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プロローグ
プロローグ 災厄の始まり
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ここはごく平穏な世界。
世界中にはいくつかの国家があり、人々は平和な暮らしを当たり前のように過ごしていた。
たまに国同士の小競り合いもあるが、概ね良好な関係を保っているといって大丈夫だろう。
そんな世界のとある王国にある王城の一室に一つの人影があった。
その人影は机に向かいながら何かしているようだ。
「最近魔物が増えてきてるみたいね。何か良くないことの前兆かしら?」
机に向かい資料を片手に持ちながら、難しい表情をして呟いている女性がいる。
女性の容姿はブロンドの長い髪に白を基調としたドレスを身に纏っていて、クリクリとした大きな目に整った顔立ちでスタイルも決して悪くない。
煌びやかな部屋の中にいる彼女の姿からは気品が漂っており、まさに絵になるといった感想が相応しいだろう。
「う~ん……」
悩まし気な声を出して、一つ伸びをしている。
そんな仕草すらも気品があるように見えてしまうのは、容姿や部屋の影響だろうか。
この女性はこの王国の第一王女である。
今から十数年前、国王と王妃の間に一人娘として生を受けた、いずれは国を背負って立つことになる存在である。
そんな彼女が手に持ち眺めている資料は、この国を日々護っている防衛隊からの報告書だ。
まだ二十年と生きていない彼女だが、王族としての職務にきちんと取り組んでいるのである。
彼女が読んでいる報告書には、ここ一週間の防衛報告が纏められている。
防衛報告と言うのは、魔物との交戦記録のことであり、この国の最も重要な事項の一つだ。
この国は常に魔物との戦いの最前線にあるのだ。
そのため、毎日のように魔物との戦闘が行われている。
そして、彼女が目を通している資料には日に出現する魔物の量や種類が記載されているのだが、ここ最近はかなり量が増えていることを示している。
それもかなりのスピードで増加しており、これは誤差とは考え難い。
そして最も気がかりなことは、日を重ねるほどに強力な個体と新種が出現しているということである。
その影響もあり、魔物との戦闘で負傷する兵の数も増えているようだ。
このままでは城壁を突破され、国民に被害が出るのも時間の問題だろう。
「嫌な予感がするわ……。今後の魔物対策についてしっかりと話し合いの場を設けるように、お父様に伝えたほうがいいわね」
報告書から明らかな異常を察知した王女は、机を離れると自室を出て廊下を歩いていく。
国王のいる執務室へと向かっているようだ。
この国は「魔界」と呼ばれる魔物が産まれ落ち住まう場所に隣接するような立地にある。
魔界は常に瘴気が満ちており、陽の届かない暗黒の世界だ。
そして「魔物」と呼ばれる異質な進化を遂げた生物のみが蔓延り、人類が立ち入ることはまさに自殺行為に等しいと言える。
その昔、圧倒的力を持った「魔王」により世界は混沌に包まれていた。
突如として現れた魔王は魔物を引き連れて人類を蹂躙したのだ。
人々はただただ死の恐怖に怯えて暮らす毎日を過ごすしかなかった。
魔王に太刀打ちできる人間などいなかったのだ。
そのため、この状況を打開してくれる者が現れるはずだという一縷の望みを抱いて、息を潜めながら生きるしかなかった。
そんな切な願いが届いたのだろうか、人々に勇気と希望を与える「勇者」という存在が現れたのだ。
それは誰もが待ち望んでいた瞬間だった。
息を潜めて生活するのはもう終わりだと。
勇者は圧倒的な武力で各地の魔物を駆逐し、カリスマ性を披露して人々を導いていった。
それはそれは凄まじい力だったという。
バラバラだった人々は手を取り合って魔物と戦った。
そして、勇者と魔王は激戦を繰り広げ、ついに勇者が魔王を倒したのだ。
世界には光が満ち溢れ、平穏が訪れることとなった。
