝れ、ということ……でしょうか?」
「別にそんな事は言ってなくってよ?」
ウソをつけ、とツッコミたくなるような雰囲気であった。
「でも、留美ちゃん悲しんでてよ? 留加さんは娘にそんな思いをさせるひどい母親なのかしら?」
留加もそう言われると弱い。 しかも相手は長年憧れてきたひとなのだから尚更である。
「そ、それは」
「本当に留美ちゃんっていい子よね? ウチの佑にはもったいないくらいと時々思いましてよ。 それに、本当に親思いで」
「佑美さん」
「いけなくてよ? あんなに可愛らしい娘を悲しませちゃ?」
更に小さくなる留加。
「あんな可愛らしい子が涙を流すなんて」
佑美の目から涙がこぼれ、透き通るように白い頬をつたう。
「しかもそれが自分の母親のせいだなんて」
なおも責めるように言葉を継ぐ佑美。
いや、実際責めているのだが。
「で、でもアイツが承服するかどうか」
「大丈夫。 いざという時はあたくしが説得させていただいてよ?」
頼もしいと言うか恐ろしいと言うか。
そして、とうとう留加は言った。
「佑美さんがそう仰しゃるのなら」
「お願いしてるだけでしてよ? ねえ留加さん?」
「お、仰せに従いま、す」
「そうお? 良かったわ」
本当に嬉しそうな佑美、いまいち得心していない留加。 対照的な二人であった。
「で、でも」
「何かしら?」
「ゆ、ゆ、ゆゆゆ」
「お湯に入りたいのかしら?」
「ちがくって、佑美さんに」
「あたくしに?」
「キキキキキキ」
顔を真っ赤にしている留加に
「どうなさったの? 留加さん?」
と尋ねた。 明らかに間違いなく明白に面白がっている。
頭を横に振って気を取り直した留加は
「お願いがあるんです!」
「お願い?」
ごくん、と生唾を飲み込んで続けた。
「キ、キスをして下さいませんか?」
「キスを?」
一瞬、いたずらっぽく微笑った佑美は
「頬に? それとも、唇かしら?」
「唇にしてくださったなら」
それに続く言葉は佑美の甘い唇で遮られた。
「むう!?」
瞬間、見開いた目は段々と半開きになり、とろん、としてきた。 その実行力もテクニックも息子とはえらい違いである。
ややあって、佑美は留加から顔を離し
「これでよろしいかしら?」
その言葉に留加は頭をブンブンと振った。 今度は縦にである。
「こんなことするの……女性にはあなただけでしてよ?」
にこっ、と艶めかしく微笑みそう告げる。
微妙に留加は複雑だったが、それでも憧れのひとに自分が特別扱いをされているのを感じ、ぽーっとなった。
自棄と、それから断るための口実で言った言葉だったのだが、佑美の方が一枚も二枚もうわてだった。
(やっぱり、先輩にはかなわないな)
今の行為で留加は恒太郎とよりを戻すことを決意した。 もともと結婚して1子までもうけた仲なのである。 決して蛇蝎だかつの如く嫌っているわけではない。 お互いに意地を張っているだけなのだった。
というわけで、佑美の行為も『功徳』というものかもしれなかった。
多少……、
いや、かなり一般常識からかけ離れてはいたが、それを指摘できる人物は今ここにはいない。

余談だが、
彼女が娘に留『美』と付けたのは『佑美』から『美』の字を貰い、その美しさにあやかりたかったからなのである。 恒太郎も留美も、そして佑美もそれを知らないが。
そもそも、『あやかりたい』場合、名前の上の部分に付けるものなのである。
が、別にそういうことを宣伝するわけではないため、留加にとって問題はない。
もちろん、他の誰にとっても。


更に余談だが、
佑美に憧れたり、手紙を出していたのは留加のみではない。 男女問わず、学園の8割が彼女に憧れアプローチをしていたのである。
もちろん、留加はそれをの当たりにしていた。

「でも、これって英の字、いえご亭主を裏切ってることに」
今更ながらにそんなことを言う留加に佑美はくすり、と微笑い
「全然そんなことなくってよ?」
「え」
「これって、小鳥同士がお互いたわむれにくちばしをついばんでいるようなものでしてよ?」
その言い方に留加は放心していた。
腰を抜かさないのは不思議な位の接吻をそう表現するのだから、全くもって常識はずれのひとである。
「では、これで失礼してよ? あなたとお話するのも楽しいけれど、あたくしにはやらなければいけないことが残っていましてよ」
そう言って、ぽ~っとなったままの留加と屋台を後にするのだった。

そして、留加の説得後に佑美が向かったのは留美の家、即ち水瀬幕僚長の家であった。
幸運な事に、水瀬恒太郎は自宅にいた。 たまたま自宅待機しているらしかった。
その『幸運』も佑美に言わせれば
「あたくしの場合は当然のことでしてよ」
ということになるのだが、それが『しょってる』のではないから凄まじい。
そういうわけで、佑美にとって『いざという時』は間近にやって来ているのであった。


コワモテの着流しがうろうろしているのに少しも動じる様子がない。 息子とは真逆に凄い胆の座り方であった。
「幕僚長さんはおいでかしら? おいでなら取り次いで下さる?」
「な、何の御用で?」
応対に出て来た寺西曹長の方がかえって佑美の美しさと迫力に押され、後ずさらんばかりだった。
「お嬢さんのことで話があると伝えて下さればよろしくてよ?」
「し、しばらくお待ちください」
すっかり極道の演技を忘れ、素に戻ってしまっていたが彼はそれにさえ気づいていなかった。

