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そのきゅうじゅうきゅう
クリスマスの予定
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この時期になるとやけに周囲がそわそわしているように感じる。
それは勿論、敏感なラスも例外ではない。
「先輩」
「何だ?」
逸る気持ちを押し殺しつつ、ラスはリシェに話しかけた。逆に何事にも流されないタイプであるリシェは、何を思ってか練り消しを作っていた。要は暇らしい。
「この前まで涼しくなってきたなって思ったら、もうあれですよ」
「?」
「クリスマスってやつです、クリスマス」
ああ…とリシェは黙々と作業しながら返した。上手く潰しながら合わせ、捏ねるという地味な作業を繰り返している。
ラスはそんな彼の手元を眺めつつも、「楽しいです?」と問い掛けた。細かい作業を好む傾向にあるのは分かるが、何故今ここで練り消しを作っているのだろう。
「楽しいというか…手元が寂しいから何となく。異様に消しカスがバラけたし…」
「………」
果たしてそれをかき集めて再利用するのかは謎だ。
気を取り直し、ラスはそれはそうとと続ける。
「今回のクリスマスもほら、あれですよ。一緒に夜を過ごすだろうし、プレゼント交換とかしたりケーキを食べたりとか…それで、この機会にちゃんと正式にお付き合いとかしないかなあって」
「この部屋に一緒に居る限り嫌でもそうなるじゃないか。付き合うも何も」
「いやいやいや、そうじゃなくて…今はほら、友人以上な関係じゃないですか。正式に恋人としてっていうあれですよ」
その発言に、リシェはいつもの如く嫌そうな表情を見せた。
恋人になりたいっていう気持ちは全く変化していないらしい。
「お前、人様の部屋に勝手に上がり込んで同居を決め込んでいる分際でまだそんな事を言い出しているのか?」
最初は自分に異様にがっついてくる相手に心底恐怖を感じていた。しかし慣れきった為に心臓に有刺鉄線が生えてきたのか、言い寄られても即拒否する位図太くなってしまったようだ。
ひたすら練り消しを捏ねる。
「俺、こっちの世界ではガチャで言えばSSRを引いたような環境なので…」
また意味の分からない事を言い出す。
リシェは手を止め、呆れたような顔をラスに向けた。
「とにかくこっちでは先輩を射止めようって思っているのです」
「そうか。無理だと思え」
「先輩!!」
まともに取り合わないのは覚悟の上だが、ちょっと位は興味を持ってくれてもいいような気がする。かと言って、彼の好む物で釣るのもあまり気が進まない。
折角のクリスマスという特別なイベントがやってくるのだ。この機会に進展したっていいじゃないか。…とラスは思うのだ。
リシェは延々と練りながら「ここはな」と口を開いた。
「俺らが何を喋っているか、どう動いているのかを把握したがって盗み聞きをする輩が居るんだぞ。今この会話を直接聞き込んでいるのが居るのを忘れているだろう」
「あー…」
そういえばそうだったな…とラスは顔を上げた。
一体どこに、どの程度で隠しているのか。探そうとしても結構な数で仕込んでいるのだろう。そんな会話をしている最中にも、作業していたリシェは「あ」と呟く。
「何か硬いなって思ったら…ここにも仕込んでいやがったのか」
彼は練り消しの中で極小の小さな盗聴器を指で摘む。
「ええ…?」
ラスがドン引きしていると、リシェは完全に慣れたような様子で自分の引き出しから木製のトンカチを出して勢いよくそれを潰した。会話を聞かれても全く構わないと思っているのか、全く気にせずに破壊するリシェにも違和感を覚える。
最近のは本当に小さいなと感想を言いながら再び作業を始めると、部屋の外からこちらに向かって駆け寄って来る音が聞こえてくる。
「もう。先輩と二人っきりを楽しんでいるのに。盗聴器を破壊されたらすぐこっちに来るんだから…」
壊される度に苦情を言いに来るのでいっそ仕込まない方がいいんじゃないのかとすら思えるのだが、向こうは気になって気になって仕方無いらしい。
リシェはリシェで、変な趣味を持つ従兄弟に文句を言うのも面倒な様子。
「…ちょっと!!勝手に壊さないでくれる!?」
やはりノックもせずにスティレンが怒鳴り込んできた。