後は魔物を殲滅すれば、人類を害する者はいなくなる。
誰もがそう考えていた。
しかし、勇者の力を持ってしても魔界と呼ばれる地域の闇を払うことはできなかったのだ。
あまりにも瘴気が濃かったのである。
そのため、魔王がいなくとも魔物と言う存在は産まれ続けることとなった。
それでは再び魔物による恐怖が訪れる日が来るかもしれない。
そう考えた人々は、魔界から魔物が出てくることを見張り、早期に討伐することで魔物を人類の生活圏に入れないようにすることを考えた。
その結果、建国されたのがこの国である。
悠然と佇む防壁は建国後数千年に渡り魔物の襲来からこの国を、そして世界を護り続けてきた。
この国に生きる民にとってその事実は誇りなのだ。
王女は慣れ親しんだ王城の廊下を歩いて行く。
そして、豪華な装飾が施された扉の前に着くとピタッと足を止める。
ここが国王の執務室のようだ。
彼女はフゥと一呼吸置くと、コンコンコンと扉をノックする。
すると部屋の中から、
「どうぞ。」
と王女にとっては聞き慣れた父の声が返ってくる。
入室の許可を得た王女は扉を開けると、さっそく話しを切り出した。
「失礼します、お父様。お父様にお話ししたいことがあります」
「おいおい、部屋に入って来るなりどうしたというのだ?」
「魔物についてのお話しです」
彼女は先ほど目を通した資料から推測される魔物についての事柄を述べた。
魔物が急速な増加傾向にあることや、今後起こる可能性がある有事に備えて今一度防衛の仕方についての見直しを行うべきだということ、兵士の意識の徹底、周辺諸国に状況を呼びかけることで力を合わせて問題解決に注力した方が良いのではないかということを。
それを聞いた国王は、
「はははは! お前も王族として立派に育っているようで私は嬉しいぞ! だがそれは杞憂というものだ。我が国の城壁と防衛隊が魔物ごときに負けるはずがないではないか。建国後、一度も突破されたことがないのだからな!」
王女の進言を一笑し国王は王女に心配しすぎだと諭した。
「ですがお父様! もしものことがあってからでは遅いのですよ!」
「大丈夫だと言っておるだろう。部屋に戻って勉強でもしなさい。今後、この国を背負って行くにはまだまだ学ぶことは多いぞ!」
それ以上国王が王女の言葉に耳を傾けることはなく、王女は自室へと引き返さざるをえなかった。
行きとは違い廊下をズカズカと歩いていく。
どうやら少々ご立腹のようだ。
そして王女は自室に戻るや否や、
「お父様のバカ! アホ! 分からず屋! どうして分かってくれないの!!」
ボフッ
父への鬱憤を枕にぶつけることにしたようだ。
愛用の枕を殴りつけたり放り投げたりしている。
この王女様は見た目の麗しさとは裏腹に少々お転婆な性格のようだ。
彼女は幼い頃からよく城を抜け出したり、兵士の修練場にまぎれたり、兵士長に強引に武術を教わったりして衛兵たちを困らせていた。
その性格は今も変わっておらず、隙あらば城から脱走するものだからその度に城内はパニックになる。
王女様がまたいなくなったと。
年を重ねるごとに逃走術に磨きがかかってきたようで、衛兵たちは肝を冷やすばかりだ。
そんな彼女は幼くして母親である王妃を失っている。
その出来事がこの性格になってしまった一因なのかもしれない。
王妃は彼女が3歳の頃にこの世を去ってしまった。
病気だったのだ。
原因が分からない、いわゆる不治の病だった。
世界中の名のある医者に診てもらったが結局病気が良くなることはなく、そのまま亡くなってしまったのである。
学者の一説によれば、魔界から漏れ出る瘴気が原因なのではないかとのことだ。
確かにこの国では王妃と同じ症状の病気を発症する住民が少なからず存在する。
だが、瘴気が原因だという確証がなく、また治療法がないため手の打ちようがないのが現状だ。
王妃の死は王国を深い悲しみに包むこととなった。
国民から愛される心優しい方だったのだ。
