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番外編 いつかウェディング
佐伯の感慨 1
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先日同僚の島津が結婚した。相手は希さんの職場の先輩だった真子さん。彼女は物怖じせずに自分の意見を述べるタイプで、のんびり屋の希さんとは正反対に見えるが、島津曰く恋愛事に関する鈍さを比べるならなかなかいい勝負らしい。
二人が親しくなるきっかけが俺と希さんの離婚騒動だったので、最初はそれこそお互い敵認定状態だったようだが、島津がそんなふうに女性に対して自分を取り繕わなかったのは珍しい。
「あの総務の女、ぎゃんぎゃん喚いてうるせえ!」
俺と主任の噂話の誤解を解くつもりが、逆に全容を明らかにするはめになり、それすらも希さんに曲解されたと頭を掻きむしる島津は、真子さんに対して本気で怒りを燃やしていた。
「ごり押しばっかしやがって!」
真子さんにとっては不本意であろう、「ごりまこ」のネーミングはこのとき生まれたものだ。ほんの少しゴリラの意味合いも含まれているようだが、これはずっと伏せおいた方が無難かもしれない。
社内の女性の一部から俺はクール、島津はチャラ男と定義づけられているみたいだが、本人達にとっては全く何のことやらである。俺は他に好きな人がいたから(あくまで過去です、過去!)、単純にその人のみに絞っていただけだし、島津に至っては揉め事回避のための振り・芝居。
まぁ俺は仕事はともかくプライベートで女性と話すのが苦手で、島津は本来明朗快活で誰とでも打ち解けられるので、多少は性格的な部分が影響しているのは否めない。もっとも島津の場合は図らずも自分の性格が裏目に出て、人を傷つけるという事態が起きてしまったので、それ以来現在の姿勢を貫くようになった。
確か入社三年目くらいだったと思う。仕事にも慣れ、同僚や先輩とも上手く仕事の連携が取れるようになってきた頃。島津に彼女ができた。経理を担当しているその女性は、控えめながらも自分をきちんと持っている人で、飲み会で一緒になって以来気に入った島津が、半年ほどかけて口説き落としたのだそうだ。
大学時代も同様だったらしいが、明るくて飾り気のない島津の周囲には常に人が集まる。本人はただの田舎者なんだと笑うが、素直で人を嫌な気持ちにさせない人間性は彼の美点だと思う。それ故に嫉妬という黒い感情もついて回ることを、このときの島津はまだ知らなかった。
大っぴらにつきあっていたわけではないが、やがて周知の事実となった彼女の存在は、営業の女性社員を中心にした島津ファンに疎まれ始めた。最初のうちはロッカーで嫌味を言われたり、偶然を装ってデートの邪魔をされたりと、それでもまだ個人的な難癖に留まっていた。
だがやがて破局する気配がないと分かると、直接島津と別れるよう脅されたり、終いにはさほど重要ではなくとも、提出期限がある書類を頻繁に隠されたりと、仕事に支障が出るほどの嫌がらせを受けていたと聞いた。あくまでも聞いた、である。
俺や島津、男性社員の耳には詳細が届いていなかった。彼女が耐え切れずに退社したことで初めて分かったのである。退社直前まで彼女は島津の前ではいつも通りだった。それでもどこか疲れた様子を察していた島津は、幾度も訊ねたという。
「困っていることがあるのか? 具合が悪いんじゃないのか?」
でも彼女は笑って首を振った。
「大丈夫。島津さんは心配し過ぎ」
否定して否定してそして島津の前からある日突然姿を消した。
「今までありがとう。大好きでした」
メールにたった一言そう残して。
島津が変わったのはそれから。彼は大切な人を追い詰めた女性社員を責めたりはしなかった。むしろ彼女が苦しんでいたのに、それに気づいていたのに、大丈夫という言葉を鵜呑みにして何もできなかった自分を許せずにいた。島津が取った行動が自身ではなく、他の人に刃となって返ったことに、身を切られるような辛さを味わっていたのだ。
その後島津が特定の女性を作ることはなかった。誰にでも愛想が良いお調子者を演じながら、ほぼ全ての女性社員を拒絶し、社外に出会いを求めることもしない。事情を知っている我々男性社員は、そんな島津が遊び人扱いされる度に苦々しい思いを噛み締めた。
その島津が、である。我が家の離婚騒動以来、足繁く総務に通っているというではないか。しかもあんなにぼろくそ貶していた「ごりまこ」(真子さんすみません)目当てに。おまけに「島んちょ」なんてらしくないニックネームまでつけられて。
これは何が何でも守らなくては! 我々が色めき立ったのは言うまでもなく、総務の真子さんの同僚達も引き込んで、あっという間に「島んちょ&ごりまこ包囲網」が敷かれた。意外なことに一番の協力者は無意識全開の希さん。
本人は全く状況を理解していないが(そこが希さんのいいところでもありますよ)、何かしらしでかす度に真子さんが島津と連れ立って我が家に訪れるので、人目を憚ることなく二人を会わせてやることができた。島津にとって相手の身の安全が保障されている環境は、喉から手が出るほど必要なものだろう。