「まだ新しいんだけど!?」
仕込む場所を明らかに間違っているんじゃないだろうか。リシェは怒る従兄弟に対して「馬鹿なのか?」と眉を寄せた。
「折角極小サイズを手に入れたっていうのに!!お陰で聞こえなくなったじゃない!返してくれる!?」
「返せって言われても、さっき先輩思いっきり砕いてたよ…粉になってるんじゃないかな…」
「はぁ!?信じらんない!!最低!!」
スティレンは美しい顔を歪めながら吐き捨てる。
「ちょっと、どうしてくれるのさ!?弁償してよ!ちゃんと聞き取れるかとうかテスト操作してたんだよ!?」
「テスト操作って…仕込む場所を完全に見誤ったんじゃないか。どうせならもっと分かりにくい場所にしたらよかったのに」
部屋に入るなりぎゃあぎゃあと喚き散らすスティレン。リシェはそれでも普通に練り消しを作る作業を続ける。
「じゃあさ、クリスマスのプレゼントで買い直して!それなら許してあげてもいいよ!!」
「勝手に仕込んで勝手に盗聴してきたくせにそんな事言うのか?…どうしようもない奴だな。…おい、ラス」
名指しされたラスはリシェに声にすぐに反応した。
何かを期待するような目を向けながら、「何です?」と問う。
「こいつに盗聴器を買ってやれ。イベント好きなんだろう?ちょうどいいじゃないか」
訳の分からない理屈に、ラスは「何でですか!!」と悲痛な声を上げる。そもそも盗聴器を破壊したのはリシェなのに、何故自分がスティレンにプレゼントとして盗聴器を送らなければならないのだろうか。
「それとこれとは話が違いますよ!第一、先輩が壊したんでしょ!」
「お前、プレゼント交換とかしたいって言ってたし…」
「それはプレゼントって言いません、弁償って言うんです!何で俺がスティレンにクリスマスに盗聴器をあげなきゃいけないんですか!!」
自分はリシェにクリスマスらしいロマンチックなプレゼントをあげたいのだ。スティレンにあげるのとは意味合いがまるで違ってしまう。
「うるさいね、壊したのは明らかなんだから返してよ!新品で!」
「そもそも何で変な所に仕込むんだよ!先輩に掛かったら必ず破壊されるでしょ!!」
しかも盗聴器のプレゼントとか、ロマンチックのカケラも無い。
嘆かんばかりに喚き、ラスは首を振って拒否していた。
それは勿論、敏感なラスも例外ではない。
「先輩」
「何だ?」
逸る気持ちを押し殺しつつ、ラスはリシェに話しかけた。逆に何事にも流されないタイプであるリシェは、何を思ってか練り消しを作っていた。要は暇らしい。
「この前まで涼しくなってきたなって思ったら、もうあれですよ」
「?」
「クリスマスってやつです、クリスマス」
ああ…とリシェは黙々と作業しながら返した。上手く潰しながら合わせ、捏ねるという地味な作業を繰り返している。
ラスはそんな彼の手元を眺めつつも、「楽しいです?」と問い掛けた。細かい作業を好む傾向にあるのは分かるが、何故今ここで練り消しを作っているのだろう。
「楽しいというか…手元が寂しいから何となく。異様に消しカスがバラけたし…」
「………」
果たしてそれをかき集めて再利用するのかは謎だ。
気を取り直し、ラスはそれはそうとと続ける。
「今回のクリスマスもほら、あれですよ。一緒に夜を過ごすだろうし、プレゼント交換とかしたりケーキを食べたりとか…それで、この機会にちゃんと正式にお付き合いとかしないかなあって」
「この部屋に一緒に居る限り嫌でもそうなるじゃないか。付き合うも何も」
「いやいやいや、そうじゃなくて…今はほら、友人以上な関係じゃないですか。正式に恋人としてっていうあれですよ」
その発言に、リシェはいつもの如く嫌そうな表情を見せた。
恋人になりたいっていう気持ちは全く変化していないらしい。
「お前、人様の部屋に勝手に上がり込んで同居を決め込んでいる分際でまだそんな事を言い出しているのか?」
最初は自分に異様にがっついてくる相手に心底恐怖を感じていた。しかし慣れきった為に心臓に有刺鉄線が生えてきたのか、言い寄られても即拒否する位図太くなってしまったようだ。
ひたすら練り消しを捏ねる。
「俺、こっちの世界ではガチャで言えばSSRを引いたような環境なので…」
また意味の分からない事を言い出す。
リシェは手を止め、呆れたような顔をラスに向けた。