人払いをした恒太郎は、佑美に面会して開口一番見下すように、かつ伝法な調子で
「育嶋さんとかいったかな?」
そう問い質す。 部下が震え上がる威厳をおまけに付けてだ。
「職業は主婦ですわ」
それをあっさりと流すのだから、つくづくとんでもない自称『主婦』であった。
「娘のことで話があるとか?」
「ええ、娘さん――留美ちゃんのことが大事なら、まず夫婦仲から修復するべきではなくって?」
恒太郎は鼻で笑って
「そんなことはあんたの知ったことではない。 育嶋さんとやら、あんたの所にウチの留美が世話になっているのは判っている」
「さすがは陸上幕僚長さんのことだけはあるわね。 それで?」
あまりにも手応えがないので、佑美のことをバカじゃないかと思う半面なんとなく不気味にも感じる恒太郎。
「すぐさま帰してもらえんのなら、こちらにも考えがある」
そしてその思いが逆に、彼に強気に出させるのだった。
「どんな考えがあるのかは知らないけれど、あなたにも知らないことがあるようね?」
佑美が不敵な笑みを浮かべそう告げる。
「あたくしの旧姓をご存知かしら?」
「そんなもの、知るわけがなかろう」
水瀬恒太郎はまたも鼻であざわらった。 一介の主婦が何様のつもりだ、と言わんばかりだった。
「ご存知でなければ教えて差し上げてよ? 『冴島』というんですわ」
それを聞いて恒太郎は雷に打たれたが如くに跳ね飛んだ。 部下が見ていなくて幸いであった。
「げっ!? まさか」
そして、とたんに顔色がなくなった。 それは青ざめる前兆だった。
「たぶん、その『まさか』でしてよ?」
あまりのショックに、恒太郎は青ざめはじめた。 まさしく、前兆は正しかったのだ
「さ、冴島ってあの、冴島佑美さまでは?」
恒太郎の声は佑がのりうつったが如くに小さく弱々しくなっていった。
「光栄でしてよ? 日本が誇る陸上幕僚長さんに知っていていただけて」
そのセリフの紡ぎ出される佑美の美しく赤い唇とは裏腹に、いまや真っ青になった恒太郎。
更に佑美は彼に何事かを耳打ちした。 途端に恒太郎が、がっくりと肩を落す。
かくて、水瀬陸上幕僚長はあっさりと降伏した。
(まさかあの『美しき鬼神』が、一介の主婦になどおさまっているとは)
それは学生時代の佑美の仇名であった。 その立場によって『鬼神』は『奇人』であったり『貴人』であったりしたが。
そう、そして重大なことがある。
学園の歴代美女美少女人気投票で未だに不動の一位を保っているのは冴島佑美、つまり現・育嶋佑美であった。
実は昔、留加と結婚する前に恒太郎も佑美にラブレターをおくったことがある。
緊張して何度も書き直したその結果、宛名の汚さが災いし、彼女の側近(留加ではない、為念)によって焼却処分にされたが、それでも一度目にした送り主の名前を忘れる佑美ではなかったのだ。
佑美が恒太郎に耳うちしたのはそういう内容も含んでいた。
学生時代はロングヘアーだったのだが、今現在は短くしているため印象がかなり違う。 ラブレターを出したとはいえ、そんなにじっくりと佑美を見る機会がなかった恒太郎は、全体的な印象で佑美のことを覚えていたため、彼女が旧姓を名乗るまでまるで気がつかなかったのである。

完全に意気消沈した恒太郎は
「留加さんと仲直りして下さる?」
目だけは笑っていない佑美に更にそう質問されて
「は、はい、留加が戻って来たいというのなら喜んで、いえ!」
佑美の剣呑な眼光に、弾かれたように再び跳ねとんだ。
「こちらから迎えに行かさせてもらいます」
ぺこぺこ頭を下げまくるその姿は、部下が見たら目を疑うに違いない。
「ものわかりがよくて嬉しくてよ? それで留美ちゃんのことだけど」
先ほどまでとは立場が逆転以上に逆転している。 佑美にとっては『当然の帰結』というところなのだろうが。
「は、はい、生意気言って申し訳ありませんでした! ご迷惑でしょうが、留美の気が済むまで面倒を見てやってください!」
叫ばんばかりの恒太郎の『お願い』に、佑美は大輪の薔薇が開花するのにも似た笑みを見せた。
「そうさせていただくわ。 あんなに良い子なんですものね。 でも」
悪戯っぽく笑って
「仲直りしたら迎えにいらっしゃいよ?」
と念を押す。 そして
「それでは今日はこれで失礼しますわ」
スタスタと玄関へ歩いていくのを恒太郎は追いかけて
「せめてお見送りを」
「そんな気を使わなくても良くってよ?」
首だけ軽く振り向いて恒太郎の申し出を辞退する。
「せめておみやげでも。 留美がお世話になっているのですから」
「お気持ちだけで充分よ? それにそんなヒマがあるんでしたら、留加さんのところへ急いだらいかが?」
恒太郎はグウの音も出なかった。
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