たぶん島津自身もまだ自覚はしていない。でも俺達はこの恋を絶対成就させてやりたいと心底願っていた。
二人が親しくなるきっかけが俺と希さんの離婚騒動だったので、最初はそれこそお互い敵認定状態だったようだが、島津がそんなふうに女性に対して自分を取り繕わなかったのは珍しい。
「あの総務の女、ぎゃんぎゃん喚いてうるせえ!」
俺と主任の噂話の誤解を解くつもりが、逆に全容を明らかにするはめになり、それすらも希さんに曲解されたと頭を掻きむしる島津は、真子さんに対して本気で怒りを燃やしていた。
「ごり押しばっかしやがって!」
真子さんにとっては不本意であろう、「ごりまこ」のネーミングはこのとき生まれたものだ。ほんの少しゴリラの意味合いも含まれているようだが、これはずっと伏せおいた方が無難かもしれない。
社内の女性の一部から俺はクール、島津はチャラ男と定義づけられているみたいだが、本人達にとっては全く何のことやらである。俺は他に好きな人がいたから(あくまで過去です、過去!)、単純にその人のみに絞っていただけだし、島津に至っては揉め事回避のための振り・芝居。
まぁ俺は仕事はともかくプライベートで女性と話すのが苦手で、島津は本来明朗快活で誰とでも打ち解けられるので、多少は性格的な部分が影響しているのは否めない。もっとも島津の場合は図らずも自分の性格が裏目に出て、人を傷つけるという事態が起きてしまったので、それ以来現在の姿勢を貫くようになった。
確か入社三年目くらいだったと思う。仕事にも慣れ、同僚や先輩とも上手く仕事の連携が取れるようになってきた頃。島津に彼女ができた。経理を担当しているその女性は、控えめながらも自分をきちんと持っている人で、飲み会で一緒になって以来気に入った島津が、半年ほどかけて口説き落としたのだそうだ。
大学時代も同様だったらしいが、明るくて飾り気のない島津の周囲には常に人が集まる。本人はただの田舎者なんだと笑うが、素直で人を嫌な気持ちにさせない人間性は彼の美点だと思う。それ故に嫉妬という黒い感情もついて回ることを、このときの島津はまだ知らなかった。
大っぴらにつきあっていたわけではないが、やがて周知の事実となった彼女の存在は、営業の女性社員を中心にした島津ファンに疎まれ始めた。最初のうちはロッカーで嫌味を言われたり、偶然を装ってデートの邪魔をされたりと、それでもまだ個人的な難癖に留まっていた。
だがやがて破局する気配がないと分かると、直接島津と別れるよう脅されたり、終いにはさほど重要ではなくとも、提出期限がある書類を頻繁に隠されたりと、仕事に支障が出るほどの嫌がらせを受けていたと聞いた。あくまでも聞いた、である。
俺や島津、男性社員の耳には詳細が届いていなかった。彼女が耐え切れずに退社したことで初めて分かったのである。退社直前まで彼女は島津の前ではいつも通りだった。それでもどこか疲れた様子を察していた島津は、幾度も訊ねたという。
「困っていることがあるのか? 具合が悪いんじゃないのか?」
でも彼女は笑って首を振った。
「大丈夫。島津さんは心配し過ぎ」
否定して否定してそして島津の前からある日突然姿を消した。
「今までありがとう。大好きでした」
メールにたった一言そう残して。
島津が変わったのはそれから。彼は大切な人を追い詰めた女性社員を責めたりはしなかった。むしろ彼女が苦しんでいたのに、それに気づいていたのに、大丈夫という言葉を鵜呑みにして何もできなかった自分を許せずにいた。島津が取った行動が自身ではなく、他の人に刃となって返ったことに、身を切られるような辛さを味わっていたのだ。
その後島津が特定の女性を作ることはなかった。誰にでも愛想が良いお調子者を演じながら、ほぼ全ての女性社員を拒絶し、社外に出会いを求めることもしない。事情を知っている我々男性社員は、そんな島津が遊び人扱いされる度に苦々しい思いを噛み締めた。
その島津が、である。我が家の離婚騒動以来、足繁く総務に通っているというではないか。しかもあんなにぼろくそ貶していた「ごりまこ」(真子さんすみません)目当てに。おまけに「島んちょ」なんてらしくないニックネームまでつけられて。
これは何が何でも守らなくては! 我々が色めき立ったのは言うまでもなく、総務の真子さんの同僚達も引き込んで、あっという間に「島んちょ&ごりまこ包囲網」が敷かれた。意外なことに一番の協力者は無意識全開の希さん。
本人は全く状況を理解していないが(そこが希さんのいいところでもありますよ)、何かしらしでかす度に真子さんが島津と連れ立って我が家に訪れるので、人目を憚ることなく二人を会わせてやることができた。島津にとって相手の身の安全が保障されている環境は、喉から手が出るほど必要なものだろう。
たぶん島津自身もまだ自覚はしていない。でも俺達はこの恋を絶対成就させてやりたいと心底願っていた。
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