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そのさんじゅうきゅう

傘泥棒

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 外は雨の模様。
 ラスは校舎に向かう為の準備をしながら、同じように準備中のリシェをちらりと見る。真面目な彼は鞄の中身をしっかりと確認していた。
 どんよりとした雨雲が気分を削いでいきそうだが、彼の姿を見るだけで幸せな気持ちになってしまう。
「先輩」
「ん?」
「忘れ物はありませんか?」
「何度も確認してるからそれは大丈夫だ」
 他愛もない会話も嬉しくなる。
「あ」
「何です?」
 そういえば…とリシェは顔を上げた。鞄を手にしたまま何かを思い出したようだ。
「傘が無かった…」
「傘ですか」
 ラスの言葉に困った様子でリシェは頷く。そして溜息混じりに話を続けた。
「この前ちょっと買い物しにコンビニに行ったんだ。傘を持って…買い物を済ませて傘立てから自分の傘を引っ張ろうとしたら無くなってしまったんだった。今思い出した」
 後で買わなきゃと思っていたが、そこからすっかり忘れてしまったとしょげる。同時に持ち帰っていった人間への苛立ちを復活させた。
「大体他人の傘を勝手に持っていこうとするその神経が腹立たしい」
 ギリギリと奥歯を鳴らしながら怒りに震える。
 今頃思い出すのもどうかと思うが、ラスは「まあまあ」と宥めた。
「後で一緒に買いにいきましょう。今日は俺の傘に入っていくといいですよ。どっちにしろ帰る時も一緒ですからね」
「今度の傘に何かしらメッセージでも書いてやろう。盗人め、連続で犬のフンを踏み続けた後で足を捻挫して失禁する呪いをかけてやるからな」
 歯軋りと共に呪詛を吐き出す美少年。
 可愛らしい外見なのに吐き散らかす言葉はとにかく陰湿な雰囲気を醸し出していた。
 ラスは内心傘を持っていった人間にちょっとだけ感謝したが、そう思ってはいけないのだろう。
「俺の傘は大きめですから二人でばっちり使えますよ。だから安心して下さい」
 仕方無いな、とリシェはラスの言葉に甘える事にした。

 寮の出入口で靴を履き替えていると、同じように準備を済ませて学校へ向かおうとしていたスティレンと顔を合わせる。
「おはよう、スティレン。今日は早めに出たんだ?」
 いつも準備に時間を掛けている彼は、ラスやリシェよりも若干寮を出るのが遅い。珍しいねとラスが声を掛けている最中、リシェは相手の手元にある物に注目した。
 そして「ん?」と眉を顰める。
「おはよ。雨の時は髪のお手入れに時間がかかるからね…って、何さリシェ、その顔は?」
 スティレンはリシェの怪訝そうな顔に気が付くと、自分の従兄弟に向かって首を傾げて異変を指摘した。
 しばらく間を開けた後でリシェは「おい」とスティレンに言う。
「何さ」
「その傘」
「ああ、これ?こないだお前の傘がコンビニにあったから持ってきたんだけど。ちょうど雨が降ってきたし」
 えぇ…とラスは脱力する。
 その時偶然同じコンビニで入れ違いで入っていたようだ。普通に持っていくのもどうかと思うが。
 リシェは全く悪びれないスティレンを見上げて怒鳴る。
「お前か!!!」
「は?」
「俺のを勝手に持っていったのは!!」
 返せ!と言わんばかりにリシェは食ってかかる。
「忘れていったのかと思ったんだけどぉ」
 いかにも嘘くさい言い訳をするスティレン。そんな訳無いだろう、とぴしゃりと言い放った。
「何考えてるんだ、人様のを勝手に持っていくとか!まさか身内に盗人が居るとは思わなかったぞ!!全く、返せ!!」
「ちょっ…待ってよ、今雨降ってるでしょ!今日は使わせてよ!!」
「うるさい!!それが盗人の態度か!!」
 彼は自分の傘を持っていないらしく、リシェが傘を引っ張ろうとするのを全力で阻止しようとしていた。
 見知らぬ人間よりも近い人間が犯人で良かったのでは?と思ったラスだったが、あまりそう言える空気でも無い。
 早く行かないと遅刻しちゃうよ、と朝っぱらから元気に喧嘩を繰り広げる二人に告げた。
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