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そのさんじゅうなな

どっちも嫌だ

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 あまりにも暑さが続くので、リシェは同居人のラスに対してくっつくなと命令していた。常に一緒に行動を共にしているラスにとって、最愛の相手からくっつくなと言われてしまうのは生殺し以外の何物でもない。
 抱き締めて柔らかい頰に思うまま頰擦りをしたいというのに接触出来ないとなればストレスが溜まってしまう。結果的に、触れられなくて禁断症状となって癖が出てくるのだ。
「先輩」
 ラスはカタカタしながらリシェに話しかけた。
「うるさい」
「まだ…何も言ってませんよ…」
「どうせまた同じ事を言うんだろ」
「少しでもダメなんですか…先輩、俺に死ねと?」
 先程から同じ要求ばかりしてくる相手に、課題をこなしていたリシェはうんざりしながら手を止めた。ひたすら禁断症状を起こしてカタカタ震えているラスに「いい加減にしろ」と叱咤する。
 相当な好意の表れだとしても、流石に気色悪い。
「毎回毎回くっついて、離れろと言っても離れてくれないじゃないか。今時期くそ暑いっていうのに余計暑苦しくなる。そのカタカタもやめろ。気が散ってしょうがない」
「それなら一度だけでも俺の欲求に応えて下さいってば…それさえしてくれればこっちも止まりますって」
 彼は自分が完全に目の前から消えたとしたらどんな行動を見せるのだろうか。
 リシェははぁ…と溜息を吐いた。
「俺はお前の潤滑油でも何でも無いんだ」
「じ…潤滑油って…まるで俺が機械か何かみたいに…」
 そう言いながら、ラスははっと何かを頭に思い描く。
 全身ぬるぬるになったリシェをひたすら抱き締めて愛でる自分の姿を。ふにゃふにゃになった彼はきっと物凄く可愛いはずだ。
 ひたすら自分に可愛がられるリシェは、潤んだ目をしながらもっと抱き締めて欲しいと嘆願する…
「はぁあああああ…っっ!!」
「??」
 欲求不満過ぎて、変な妄想しか出てこない。
 ラスは思わず自分自身を抱き締めると、「…先輩!!」と搾るような声を上げ、苦悩した面持ちで座り込んでいた。
 怪訝そうな顔のリシェは、いきなりおかしくなったラスをゴミを見るような目線で直視する。
「もう、先輩ったらいきなり潤滑油とかって言うから!!」
「はぁ?」
「先輩のエッチ!!もう、ドスケベ!!」
 崩れ落ちるような姿勢でいきなりラスはそんな発言をしてくる。意味不明さに、リシェは「は!?」と青筋を立てながら怒り出した。
「お前が勝手に何か妄想したくせに何を言い出すんだ!?」
「だって…だって!!先輩が潤滑油とか言い出すから!!」
「あぁ!?」
 何も考えずに言っただけのフレーズで、変態扱いされても困る。リシェは椅子から立ち上がると、目の前で座り込んでいるラスの頰を強く引っ張った。
「いだだだだだだぁいいいい」
 室内に広がる悲痛なラスの声。
 しかしリシェは全く加減せずにぎりぎりと引っ張る。
「お前、が!!一番!!おかしいのだと!!いい加減!!自覚!!し、ろ!!」
 言いながら頰を強めに引っ張り、言い終えたと同時に指を離した。
「ふぇえええ…痛い…」
 ヒリヒリ痛む頰を押さえながら、目の前のリシェを悲しげに見た。苛立ったままのリシェは舌打ちしながらその場から離れようとする。
 あっ…待てよ、今がチャンスかもしれない!!
 痛みに顔を歪めつつも、ラスはすぐに手を伸ばしリシェを引っ掴んだ。
 同時にかくりと体が傾くリシェ。
「油断しましたね、先輩!」
「うわ…」
 ふわりと香水の香りを漂わせ、ラスはリシェを完全にホールドする。
「…この野郎!!暑苦しいって言っただろ!!」
 耳元で喚き散らすリシェは、相変わらず顔に似合わない暴言を吐いた。
「じゃあ、俺がずっと先輩を抱けなくてカタカタするのを見るのと、一瞬だけ我慢して抱き締められるのはどっちがいいって言うんです?」
 華奢な体の感触を存分に味わうラスは、怒りで顔を真っ赤にするリシェに問う。ラスはリシェに触れた事でストレスが減っていくのを感じるが、逆にリシェは抱き締められる度にストレス度が増していく。
「………」
 抱き締められるのも嫌だが、延々目の前でカタカタされるのも鬱陶しい。とにかくラスは面倒臭いのだ。
 何故こいつは自分の目の前に存在しているのだろう。
「はぁ…これでストレスも解消されていくぅ…」
「俺は逆にイライラしてきた!!」
「ちょっと我慢すればいいだけの話ですよぉ。先輩がこうして俺に抱っこされさえすれば、俺もカタカタしなくて済むんですからぁ」
 いずれにせよ、自分には何の得にもならない。
 ラスに抱き締められたままのリシェは、ぶすーっと頰を膨らませ、「どっちも嫌だ!」とひねくれた返事をした。
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