「とにかくこっちでは先輩を射止めようって思っているのです」
「そうか。無理だと思え」
「先輩!!」
まともに取り合わないのは覚悟の上だが、ちょっと位は興味を持ってくれてもいいような気がする。かと言って、彼の好む物で釣るのもあまり気が進まない。
折角のクリスマスという特別なイベントがやってくるのだ。この機会に進展したっていいじゃないか。…とラスは思うのだ。
リシェは延々と練りながら「ここはな」と口を開いた。
「俺らが何を喋っているか、どう動いているのかを把握したがって盗み聞きをする輩が居るんだぞ。今この会話を直接聞き込んでいるのが居るのを忘れているだろう」
「あー…」
そういえばそうだったな…とラスは顔を上げた。
一体どこに、どの程度で隠しているのか。探そうとしても結構な数で仕込んでいるのだろう。そんな会話をしている最中にも、作業していたリシェは「あ」と呟く。
「何か硬いなって思ったら…ここにも仕込んでいやがったのか」
彼は練り消しの中で極小の小さな盗聴器を指で摘む。
「ええ…?」
ラスがドン引きしていると、リシェは完全に慣れたような様子で自分の引き出しから木製のトンカチを出して勢いよくそれを潰した。会話を聞かれても全く構わないと思っているのか、全く気にせずに破壊するリシェにも違和感を覚える。
最近のは本当に小さいなと感想を言いながら再び作業を始めると、部屋の外からこちらに向かって駆け寄って来る音が聞こえてくる。
「もう。先輩と二人っきりを楽しんでいるのに。盗聴器を破壊されたらすぐこっちに来るんだから…」
壊される度に苦情を言いに来るのでいっそ仕込まない方がいいんじゃないのかとすら思えるのだが、向こうは気になって気になって仕方無いらしい。
リシェはリシェで、変な趣味を持つ従兄弟に文句を言うのも面倒な様子。
「…ちょっと!!勝手に壊さないでくれる!?」
やはりノックもせずにスティレンが怒鳴り込んできた。
「まだ新しいんだけど!?」
仕込む場所を明らかに間違っているんじゃないだろうか。リシェは怒る従兄弟に対して「馬鹿なのか?」と眉を寄せた。
「折角極小サイズを手に入れたっていうのに!!お陰で聞こえなくなったじゃない!返してくれる!?」
「返せって言われても、さっき先輩思いっきり砕いてたよ…粉になってるんじゃないかな…」
「はぁ!?信じらんない!!最低!!」
スティレンは美しい顔を歪めながら吐き捨てる。
「ちょっと、どうしてくれるのさ!?弁償してよ!ちゃんと聞き取れるかとうかテスト操作してたんだよ!?」
「テスト操作って…仕込む場所を完全に見誤ったんじゃないか。どうせならもっと分かりにくい場所にしたらよかったのに」
部屋に入るなりぎゃあぎゃあと喚き散らすスティレン。リシェはそれでも普通に練り消しを作る作業を続ける。
「じゃあさ、クリスマスのプレゼントで買い直して!それなら許してあげてもいいよ!!」
「勝手に仕込んで勝手に盗聴してきたくせにそんな事言うのか?…どうしようもない奴だな。…おい、ラス」
名指しされたラスはリシェに声にすぐに反応した。
何かを期待するような目を向けながら、「何です?」と問う。
「こいつに盗聴器を買ってやれ。イベント好きなんだろう?ちょうどいいじゃないか」
訳の分からない理屈に、ラスは「何でですか!!」と悲痛な声を上げる。そもそも盗聴器を破壊したのはリシェなのに、何故自分がスティレンにプレゼントとして盗聴器を送らなければならないのだろうか。
「それとこれとは話が違いますよ!第一、先輩が壊したんでしょ!」
「お前、プレゼント交換とかしたいって言ってたし…」
「それはプレゼントって言いません、弁償って言うんです!何で俺がスティレンにクリスマスに盗聴器をあげなきゃいけないんですか!!」
自分はリシェにクリスマスらしいロマンチックなプレゼントをあげたいのだ。スティレンにあげるのとは意味合いがまるで違ってしまう。
「うるさいね、壊したのは明らかなんだから返してよ!新品で!」
「そもそも何で変な所に仕込むんだよ!先輩に掛かったら必ず破壊されるでしょ!!」
しかも盗聴器のプレゼントとか、ロマンチックのカケラも無い。
嘆かんばかりに喚き、ラスは首を振って拒否していた。
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