空っぽの薬指

文月 青

文字の大きさ
上 下
25 / 53
本編

ごりまこの憂鬱 1

しおりを挟む
新庄希は二つ下の後輩だった。新卒で総務に配属されたとき、あまりのぽやっと加減に指導係の私は「はずれを引いた」と嘆いたものだが、いざ業務に入ってみれば一度教えたことはきっちり頭に叩き込んでくるし、分からないことは勝手に判断しないで必ず確認する。ミスをした際はちゃんと認めて謝罪をし、次に繰り返さないよう対策を取る。お茶くみや掃除といった作業も嫌がらない。

「はずれ」どころか「超大あたり」な新人だった。ただしそれが如何なく発揮されるのは仕事上だけで、普段はやっぱりねじが三つも四つも外れたようなぽやっとさん。しかも女子にしては珍しい大食漢。その辺が気取りがなくてうけるのか、希の周りはいつもほんわかした雰囲気が漂っていた。

まぁそんなところに絆されて、男性社員もちらほらと餌付けに現れる。当然希は全く気がつかないし、彼女を可愛がっている女子一同(もちろん私もその一人)は、そんじょそこらの男には渡せないと常に目を光らせている。実際恋愛に疎そうな希を、簡単に落とせるような気概のある男が身近にいるとも思えなかった。

それがあれよあれよという間に、あっさり花嫁になってしまったではないか。しかも相手は営業でチャラい島津さんと人気を二分するクール佐伯さん。私に隠れていつの間に愛を育んでいたんだと、歯軋りしたい気持ちを抑えて祝福したのに、結婚式も新婚旅行も指輪もないと聞いて大憤慨。

その上当の佐伯さんの不倫の噂。これ以上佐伯さんに希を任せられない。そう決心した矢先に知った結婚の真相。そして守るべき存在だと思っていた希の強さ。希を何よりも大切に想う佐伯さんの本心。

「結婚の形が様々なら、幸せの形も様々だよな」

あのチャラい島んちょ、失礼島津さんまで、離婚騒動が収まった後にしんみりと零していた。その後も佐伯さんの元カノ絡みのごたごたは続いているけれど、問題は山積みでも二人がそれでいいなら。私もそんなふうに考えられるようになった。

でもね、佐伯さんのあれはないと思うのよ。希を一途に想ってくれるのは嬉しいんだけれど、イメージとはかけ離れた溺愛っぷりに本気で砂吐きそう。会社では他の女子社員には、一切愛想を振り撒かないのに。クール佐伯はどこへ行った。

「俺もマジで驚いたわ。あいつ希ちゃんとつきあってもいなかったくせに、俺が冗談半分で飯に誘っただけで、独占欲丸出しで威嚇してきやがった。主任のときとは全然違う。希ちゃんに捨てられたら会社なんか破壊される」

初めはオーバーだと呆れていた島んちょ(面倒だからもういいよね?)の台詞も、今は諸手を上げて支持したい。

そもそも主任とのつきあいは、佐伯さんが彼女を崇拝するあまり、嫉妬も情熱も無縁な実に清々しいものだったらしい。
希がどんな威力を発揮したのかは謎だが、だからこそ佐伯さんの変わりように一番戸惑ったのは島んちょなのだ。

まして今回は主任からの直接の離婚勧告(?)の最中の妊娠発覚。喜んでいる反面、

「二人があんなことやこんなことしてるなんて、マジで想像できねぇ。しかもあの様子じゃ、佐伯の奴毎晩やってそうだ」

お下劣な発想はやめんか。と言いたいところだが、私も前半部分は同意見。むしろリアルに想像したくない。だって希も佐伯さんの熱い要求に応えているということになるではないか。あぁ、私の希が。

「でもさ、ちょっと羨ましくなんねぇ? あの二人」

希の妊娠を素直にお祝いして、佐伯家を辞した後の帰り道。日中よりは大分ましだけれど、むっとした空気が流れる夜道を、最寄駅に向かって歩きながら、島んちょが星一つない空を見上げる。

「恋も愛も絡まない、佐伯の失恋と主任のための婚約指輪で繋がっていただけの、要は偽物結婚だった筈なのに、根っこに深い信頼があるというか、見えない絆があるというか…。あー、何を言いたいのか分からなくなってきた」

いや、充分伝わってるよ、島んちょ。私もあの二人の間にあるものが一体何なのか分からない。少なくとも佐伯さんの希への愛情は溢れているし、おそらく希の方も好意は芽生えている。でもどこか曖昧な関係なのに、他人には入り込めない領域が確かにある。