病によって王妃が亡くなった後、王女は塞ぎ込んでしまった。
幼いながらに母が亡くなったという状況を理解していたのだろう。
父である国王やメイド、衛兵たちの優しい対応で彼女にも笑顔が戻ったのだが、これ以上彼女に悲しい思いはさせたくないという思いから、王女の我がままに強く言うことができず、結果としてこの性格が出来上がってしまったのだ。
王女自身周囲の優しさは理解している。
寂しいから、構って欲しいから、我がままを言ったり困らせたりしているのだ。
そんなお転婆王女は、ひとしきり枕に対して鬱憤を晴らした後、
「もういいもん! 魔物について考えるのはやめよ!」
と吹っ切れた様子で、清々しい表情をしている。
体を動かせば頭もスッキリするというものだ。
そして部屋の隅に置いてある本棚の前へ行くと、
「もし、このまま世界に災厄が起こったとしたら、この本のように勇者様が助けてくださるのかしら」
そう独り言をいいながら、本棚から勇者の伝説が書かれた絵本を手に取る。
魔王と戦った勇者の伝説は、本や詩などの様々な形で数千年語り継がれてきた。
勇者は誰もが一度は憧れる存在だ。
男の子なら勇者になることを、女の子なら勇者とのラブロマンスを。
王女も勇者に憧れを抱いているのだ。
「勇者様ってどんな方なのかしら? お会いしてみたいな~」
思い出が詰まった宝物の絵本を胸に抱きながら妄想を捗らせているようだ。
そのころ国王の執務室では、
「それにしても、あの子も成長したものだ。」
と国王は独り言ちていた。
国王は王女を追い返した後、王女が述べていた進言について考えていたようである。
国王が王女の意見を取りあわなかったことには理由があったようだ。
建国から現在に至るまでの数千年の歴史を遡れば、今までにも魔物が多く出現する時期は何度もあった。
その際、この国は一度も大きな被害を出すことなく防衛に成功している。
「あの子も私に似てきたなぁ。」
どこか遠いところを見るように国王は呟く。
まだ国王が若く王子だった頃に先ほどの王女と同じようなことをしていた過去がある。
父に魔物の対策をした方が良いと進言したのだが、父はそれを取り合わず結局杞憂に終わっただけだった。
なので、自分と同じような行動をした王女の成長を嬉しく、そして懐かしく思ってるようだ。
確かに魔物は増えているが珍しいことではない、大した問題ではない、いつものように魔物を撃退して終わり、そう高を括っているのだろう。
数千年という歴史は魔界との最前線で生活する人々、それも国王でさえ誇りを驕りに変えさせたのだ。
ドゴォォン、街の方から背筋も凍るような爆発音と地響きがした。
普段、街から聞こえるような音では到底ない。
何か異常事態が起きたのだろう。
国王が部屋にある窓から街の方を覗き込んでいると、
「国王様、魔物の軍勢が城壁を突破しました!」
ドタドタと国王の執務室へ慌しく兵士が飛び込んでくる。
「どういうことだ!」
「突如魔物の大軍勢が押し寄せ、持ちこたえることができませんでした」
「馬鹿な!? 今までも魔物の軍勢を幾度も撃退してきたではないか! 我が国の防壁は建国から一度も破られたことがないのだぞ!!」
「今までに観測されたことのない強力な個体が軍勢を率いているようです。また、その新種は非常に頭脳が良いようで魔物を指揮・統率し、長年の魔物の進行により脆弱になっていた部分に対して集中攻撃を行ってまいりました!」
「街の状況はどうなっている!」
「魔物の軍勢が街に雪崩れ込み混乱状態に陥っております。」
「なんということだ……」
国王の顔に落胆と困惑が浮かぶ。
しかし、僅かな時間で今は何をすべきか判断を下す。
「住民の保護を最優先に行動せよ! そして、急ぎ同盟各国に状況の通達と援軍を要請しろ!」
「直ちに!」
命令を受けた兵士は素早く執務室を後にした。
その日、数千年に渡り人類を護り続けた偉大なる城壁とその国は廃墟へと姿を変えた。
魔物襲来の報は、王国陥落の悲報と共に瞬く間に世界中を駆け巡る。
