空っぽの薬指

文月 青

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番外編 出会った頃の

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結婚してからも俺の気持ちが落ち着くことはなかった。おかしな話、希さんに惹かれていく気持ちが止められず、子供が産まれて母になっても、彼女が愛しくて堪らない。出会った頃から変わることのない、強くてそれでいて穏やかな想い。

「綺麗よ、希」

真子さんの声で我に返る。ここは島津と真子さんがサプライズで挙式した式場の控え室。

「ありがとうございます、真子先輩」

ウエディングドレスに身を包んだ希さんに、俺は文字通り言葉を失った。清楚なその姿にため息が洩れる。

「よかったな、佐伯」

俺の代わりに臣成の手を繋いだ島津が、感慨深げに祝福してくれたので、俺は嬉しさを隠さずに頷いた。

「ありがとう、島津」

臣成は三歳になった。やんちゃ盛りで悲鳴をあげたくなるときもあるが、元気に育ってくれている。時々希さんの口真似をして、和成さんと呼ばれたりするのもまた一興。  

実は希さんのお腹には二人目の子供がいる。なのでどうしようか迷ったのだが、今回は悪阻が殆ど無かったのと、産まれたらまたしばらく身動きが取れなくなることから、安定期に入るのを待って挙式に臨んだ。

「ママきれーい」

いつもと違う母親に臣成も興奮気味。

「違うぞ、臣成。ママはいつだって綺麗だ。今日は格別だけど」

うっとりと希さんをみつめる俺に、島津と真子さんが苦笑する。

「出たぞ。お前のパパは本当にママが大好きだな」

「これだけは一貫して変わらないわね。これからもきっと」

僕もすきーとはしゃぐ臣成を抱っこして、二人は会場に移動していった。

「体は辛くありませんか?」

頬を上気させている希さんに、体調が悪くないか確認すると、珍しく恥ずかしそうに俯いた。

「和成さんが素敵で、目のやり場に困っちゃいます」

あぁ、もう。この人は素でこんなこと言うんだから。俺の方が困る。嬉しくて。

「あの七夕の夜、和成さんに会わせてくれた織姫と彦星に感謝しなくちゃいけませんね。雨だったのに」

そういえばそうだった。傘を持っていたのに、濡れ鼠になっていた俺の前に現れた希さん。あなたが俺を探してくれなかったら、俺は今頃こんな幸せを噛みしめることはできなかっただろう。

でもあなたは幸せですか? 俺と人生を共にすることを選んで悔いはありませんか?

「和成さん、私達はご飯のお供なんですよ? 他の人に代わりはできません」

そんなふうに笑ってくれるから、俺はますます希さんから離れられなくなる。

「そろそろお時間です」

スタッフの女性の案内で、前回島津と真子さんが辿ったであろう通路を歩いた。重厚なドアの前で衣装を整え、開かれるその瞬間を待つ。

結婚式も新婚旅行も、そして指輪でさえもないままに始まった俺と希さんの新婚生活。誤解やすれ違いに翻弄されながらも、ようやく永遠の愛を誓う日が迎えられた。

「病めるときも、健やかなるときも、あなたを誰にも渡しません。俺のこの手で幸せにし続けます」

耳元でこっそり囁いたら、希さんはそっと俺の手を握って胸元まで持ち上げる。

「この指輪がある限り」

空っぽだった薬指に光るお揃いの指輪が、何年も何十年もこの場所で輝き続けますように。そう願いながら。




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