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52 秋視点 1
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親戚と表現するにはかなり微妙な顔ぶれだった。元夫婦が二組、現夫婦が二組、新夫婦が一組。義理のきょうだいが三人、バツイチが六人。つまり高坂夫妻と新郎、桜井夫妻と新婦、そして俺。計七人が小さな結婚式場に集まっていた。
穏やかな秋の佳き日、俺の義姉である蒼は元夫の高坂遥と再婚する。二人の間にどんな事情があったにせよ、一度は蒼を泣かせた男に、再び彼女を任せるのは絶対嫌だったが、お互いが望んでいる以上俺の出番はない。相手の高坂は整った見た目とは裏腹に不器用で、恋愛にも慣れていなくて、とにかく頭に馬鹿がつくくらい蒼を想っている。きっと今度は幸せにしてくれるだろう。
あいつの周囲は八年がどうのこうの騒ぐけれど、俺から言わせればそんなの甘い。何せこっちは二十年。しかも実らないときた。
俺達義姉弟の出会いは、俺が五歳、蒼が八歳のときだった。俺の母親と蒼の父親の再婚によって、新たに作られた家族として。その頃の俺はかなり警戒心の強い子供だったと思う。何故なら家庭の不和をずっと目の当たりにしていたからだ。
詳しい理由も発端も分からない。ただ物心ついたときには、母はいつも台所の隅で声を殺して泣いていた。日がな一日母を叱りつける祖母と、巻き込まれるのはごめんだとばかりに知らんぷりを決め込む父と祖父。俺はただ大人の顔色を窺ってびくびくする毎日だった。
だから両親が離婚したことを淋しいと感じたことはなかった。母は一人で子供を抱えて大変だったのだろうが、何も知らない子供の俺は、むしろ二人で暮らせることに安心していたのだ。なのに母は再び家庭を持つか悩んでいたらしい。
唐突に初めて会うおじさんとおばあちゃんと女の子がいる家に連れていかれた。正直俺はおばあちゃんを見て身構えた。年齢と背格好から母親を虐める人だと認識したのだ。でもおばあちゃんはむやみに母を叱ることも、緊張から粗相をした俺を咎めることもなかった。
「秋ちゃんは小さいのに、ちゃんとごめんなさいが言えるんだね。偉いじゃないか」
蚊の鳴くような声で謝る俺に、おばあちゃんは大したもんだと豪快に笑った。
「子供は粗相も悪戯もするもんだ。いちいち気にするな」
その後肩車をしてくれたおじさんも、当然のように俺を庇ってくれた。少なくとも血を分けた父と祖母には、言われたこともされたこともないことに混乱する俺に、更に拍車をかけたのが蒼という名の三歳上の女の子だった。
「秋ちゃんは私の弟よ。返して」
ついさっき会ったばかりだというのに、もう俺を弟と呼んで手を繋いで家中を案内しまくるわ、庭で泥んこ遊びにつき合わされるわ、遠慮も躊躇いも全くない傍若無人ぶり。あまりにも簡単にこちらの懐に飛び込んでくるものだから、拒否反応を起こす間もなかったのだろう。気づいたら俺は声を上げて蒼の後を着いて回っていた。
「二人って楽しいね、秋ちゃん。ずっと一緒にいようね」
俺には誰かといて楽しい、一緒にいたいなんて気持ちがなかった。幼いながらに日々が何事もなく過ぎることだけを願っていた。子供の戯言であろう。でもこの言葉が当時の俺をどれだけ救ってくれたことか。
後に母が俺と蒼のこの姿が再婚の決め手となったと語っていたが、俺にとっても繋がれた温かな手を離すまいと誓った瞬間でもあった。
蒼の宣言通り、義姉弟となった俺達はいつも一緒だった。笑うときも泣くときも怒られるときも、俺の傍らには必ず蒼がいた。新しい父と祖母は俺と蒼を分け隔てるようなことはせず、同じように褒め、同じように叱り、同じように可愛がってくれた。涙に暮れていた母は笑みを絶やさなくなった。