そして人々は絶望を抱いたのだ。
再び魔物による戦乱と混沌の時代がやってくると。
世界中にはいくつかの国家があり、人々は平和な暮らしを当たり前のように過ごしていた。
たまに国同士の小競り合いもあるが、概ね良好な関係を保っているといって大丈夫だろう。
そんな世界のとある王国にある王城の一室に一つの人影があった。
その人影は机に向かいながら何かしているようだ。
「最近魔物が増えてきてるみたいね。何か良くないことの前兆かしら?」
机に向かい資料を片手に持ちながら、難しい表情をして呟いている女性がいる。
女性の容姿はブロンドの長い髪に白を基調としたドレスを身に纏っていて、クリクリとした大きな目に整った顔立ちでスタイルも決して悪くない。
煌びやかな部屋の中にいる彼女の姿からは気品が漂っており、まさに絵になるといった感想が相応しいだろう。
「う~ん……」
悩まし気な声を出して、一つ伸びをしている。
そんな仕草すらも気品があるように見えてしまうのは、容姿や部屋の影響だろうか。
この女性はこの王国の第一王女である。
今から十数年前、国王と王妃の間に一人娘として生を受けた、いずれは国を背負って立つことになる存在である。
そんな彼女が手に持ち眺めている資料は、この国を日々護っている防衛隊からの報告書だ。
まだ二十年と生きていない彼女だが、王族としての職務にきちんと取り組んでいるのである。
彼女が読んでいる報告書には、ここ一週間の防衛報告が纏められている。
防衛報告と言うのは、魔物との交戦記録のことであり、この国の最も重要な事項の一つだ。
この国は常に魔物との戦いの最前線にあるのだ。
そのため、毎日のように魔物との戦闘が行われている。
そして、彼女が目を通している資料には日に出現する魔物の量や種類が記載されているのだが、ここ最近はかなり量が増えていることを示している。
それもかなりのスピードで増加しており、これは誤差とは考え難い。
そして最も気がかりなことは、日を重ねるほどに強力な個体と新種が出現しているということである。
その影響もあり、魔物との戦闘で負傷する兵の数も増えているようだ。
このままでは城壁を突破され、国民に被害が出るのも時間の問題だろう。
「嫌な予感がするわ……。今後の魔物対策についてしっかりと話し合いの場を設けるように、お父様に伝えたほうがいいわね」
報告書から明らかな異常を察知した王女は、机を離れると自室を出て廊下を歩いていく。
国王のいる執務室へと向かっているようだ。
この国は「魔界」と呼ばれる魔物が産まれ落ち住まう場所に隣接するような立地にある。
魔界は常に瘴気が満ちており、陽の届かない暗黒の世界だ。
そして「魔物」と呼ばれる異質な進化を遂げた生物のみが蔓延り、人類が立ち入ることはまさに自殺行為に等しいと言える。
その昔、圧倒的力を持った「魔王」により世界は混沌に包まれていた。
突如として現れた魔王は魔物を引き連れて人類を蹂躙したのだ。
人々はただただ死の恐怖に怯えて暮らす毎日を過ごすしかなかった。
魔王に太刀打ちできる人間などいなかったのだ。
そのため、この状況を打開してくれる者が現れるはずだという一縷の望みを抱いて、息を潜めながら生きるしかなかった。
そんな切な願いが届いたのだろうか、人々に勇気と希望を与える「勇者」という存在が現れたのだ。
それは誰もが待ち望んでいた瞬間だった。
息を潜めて生活するのはもう終わりだと。
勇者は圧倒的な武力で各地の魔物を駆逐し、カリスマ性を披露して人々を導いていった。
それはそれは凄まじい力だったという。
バラバラだった人々は手を取り合って魔物と戦った。
そして、勇者と魔王は激戦を繰り広げ、ついに勇者が魔王を倒したのだ。
世界には光が満ち溢れ、平穏が訪れることとなった。
後は魔物を殲滅すれば、人類を害する者はいなくなる。
誰もがそう考えていた。
しかし、勇者の力を持ってしても魔界と呼ばれる地域の闇を払うことはできなかったのだ。
