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真・らぶ・TRY・あんぐる 三十三

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「さあお二人とも遠慮なく召し上がってね? もうこんな時刻ですもの。 お腹も空いてらっしゃるでしょう?」
確かにペコペコだ。 今までの騒ぎで空腹もまぎれていたのだが、不思議なもので落ち着くと急にお腹が減ってきた気がする。
「急だったのでこんなものしか用意できなかったのだけど」
その『こんなもの』とは、豪華な具だくさんのパエリアであった。
つけあわせに『ENSALADA DE TOMATE』ひらたくいうとトマトのサラダまでついている。
由香は目を見開き
「こ、これ、おウチで作られたんですか?」
「そう見えなくって? こんな盛りつけじゃとても商売にはならなくってよ」
いや充分商売になりそうだが、ここで反論してもどうにもならない。
佑美はナベからパエリアをよそいはじめた。 ブラックタイガーとか、ホタテの貝柱とか、殻つきムール貝とか……の大きい具が一人一人平均に当たるようにうまく分けていくさまは美しい舞でも見ているようだった。
「さあ召し上がれ?」
見た目の豪華さとはまた別に、パエリアを食べたことのない由香はおそるおそるスプーンをつけたが、その美味しかったことと言ったら!
感激した由香は
「あ、あたし、こんな美味しいもの食べたことありません!」
半分叫びながら、一瞬のちに『ここは友達の家で、今は食事中』だと思い出し、真っ赤になった。
「まあ! お世辞でもそんなに喜んで下さるとうれしいものよ?」
そういいながら麗しく笑む佑美を見て
(佑くんのお母さんて、普通じゃない……)
そう思った。 その思いの中身はさっきとはだいぶ違う。
冴英は可憐に首を傾げ
「でも本当に美味しいよ、ママ? あ」
と何かに気づいたように
「これも『シャコージレー』?」
佑美は微笑んで訂正した。
「ちょっと違うの。 これは『謙遜』というものなのよ」
留美が弁護と慰めの中間で
「でもユカちゃんが大声出したの無理ないよ。 本当にお母さまのお料理って美味しいもの」
というと、由香は
「そうよねえ、あたしトマトちょっと苦手なんだけど」
「じゃあ食べてあげようか?」
手を伸ばそうとする留美。 それを制止して
「話は最後まで聞いて。 ……あまり美味しそうなんでちょっと口にいれたら、見た目より更に美味しくて」
至福の表情を浮かべ
「もし教えて下さるのならだけど、レシビをメモって八百屋のトマト買い占めそう」
そんなじゃれあいをしながら由香(と留美)が自分のお皿の中身を夢中になって食べてしまったとき、まだナベには1~2人前くらいの量が残っていたので
「おかわりはいかが?」
そう促す。
「い、いえ、あまり食べると」
「あたしも、ちょっと、これくらいにしておきたいです」
二人のもじもじする様子から、体重を気にしているのだと察知した佑美はそれ以上すすめなかった。
「そう? それじゃあお待ちかねの」
冴英が拍手をした。 綺麗なお姉さんがひとり増えたようで、ちょっと興奮気味らしい。
「食後のデザートよ。 苺のショートケーキを召し上がれ? 今日のはね、××屋さんのでしてよ?」
「わあ! 美味しそう!」
なるほどこれならよくわかる、と由香は思っていた。 留美が頻繁にここに来たがる理由がである。
しかしてその実態は、既にそれどころの状況ではなくなっているが、由香は知らない。


