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そのじゅういち

リシェ、騙される

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 ある日の放課後。
 個人的に用があり、リシェはラスが迎えに来る前にさっさと教室を抜け出すと単独で街に繰り出していた。
 欲しいものがあったのだ。
 あらかじめ検索して店の場所を把握していたので大体の道は分かる。あとは無事に目的の物を探すだけだ。
 行き交う人々の中をかい潜り、大通りに出る。
 交通量も多いだけあり、歩道ですら人だらけだ。路上で品物を広げて商売をする猛者も居る程。
 出来るだけぶつからないように気を使いながら歩いていると、不意に誰かにがっつりと腕を掴まれてしまった。
「お前さん」
 かくり、と傾く小さな体。
「うわ」
 何だ何だ!?とリシェは振り返る。
 背後にはフードを被った謎の老婆。
「誰だあんた?」
「私は占い師。お前さん、変なものに憑かれているよ」
 低く嗄れた声音がやけに信憑性を増してくる。変なもの、の心当たりがあり過ぎてリシェはぐぐっと返す言葉を失った。
「な、何で分かる?」
 びくびくと怯えながら老婆に問うと、彼女はフードの下の口の端を上げて分かるともと言った。
「お前の背後に色んなものが渦巻いているよ」
「い、色んなもの!?」
 がーんとショックを受けるリシェ。
 ハトに攻撃されたり、変態に懐かれたりするのもそのせいなのだろうか。
「何やら業を持って生まれたようだねぇ…」
「ご、業!?」
 よく分からないが、リシェには妙な恐怖感を感じてしまったようだ。老婆は更に続ける。
「お前さんは知らないうちに余計な物を引きつけるタイプなのさ。自分でも分かるだろう?自覚はあるはずさ」
「そりゃ…」
「このままでは大蛇にも好かれてしまうかもしれない」
 何故かいきなり大蛇。
 胡散臭さが半端無いが、色んなものに懐かれやすい彼には衝撃的な発言だったらしくひいいいと叫びだす。
「大蛇!!!」
「そして見知らぬ者に壺を買わされる羽目になるだろう」
「つ、壺!!!」
 そんなものいらない、と涙目になる。
 リシェはどうしたらいいのだと老婆に聞いた。
「ふ、そいつは簡単さ」
「な、何だ?」
 彼女は背負っていた荷物を下ろすと、リュックの中から小さめの茶色い壺を取り出した。
 そしてそれをリシェの前に突き出す。
「!?」
「哀れなお前さんにこの壺を安値で売ってやろう。まだ子供だからね。これがあれば邪気を払ってくれるぞ。どうだ、ん?」
「本当にこれで鬱陶しいのを払ってくれるのか?」
 ほぼ涙目のリシェに、老婆はそうだと答えた。
「じゃあ買う。いくらだ?」
「五百で売ってやろう。花でも飾るといい」
「分かった。買う」
 これで邪気を払ってくれるのなら安いものである。
 お金と壺と交換し、リシェはほっと一安心した。
「良かった。これでいらないものとは別れられるぞ」

 その夜。
 寮に帰り、リシェはラスに買い物中の出来事を得意げに話していた。それまで黙って聞いていた彼は、苦笑いしながら「先輩」と話を切り出す。
「ん?」
「何で見知らぬ相手から壺を買わされるって脅されたのに、その人から壺を買ったんですか?」
 リシェは目が点になった。
「え?」
「いや、壺買ってるじゃないですか。いらないって言ったのに。…先輩騙されてませんか?」
 しばらく無言になる。手にしていた壺に目線を落とすと、だらだらと冷や汗を流し始めた。
「かっ…花瓶を買ったんだ」
「さっき壺って言ったじゃないですか」
「壺じゃない」
「いや、壺ですって」
 リシェは自分が変な人物にまた引っ掛かってしまった事に気付き、ようやくはらはらと涙を零した。
 その様子を見たラスは、可哀想に思いながらも何て可愛いのだろうときゅんとしてしまう。
「ふふ」
 つい笑い声を漏らした。
「やっぱり先輩には俺が居ないと駄目なんですよ。俺を出し抜いて街に出ちゃったのが裏目に出ちゃったんですね」
 うううとショックで沈み込む彼を、ラスは優しく抱き締める。

 …結局リシェが老婆に買わされた怪しい壺は、花瓶として活用する事になった。
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