あまりにも瘴気が濃かったのである。
そのため、魔王がいなくとも魔物と言う存在は産まれ続けることとなった。
それでは再び魔物による恐怖が訪れる日が来るかもしれない。
そう考えた人々は、魔界から魔物が出てくることを見張り、早期に討伐することで魔物を人類の生活圏に入れないようにすることを考えた。
その結果、建国されたのがこの国である。
悠然と佇む防壁は建国後数千年に渡り魔物の襲来からこの国を、そして世界を護り続けてきた。
この国に生きる民にとってその事実は誇りなのだ。
王女は慣れ親しんだ王城の廊下を歩いて行く。
そして、豪華な装飾が施された扉の前に着くとピタッと足を止める。
ここが国王の執務室のようだ。
彼女はフゥと一呼吸置くと、コンコンコンと扉をノックする。
すると部屋の中から、
「どうぞ。」
と王女にとっては聞き慣れた父の声が返ってくる。
入室の許可を得た王女は扉を開けると、さっそく話しを切り出した。
「失礼します、お父様。お父様にお話ししたいことがあります」
「おいおい、部屋に入って来るなりどうしたというのだ?」
「魔物についてのお話しです」
彼女は先ほど目を通した資料から推測される魔物についての事柄を述べた。
魔物が急速な増加傾向にあることや、今後起こる可能性がある有事に備えて今一度防衛の仕方についての見直しを行うべきだということ、兵士の意識の徹底、周辺諸国に状況を呼びかけることで力を合わせて問題解決に注力した方が良いのではないかということを。
それを聞いた国王は、
「はははは! お前も王族として立派に育っているようで私は嬉しいぞ! だがそれは杞憂というものだ。我が国の城壁と防衛隊が魔物ごときに負けるはずがないではないか。建国後、一度も突破されたことがないのだからな!」
王女の進言を一笑し国王は王女に心配しすぎだと諭した。
「ですがお父様! もしものことがあってからでは遅いのですよ!」
「大丈夫だと言っておるだろう。部屋に戻って勉強でもしなさい。今後、この国を背負って行くにはまだまだ学ぶことは多いぞ!」
それ以上国王が王女の言葉に耳を傾けることはなく、王女は自室へと引き返さざるをえなかった。
行きとは違い廊下をズカズカと歩いていく。
どうやら少々ご立腹のようだ。
そして王女は自室に戻るや否や、
「お父様のバカ! アホ! 分からず屋! どうして分かってくれないの!!」
ボフッ
父への鬱憤を枕にぶつけることにしたようだ。
愛用の枕を殴りつけたり放り投げたりしている。
この王女様は見た目の麗しさとは裏腹に少々お転婆な性格のようだ。
彼女は幼い頃からよく城を抜け出したり、兵士の修練場にまぎれたり、兵士長に強引に武術を教わったりして衛兵たちを困らせていた。
その性格は今も変わっておらず、隙あらば城から脱走するものだからその度に城内はパニックになる。
王女様がまたいなくなったと。
年を重ねるごとに逃走術に磨きがかかってきたようで、衛兵たちは肝を冷やすばかりだ。
そんな彼女は幼くして母親である王妃を失っている。
その出来事がこの性格になってしまった一因なのかもしれない。
王妃は彼女が3歳の頃にこの世を去ってしまった。
病気だったのだ。
原因が分からない、いわゆる不治の病だった。
世界中の名のある医者に診てもらったが結局病気が良くなることはなく、そのまま亡くなってしまったのである。
学者の一説によれば、魔界から漏れ出る瘴気が原因なのではないかとのことだ。
確かにこの国では王妃と同じ症状の病気を発症する住民が少なからず存在する。
だが、瘴気が原因だという確証がなく、また治療法がないため手の打ちようがないのが現状だ。
王妃の死は王国を深い悲しみに包むこととなった。
国民から愛される心優しい方だったのだ。
病によって王妃が亡くなった後、王女は塞ぎ込んでしまった。
幼いながらに母が亡くなったという状況を理解していたのだろう。