そしてそれをほんの少し淋しく感じる自分も。きっと島んちょも一緒だ。

「正直ぶれない希の強さにも参ってる」

「お前も相当ぶれないぞ? 希ちゃんに関しては」

島んちょがくっと喉を鳴らした。

「当然よ。今でもあの娘が可愛いもの。だから嬉しいのよ。嬉しいんだけど、佐伯さんに取られてしまったみたいで、ちょっとだけ淋しいの。贅沢よね」

「うん、分かる。俺も同じだ」

いつぞや希が佐伯さんのことを「同志」と表現していたことがあったが、きっと今の私と島んちょもそうなのだろう。

「なぁ、ごりまこ」

最寄駅に着いたところで、各々の乗り場に別れようと、それじゃと手を振ろうとしたら、いきなり島んちょが呼び止めた。

「真子です」

先輩社員に「島んちょ」も大概だが、女に「ごり」はもっとない。

「俺ん家に来ないか?」

「だからごりはつけな…は?」

空耳が聞こえたような気がして、やけに真面目な表情の島んちょを訝しむ。

「これからうちに来い、ごりまこ」

さすがにもう突っ込むことはできなかった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。

ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。 即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。 そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。 国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。 ⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎ ※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~

柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。 その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!  この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!? ※シリアス展開もわりとあります。

お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!

水川サキ
恋愛
クオーツ伯爵家の長女アクアは17歳のとき、王宮に側妃として迎えられる。 シルバークリス王国の新しい王シエルは戦闘能力がずば抜けており、戦の神(野蛮な王)と呼ばれている男。 緊張しながら迎えた謁見の日。 シエルから言われた。 「俺がお前を愛することはない」 ああ、そうですか。 結構です。 白い結婚大歓迎! 私もあなたを愛するつもりなど毛頭ありません。 私はただ王宮でひっそり楽しく過ごしたいだけなのです。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

【完結】婚約者を譲れと言うなら譲ります。私が欲しいのはアナタの婚約者なので。

海野凛久
恋愛
【書籍絶賛発売中】 クラリンス侯爵家の長女・マリーアンネは、幼いころから王太子の婚約者と定められ、育てられてきた。 しかしそんなある日、とあるパーティーで、妹から婚約者の地位を譲るように迫られる。 失意に打ちひしがれるかと思われたマリーアンネだったが―― これは、初恋を実らせようと奮闘する、とある令嬢の物語――。 ※第14回恋愛小説大賞で特別賞頂きました!応援くださった皆様、ありがとうございました! ※主人公の名前を『マリ』から『マリーアンネ』へ変更しました。

【完結】お姉様の婚約者

七瀬菜々
恋愛
 姉が失踪した。それは結婚式当日の朝のことだった。  残された私は家族のため、ひいては祖国のため、姉の婚約者と結婚した。    サイズの合わない純白のドレスを身に纏い、すまないと啜り泣く父に手を引かれ、困惑と同情と侮蔑の視線が交差するバージンロードを歩き、彼の手を取る。  誰が見ても哀れで、惨めで、不幸な結婚。  けれど私の心は晴れやかだった。  だって、ずっと片思いを続けていた人の隣に立てるのだから。  ーーーーーそう、だから私は、誰がなんと言おうと、シアワセだ。

モテ男とデキ女の奥手な恋

松丹子
恋愛
 来るもの拒まず去るもの追わずなモテ男、神崎政人。  学歴、仕事共に、エリート過ぎることに悩む同期、橘彩乃。  ただの同期として接していた二人は、ある日を境に接近していくが、互いに近づく勇気がないまま、関係をこじらせていく。  そんなじれじれな話です。 *学歴についての偏った見解が出てきますので、ご了承の上ご覧ください。(1/23追記) *エセ関西弁とエセ博多弁が出てきます。 *拙著『神崎くんは残念なイケメン』の登場人物が出てきますが、単体で読めます。  ただし、こちらの方が後の話になるため、前著のネタバレを含みます。 *作品に出てくる団体は実在の団体と関係ありません。 関連作品(どれも政人が出ます。時系列順。カッコ内主役) 『期待外れな吉田さん、自由人な前田くん』(隼人友人、サリー) 『初恋旅行に出かけます』(山口ヒカル) 『物狂ほしや色と情』(名取葉子) 『さくやこの』(江原あきら) 『爆走織姫はやさぐれ彦星と結ばれたい!』(阿久津)

処理中です...