ーーこのままこの家は皆で同じ時を歩いていくのだろう。いつまでも変わらずに。
そんな幸せな毎日が続かないことを知ったのは、まだ十七歳の高校生のときだった。よりによって蒼の結婚という形で。
穏やかな秋の佳き日、俺の義姉である蒼は元夫の高坂遥と再婚する。二人の間にどんな事情があったにせよ、一度は蒼を泣かせた男に、再び彼女を任せるのは絶対嫌だったが、お互いが望んでいる以上俺の出番はない。相手の高坂は整った見た目とは裏腹に不器用で、恋愛にも慣れていなくて、とにかく頭に馬鹿がつくくらい蒼を想っている。きっと今度は幸せにしてくれるだろう。
あいつの周囲は八年がどうのこうの騒ぐけれど、俺から言わせればそんなの甘い。何せこっちは二十年。しかも実らないときた。
俺達義姉弟の出会いは、俺が五歳、蒼が八歳のときだった。俺の母親と蒼の父親の再婚によって、新たに作られた家族として。その頃の俺はかなり警戒心の強い子供だったと思う。何故なら家庭の不和をずっと目の当たりにしていたからだ。
詳しい理由も発端も分からない。ただ物心ついたときには、母はいつも台所の隅で声を殺して泣いていた。日がな一日母を叱りつける祖母と、巻き込まれるのはごめんだとばかりに知らんぷりを決め込む父と祖父。俺はただ大人の顔色を窺ってびくびくする毎日だった。
だから両親が離婚したことを淋しいと感じたことはなかった。母は一人で子供を抱えて大変だったのだろうが、何も知らない子供の俺は、むしろ二人で暮らせることに安心していたのだ。なのに母は再び家庭を持つか悩んでいたらしい。
唐突に初めて会うおじさんとおばあちゃんと女の子がいる家に連れていかれた。正直俺はおばあちゃんを見て身構えた。年齢と背格好から母親を虐める人だと認識したのだ。でもおばあちゃんはむやみに母を叱ることも、緊張から粗相をした俺を咎めることもなかった。
「秋ちゃんは小さいのに、ちゃんとごめんなさいが言えるんだね。偉いじゃないか」
蚊の鳴くような声で謝る俺に、おばあちゃんは大したもんだと豪快に笑った。
「子供は粗相も悪戯もするもんだ。いちいち気にするな」
その後肩車をしてくれたおじさんも、当然のように俺を庇ってくれた。少なくとも血を分けた父と祖母には、言われたこともされたこともないことに混乱する俺に、更に拍車をかけたのが蒼という名の三歳上の女の子だった。
「秋ちゃんは私の弟よ。返して」
ついさっき会ったばかりだというのに、もう俺を弟と呼んで手を繋いで家中を案内しまくるわ、庭で泥んこ遊びにつき合わされるわ、遠慮も躊躇いも全くない傍若無人ぶり。あまりにも簡単にこちらの懐に飛び込んでくるものだから、拒否反応を起こす間もなかったのだろう。気づいたら俺は声を上げて蒼の後を着いて回っていた。
「二人って楽しいね、秋ちゃん。ずっと一緒にいようね」
俺には誰かといて楽しい、一緒にいたいなんて気持ちがなかった。幼いながらに日々が何事もなく過ぎることだけを願っていた。子供の戯言であろう。でもこの言葉が当時の俺をどれだけ救ってくれたことか。
後に母が俺と蒼のこの姿が再婚の決め手となったと語っていたが、俺にとっても繋がれた温かな手を離すまいと誓った瞬間でもあった。
蒼の宣言通り、義姉弟となった俺達はいつも一緒だった。笑うときも泣くときも怒られるときも、俺の傍らには必ず蒼がいた。新しい父と祖母は俺と蒼を分け隔てるようなことはせず、同じように褒め、同じように叱り、同じように可愛がってくれた。涙に暮れていた母は笑みを絶やさなくなった。
ーーこのままこの家は皆で同じ時を歩いていくのだろう。いつまでも変わらずに。
そんな幸せな毎日が続かないことを知ったのは、まだ十七歳の高校生のときだった。よりによって蒼の結婚という形で。
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