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そのにじゅうはち

面倒臭い奴

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 それにしても、とラスはやや不満そうな顔を保ちつつリシェを見下ろした。リシェは目を丸くしながら彼を見上げ、「何だ?」と問う。
「記憶が無いのに何であの人の命令に従うんですか」
 いやらしく舐めるようにリシェに命令した、という言葉を思い出し、顔をしかめる。リシェは反抗する事もなく黙ってロシュに従っていたのだ。
 よりによっていやらしく。
 あのキャンディーを音を立てて舐める仕草は、完全に慣れている舌使いだった。そう思うと腹の底から嫉妬の渦が巻き起こってくる。
「ま、まさか先輩」
「?」
「向こうの世界であの人のを舐めたんですか!?」
 リシェの両肩をがっちりと押さえ、ラスはムキになって問い質す。だが向こうの世界の事やそこでの体験が完全にリセットされているリシェには、ラスが何を言っているのかさっぱり分からない様子だった。
 眉を寄せ、軽く抗いながら「何?」と問う。
「意味が分からない」
「うう…こんな、こんな可愛い顔でそんないやらしい…い、いや、先輩に限ってそんな事は」
「痛い。離せ、何意味の分からない事を言ってるんだ」
 こんな小さな口を使ってあんな事をさせるなんて、と勝手にラスは思考を暴走させる。
 なかなか離してくれないラスの手を解こうとするが、力が強く解きにくい。舌打ちするリシェ。
「先輩っ!!」
「は…?な、何」
「ど、どうなんですか、結局の所は!?向こうであの人のをしゃぶったりしたんですかっ!?」
「だから!!何の話なんだよ!?俺があの人の何を」
 二人で酷い会話をしているのを、周囲の登校中の生徒達は引き気味に見ながら通過していく。
「何って!!決まってるじゃないですか!!」
 ラスはリシェの耳元でごにょごにょと何やら囁くと、彼はたちまちのうちに顔から火が出そうな勢いで反応を見せ始める。
 全身が熱くなり、真っ赤になりながらリシェは怒鳴っていた。
「そっ…そんな訳っ、あるか!!ふ、ふざけるな!!」
 全身から冷や汗のようなものが出てくる。それがやけにリアル感があり、ついラスは悲観的に捉えてしまった。
「何でそんなに焦るんですかー!!」
 まさか記憶が無くても心当たりがあるのではないかとラスは疑ってしまい、リシェに半泣きで訴える。
「お前は馬鹿か!!そんな訳ないだろう!」
「うう、先輩ぃ…」
「馬鹿馬鹿しい!お前に付き合ってるだけで時間の無駄だ!」
 リシェは完全に怒ってラスの手を思いっきり振り払う。
 ああっ、と邪険に扱われた彼はショックを受けた。
「先輩ったら…嫌だぁ、そんなの嫌だ…」
 ずかずかと先を急ぐリシェ。
 意味の分からない事で勝手にショックを受けられてもこちらはどうしようもないのだ。しばらくぷりぷりと怒りながら歩いていたが、ふとぴたりと足を止めた。
「………」
 そろりと背後を見る。
 ラスは肩を落としたまま半泣きになっている。
 あんなに凹むか?普通…と思った。ぱっと見、派手な出で立ちをしているくせに勝手に妄想して、勝手に凹んで。
 非常に厄介だと思った。
「……っ」
 無視して数歩進む。
 何故かこっちが悪い事をした気持ちにさせられてしまう。胸糞悪いなと苛立った。
 くそっ!とリシェは悪態をつき、くるりと振り返って再びラスの元へ大股で歩きだす。そして勝手にしょげている彼の手を強く握る。
「え?」
「面倒臭い奴だ!さっさと歩け!!」
「せ、先輩」
「俺がまるで悪者みたいじゃないか!大体向こうとか全然知らないのに、お前の妄想で勝手に凹まれても困るんだよ!あの先生とは何の面識も無い!だから知らないものは知らないんだ!分かったか!」
 知らぬ事を責めてもどうしようもない。
 ラスはううっと呻くと、自分を引っ張るリシェの手をぐいっと自分の方へ逆に引っ張った。
「わ!?」
 軽々とリシェの体はラスの腕の中へ入り込む。
「うう、先輩…先輩」
「何だよお前!離せ!」
 元気よく暴れる彼をしっかり抱き留めながら、ラスは頬擦りして「好き、好きです!」と嬉しそうに甘えだした。
 感情に振り回された挙句、機嫌を直すと犬みたいに懐いてくる。
 リシェは心底ラスが面倒臭い奴だと思っていた。
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