空っぽの薬指

文月 青

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本編

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三条さんは和成さんの嘘偽りない気持ちを確認したかった。主任さんの言うように、結婚しても彼女を秘かに想っていたのか、それとも妄想に過ぎないのか。受け入れるわけでもなく、かといって拒否するでもない、中途半端な態度に釈然としないものを感じたそうだ。

それから私。どのくらいの被害を受けて、現在どんな状態にあるのか。部下の女性の件もあり、また身重でもあるため、かなり心を痛めていたとのこと。細心の注意を払っても巻き込まないのは無理なので、どうしてもこの目で確かめたかったらしい。

もちろん主任さんのための離婚や、私への求婚も本心ではなく、

「どんな事情があるにせよ、本気でお二人を離婚させようなどとは致しません。ただ結果としてそうなってしまった場合、一番の被害者である奥さんのお力になろうとは思いましたが」

最悪の状況を想定しての対策だった。もっともいざ対面してみたら、当の私が精神的に参るどころか、あまりにも危機感が薄い呑気者だったので、相当面食らったみたいだけれど。

ちなみに三条さんの部下の女性は、現在も郵便受けに白い封筒が入っていると、例えちゃんと文字の書かれたダイレクトメールだったとしても、手に取るのが怖いそうだ。

「私が妻以外の女性を選ぶことはありません」

三条さんの疑問を解決すべく、和成さんはきっぱり答えた。その一方で、主任さんが以前つきあっていた頃と様子が違うことも感じていたと言い、

「感情の起伏もあれほど激しくはなく、少なくとも仕事中に個人的な事情を優先する方ではありませんでした」

そのことも補足すると、三条さんは苦い表情で頷いた。

「おそらく佐伯さんに執着することで、自分を保っていたのでしょう」

そして主任さんに己の言動を戒めても、正当化して改めることは難しいので、とにかく私への嫌がらせを止めさせるのが先決。現実ーー和成さんの気持ちが自分にないことを認識させるため、今日の計画に協力してほしいと頼まれたということだった。

だから和成さんは狼狽えていたけれど、三条さんが主任さんを誘導して、ここに現れるよう仕向けたことは、もちろんとっくに了承済み。



「驚いていませんね」

自分から白状しておきながら、和成さんは不信感も顕に私を眺めた。ちゃんと話を聞く態勢を整えていたつもりの身としては、何か拙い部分があるのだろうかとつい周囲を探ってしまうが、和成さんは違いますよと嘆息する。

「驚いてますよ」

いかにも初対面というふうだった和成さんと三条さんが、一緒にきな臭い計画を立てるほどの仲になっていたことには、短期間でもありその迅速さに本当にびっくりしている。

「ただ違和感があったんです」

自分でも上手く言えないけれど、そもそも和成さんが主任さんを家に招いたこと、主任さんが私に物申しても全く止めに入らなかったこと。何より。

「指輪を外されても我慢してましたよね?」

私が首を傾けて顔を覗くと、和成さんは降参と言わんばかりに両手を上げた。

「本音を引き出すためにも、できるだけ主任の味方のように振る舞って欲しいと頼まれました。希さんへの暴言や悪態にも限界まで耐えて、と」

「では最後に怒ったのは演出だったんですか」

「あれは堪えられなくなって、本気で切れました」

思い出して苛々を募らせたのか、奥歯を軋ませる和成さん。

「まさかあそこまで酷いことを言われていたなんて…。知らなかったじゃ済まされません」

どこかで主任はそんな人じゃない、否定したい自分がいましたと和成さんは目を伏せる。

婚約指輪を処分したところで、二人が過ごした幸せな時間は消えない。恋愛感情はなくなっても、和成さんにとって主任さんは、初めて人生を共にしたいと願った特別な人。現在の和成さんを形作った、彼の一部なのだから、嫌いになるなんてどだい無理だったのだ。

責任なのか恋愛感情なのか判別はつかないけれど、どんなことがあっても見離さず、主任さんを真っ先に思いやる三条さんのように。

「そうですね。今回は私もちょっとだけ凹みました」

つい洩らしてしまったら、意味を取り違えたらしい和成さんが頭を下げた。

「すみませんでした」

「主任さんの言葉じゃないですよ? 和成さんと主任さんの繋がりに、です」

笑って訂正したものの、更に表情を険しくする和成さん。この表現は失敗だった。きっと私が良からぬことを考えていると捉えている。

「別れるとか、身を引くとか、今更思いませんよ? あれだけ熱烈な告白をされたら、和成さんの気持ちを疑う余地はありませんから」

図星だったのだろう。忙しなく視線を動かしながら、和成さんは照れ臭そうに頬をかく。でもごめんなさい。一旦奈落の底に突き落とします。

「たぶんどこまでいっても、和成さんの中から主任さんを消すことはできない、ということに気づいたんです。主任さんあっての和成さんだって」

「俺が愛しているのは…」

「はい。分かっています。だからね? それなら主任さんのことも含めて、和成さんに連なる様々なものーー良いことも悪いことも引っくるめて、この先ずっと一緒にいられたらいいなと思うんですが。迷惑ですか?」

和成さんは切なげに目を瞠った。怒っただろうか。私しかいらないと言ってくれた人に、こんな答えは酷すぎただろうか。

「逆の立場だったら到底耐えられません。なのにあなたはどうしてそんなこと」

「気づいたことがもう一つ。諸々のことを差し引いても、結局和成さんといると幸せなんです、私。だから仕方がないでしょう?」

困っちゃいますよねぇと笑ったら、和成さんが再び私を抱き寄せた。むきになって俺はもっと幸せですなんて力説するものだから、ますます笑いが止まらなくなってしまう。

でも和成さん。どさくさに紛れてさっき凄いこと言ってませんでした?



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