父である国王やメイド、衛兵たちの優しい対応で彼女にも笑顔が戻ったのだが、これ以上彼女に悲しい思いはさせたくないという思いから、王女の我がままに強く言うことができず、結果としてこの性格が出来上がってしまったのだ。
王女自身周囲の優しさは理解している。
寂しいから、構って欲しいから、我がままを言ったり困らせたりしているのだ。
そんなお転婆王女は、ひとしきり枕に対して鬱憤を晴らした後、
「もういいもん! 魔物について考えるのはやめよ!」
と吹っ切れた様子で、清々しい表情をしている。
体を動かせば頭もスッキリするというものだ。
そして部屋の隅に置いてある本棚の前へ行くと、
「もし、このまま世界に災厄が起こったとしたら、この本のように勇者様が助けてくださるのかしら」
そう独り言をいいながら、本棚から勇者の伝説が書かれた絵本を手に取る。
魔王と戦った勇者の伝説は、本や詩などの様々な形で数千年語り継がれてきた。
勇者は誰もが一度は憧れる存在だ。
男の子なら勇者になることを、女の子なら勇者とのラブロマンスを。
王女も勇者に憧れを抱いているのだ。
「勇者様ってどんな方なのかしら? お会いしてみたいな~」
思い出が詰まった宝物の絵本を胸に抱きながら妄想を捗らせているようだ。
そのころ国王の執務室では、
「それにしても、あの子も成長したものだ。」
と国王は独り言ちていた。
国王は王女を追い返した後、王女が述べていた進言について考えていたようである。
国王が王女の意見を取りあわなかったことには理由があったようだ。
建国から現在に至るまでの数千年の歴史を遡れば、今までにも魔物が多く出現する時期は何度もあった。
その際、この国は一度も大きな被害を出すことなく防衛に成功している。
「あの子も私に似てきたなぁ。」
どこか遠いところを見るように国王は呟く。
まだ国王が若く王子だった頃に先ほどの王女と同じようなことをしていた過去がある。
父に魔物の対策をした方が良いと進言したのだが、父はそれを取り合わず結局杞憂に終わっただけだった。
なので、自分と同じような行動をした王女の成長を嬉しく、そして懐かしく思ってるようだ。
確かに魔物は増えているが珍しいことではない、大した問題ではない、いつものように魔物を撃退して終わり、そう高を括っているのだろう。
数千年という歴史は魔界との最前線で生活する人々、それも国王でさえ誇りを驕りに変えさせたのだ。
ドゴォォン、街の方から背筋も凍るような爆発音と地響きがした。
普段、街から聞こえるような音では到底ない。
何か異常事態が起きたのだろう。
国王が部屋にある窓から街の方を覗き込んでいると、
「国王様、魔物の軍勢が城壁を突破しました!」
ドタドタと国王の執務室へ慌しく兵士が飛び込んでくる。
「どういうことだ!」
「突如魔物の大軍勢が押し寄せ、持ちこたえることができませんでした」
「馬鹿な!? 今までも魔物の軍勢を幾度も撃退してきたではないか! 我が国の防壁は建国から一度も破られたことがないのだぞ!!」
「今までに観測されたことのない強力な個体が軍勢を率いているようです。また、その新種は非常に頭脳が良いようで魔物を指揮・統率し、長年の魔物の進行により脆弱になっていた部分に対して集中攻撃を行ってまいりました!」
「街の状況はどうなっている!」
「魔物の軍勢が街に雪崩れ込み混乱状態に陥っております。」
「なんということだ……」
国王の顔に落胆と困惑が浮かぶ。
しかし、僅かな時間で今は何をすべきか判断を下す。
「住民の保護を最優先に行動せよ! そして、急ぎ同盟各国に状況の通達と援軍を要請しろ!」
「直ちに!」
命令を受けた兵士は素早く執務室を後にした。
その日、数千年に渡り人類を護り続けた偉大なる城壁とその国は廃墟へと姿を変えた。
魔物襲来の報は、王国陥落の悲報と共に瞬く間に世界中を駆け巡る。
そして人々は絶望を抱いたのだ。
再び魔物による戦乱と混沌の時代がやってくると。
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