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とうもろこし畑編

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合宿もどきは最終日まで続くことになり、現在寝床では蛙の合唱ならぬ、いびきの大決戦の真っ最中。怪獣も逃げ出すんじゃないかというくらい、とにかく凄まじく煩い。長年連れ添うと慣れるのか、お祖母ちゃん達はまるでこの轟音が耳に入っていないかのように、すやすやと寝息を立てている。

もちろん隣の大輔も相変わらずぐーすか。赤ちゃんみたいに両手を万歳して眠っている。せっかく部屋の端に床を取ってもらったが、しばらく眠れそうもなかったので、私はそっと布団を抜け出した。

「眠れなくてお酒の力を借りてるの。文緒には悪いけど、あと数日だから我慢してやってね」

さっき寝る前にお祖母ちゃんに謝られた。昼間は図々しさの塊のような四人組も、実はかなりナーバスになっているらしい。こうして一ヶ所に集まっているのも、静かな家では眠れないのが本当の理由。

「文緒は本当にいい時に来てくれた。おかげで皆しんみりしないで済んでる。ありがとうね」

結構好き放題やっているので、お礼を言われると面映ゆい。自分がいて喜ばれるなんて、少年野球チームでホームランを打って以来かもしれない。

私はトイレに寄って、勝手口から外に出た。十一時の夜空に星が瞬いている。風がないせいか寒さも感じない。

本来ならこの家の裏にも畑があった。うちはマンション住まいで庭すらもなかったから、きゅうりやトマトを収穫したり、なす畑のてんとう虫を払ったりする作業は、新鮮で面白かった。

母は子供の頃から虫嫌いで、土に塗れるのを良しとしなかったので、野球のことも含め、文緒が男だったらとお祖父ちゃんは残念がっていた。

それは私も同じで、少年野球チームを退団した同級生の男子は、当然のように中学校の野球部に入部したのに、私にはそこの門戸は開かれていなかった。

「女はソフトだよ」

男も女も先生も生徒も、誰もが口を揃える。当の私でさえそう思って、何の疑いもなくソフトボール部に入部した。ソフトはソフトで楽しい。でも私がやりたかったのは似て非なるもの。

近隣の中学校には女子野球部も、女子を受け入れるクラブチームもない。私に当たり前に野球をさせてくれたのは、岸監督と野球チームの仲間達とお祖父ちゃんだけ。

ーー男に生まれたかった。

普段は特に意識しないのに、時々無性にそう思う。体力や体格の問題とか、女性特有の現象とか、男じゃないと難しい面もあるのだろうが、それでも好きなことを阻まれる現実に、この一年戸惑い続けてきた。

「文緒」

背後から小声で名前を呼ばれた。慌てて頬を伝う涙を拭う。

「どうした?」

トイレで目を覚ましたのだろうか。大いびきをかいていたお祖父ちゃんが、お酒の匂いを漂わせながら隣に並んだ。

「田んぼも畑も無くなっちゃうんだなぁって」

暖かくなるのと一緒に青々としていく筈の、猫の手も借りたいほど忙しく作業に追われる時期の、生きる糧だった田畑は何もなく広がるだけ。

「お祖父ちゃん」

「何だ?」

「お祖父ちゃんはこの村を出て、野球をやりたいと思ったこと、ある?」

ふーっとお酒臭い息を吐いてから、お祖父ちゃんは悪戯小僧のような、にやにやした笑いを口元に浮かべた。

「ある」

「そうなの?」

「もちろん。小沢も上福元も板倉もな」

私は目を瞬いた。

「別に村が嫌だったわけじゃないぞ。ただ俺達は全員農家の長男で、跡を継ぐことが決まっていたから、高校も近場にしか行かせてもらえなかったんだ」

甲子園なんて望んでいない。プロなんて夢のまた夢。でもせめて自分の力を試せる場所で、思う存分野球に励んでみたかった。草野球ではなく、実業団でやってみたかった。贅沢だと分かっていても、そんな願いが燻っていた頃もあったと、お祖父ちゃんは懐かしそうに目を細める。

「こんな年齢になっても、まだ諦めていない。だから岩田鉄五郎が好きなんだよ。あいつらだって同じだ」

自分の努力だけではどうにもならない、大きな壁が立ちはだかっても。

「お前なら俺達を笑わないだろ、文緒」

ぽんと頭に手が置かれる。引っ込めていた涙がぽろぽろ落ちてきた。

「この三日、楽しくて仕方がなかった。私がやりたいのはこれだって思った」

嗚咽が漏れないように、ぐっと歯を食いしばる。

「野球がやりたい」

形なんてどうでもいい。ただ皆でボールを追いかけながら、グラウンドを転げ回りたい。

「祖父ちゃんは文緒に可哀想なことをしてしまったのかな」

ぽつりと零すお祖父ちゃん。私は勢いよく首を振った。

「こんな楽しいこと、教えなきゃ良かったなんて絶対言わないでよ」

「そうか」

だったら、とお祖父ちゃんが後方に視線を向けた。

「心配して着いてきた奴がいるから、そろそろ家の中に入ろう」

そう促して一足先に戻ってゆく。踵を返した私の目に映ったのは、熟睡していた筈の大輔の姿。

「どうして」

「待ってたんだよ」

「いつから」

「布団を抜け出したときから」

二の句が継げなかった。じい様達のいびきを物ともせず、私の隣で眠りこけていた大輔が、何故そんなことに気づいているのだ。

「寝てたんじゃなかったの?」

まだ濡れている目元を擦りつつ訊ねると、大輔は面白くなさそうに口を尖らせた。

「寝られるか。この無神経女」

何気に毒を吐いて、呆気に取られる私の手を引いて家の中に入る。私と同じくらいひんやりした手だ。

「何で荒木のじーさんなんだよ」

大輔は何事かぶつぶつ呟いていたけれど、私にはよく聞こえなかった。



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