デザートも終わり、テーブルの上も片づいた。
「さてそれでは自己紹介と参りますわ。 人に名を尋ねるのなら、まず自分から名乗らなくては失礼にあたりますからね」
コホン、と軽い咳払いをして
「まず、あたくしから……佑の母、佑美でしてよ」
西洋の貴婦人のようなお辞儀をする。 ロングのプリーツスカートでも着けていたら軽く持ち上げかねない雰囲気だ。 ちなみに今日は紺のパンツルックであった。
「父の英介と申します」
軽く頭を下げてまた上げる。 その顔の笑みは慈愛に充ちて優しい。
そして冴英があどけなく
「妹の冴英です。 ね、お姉さんのお名前は?」
自分に話しかけているのか、留美に話しかけていたのか、とっさには判断できなかった。
ややあって
(そうか、留美の名前知らないわけないじゃない。 さっき『留美お姉さん』って呼んでたもの)
そう思い至り
「あ、立村由香です」
とあらためて挨拶をする。
「立村というと、もしかしてあなた」
佑美はしげしげと由香の顔を見て
「シェロー教団の立村牧師様のお嬢さん?」
「父をご存知なんですか?」
「ええ、お名前だけですけどね。 でも」
その美しい瞳をきらきら輝かせ続ける佑美。
「それでしたらあたくし、もっとよくお話したかったですわ!」
(やれやれ)
内心、由香は思った。
(この(ひとも『マダム連』と一緒で父さんのファンなのか……でも旦那さんや娘の前なのに)
佑美の次の言葉を聞くまでは。
「迷える仔羊をどう教導するか、みっちりとディスカッションするチャンスでしたのに」
軽く由香はつんのめった。 精神的には地べたに突っ伏している気分だった。
(こ、このひと、本当に普通じゃない)
それでもなんとか
「でも名前だけしか知らないのに、どうしてあたしの父だと?」
うふっ、と微笑った佑美。
「名前だけ、というのは言葉のあやでしてよ? 顔写真くらいは拝見させていただいてますわ。 それに『立村』という名前は『佐藤』や『鈴木』みたいに一クラスに一人はいるような苗字ではないでしょう?」
「な、なるほど……」
情報局長・服部数三のことを『とんでもない実力を秘めている』とは思っていたが、上には上がいる……そう思わざるを得ない由香であった。
なぜなら、今まで父に似ていると言われた事など幼児のときくらいだろうからだ。
物心付くようになってからはお母さん似だお母さん似だと言われ続けていたのはまだ記憶に新しい。
亡き母がキライなわけではない。
キライなワケがない。
愛しい母なのだ。
だが、ホリの深い父に比べ母の顔がいくぶん『のっぺり』していたのは事実のようだ。
何度か母の横顔をとった写真を見て確認している。
その自分が父・真澄の娘だということを、佑美は真澄の顔写真と由香自身の顔を見比べて推測していたらしいのだ。
『立村うんぬん』というのはどうも付け足しらしかった。
何故そんなことを思うかといえば、よその地域ならいざ知らずこの辺り一帯には『立村』方の親戚の家がどっさりと……とは言わないまでも結構点在しているため、名前だけで自分が父・立村真澄の娘だということがわかる筈がないからだ。
由香がそんなことを考えている間に佑美はパエリアの大ナベをのぞきこむようにして
「うん、理想的な残りかたね。 あとで西洋風おじやにしましょう。 佑が目を覚ましたら食べさせるのにちょうどよろしいわ」
そうひとり言をいい、手鍋に水を張ってスープを取り出す。
空腹のため、佑がもう少しで目を覚ますと目算をつけたのだ。
余ったパエリアを西洋風おじやするとは、確かに合理的と言えば合理的。
おじやにしても充分美味しいに違いないし、滋養強壮栄養満点を地で行くような料理なのでケガ人には適しているだろう。
そこまで計算していたとすれば、まさに『恐るべし』であった。

英介が由香、そして留美を自宅に送っていった後、佑美の見積もり通りに佑が目を覚ました。
「あれ、ここは、うち?」
「そうよ、佑くん」
「か、母さん」
飛び起きようとすると激痛と鈍痛の中間の痛みが全身を襲う。 ほとんど声を出すこともできない痛さだ。
「無理しちゃいけなくってよ? 全治一週間とのことだけど、無理するとその限りではないわ」
佑美はお盆に小さな土鍋を乗せて持っていた。 湯気が立っているところをみるとお粥でも入っているのだろうと佑は考えた。
「佑くん、起きられそう?」
息子の枕元にお盆を置き、その横に座りながら尋ねる。
「う、うん……なんとか」
とはいったものの、起き上がるプロセスでバランスを崩し横に倒れ込む。
それをふわっ、とささえて
「ほら、こういうときは母さんに頼っても誰も笑わなくてよ? 愛しい女の子たちを守ったんだから、母さんもそれくらいしてあげてよ、佑くん?」
もう何年もそんなことをしてもらったことのない佑は当惑していたが
「うん……ありがとう、母さん」
そうお礼を言った。 とたんにお腹が鳴る。
佑美はくすり、と微笑って
「お腹減ったでしょう? おじや作ったからお食べなさいな」
優しく微笑む。
佑美とて佑の母親なのである。
当然だが、ケガをした息子に厳しくするのは教育を通り越して虐待というものだろう。
「その前に、口を開けて?」
上半身だけ起こしている息子を促す。 佑がそうすると
「口の中は切れてない、と。 唇の端がちょっと切れてたみたいだけど」
おじやをレンゲですくって佑の口へ運ぶ。 彼としては気恥ずかしいが、両腕も両手も動かすと痛いので仕方がない。
「熱いから気をつけなさい」
いつもとはだいぶ違う慈愛に充ちた声で語りかける佑美。 と
「ね、佑くん、唇の『応急処置』あのスポーティなお嬢さん?」
佑は危うく口に含んだおじやを吹き出すところだった。
が、本当に吹き出してしまったらどうなるか、その思いが瞬時に頭と体を駆け巡り、ムリヤリのみ込む。
その様子を微笑ましそうに見て
「母さんをナメちゃいけなくてよ?」
別に全然まったくまるっきりナメているつもりはなかったが、それにしても母のカンの良さは神レベルだ、そう佑は考えた。
佑のレベルから見ればそういえるかもしれない。
「これでも母親よ? 佑くんの好みくらいわかっているつもりでしてよ?」
そうも言われ、佑は美味なおじやでさえ喉を通っていかない気分だったが、次から次へまるでわんこそばのごとくレンゲですくった元パエリアを口の前に出されては食べないわけにもいかない。
それに確かにお腹は減っていたのだ。


一方こちらは英介に送られ中の由香と留美。
家に居るうちから彼女に住所と道順を聞いておいた英介は、スムーズに立村家へ到着した。
「着きましたよ?」
英介が告げ
「あ、どうもありがとうございます」
そう礼をいって、今度は留美に
「留美、ちょっといい?」
「なに、ユカちゃん?」
あどけない眼差しで由香を見る。
「ちょっと話したいことがあるんだけど」
「話したいこと?」
留美は軽く首をかしげた。

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