10 / 55
とうもろこし畑編
10
しおりを挟む
昼食を食べたら続きをやるぞと、張り切っていた小沢のおっちゃんだったが、お祖母ちゃん達に仕事を言いつけられて、打点王争いは翌日に持ち越しとなった。
「若い二人の邪魔をしないの!」
奥さんに軽く耳を引っ張られた小沢のおっちゃんは、子供みたいに嫌だと駄々をこねていたものの、
「雑草が生えてきたので、最後に家の周囲を綺麗にしたい」
女性陣のささやかな願いに、首を縦に振らざるを得なかった。
なのでお祖母ちゃん達お手製の山菜うどんを頂いた後、私と大輔は二人だけでもう一度とうもろこし畑に行き、のんびりキャッチボールをすることにした。
「大輔は友達と会わなくていいの?」
緩やかな山なりのボールを投げて訊ねる。毎日じい様達とつるんでいるので、実は不思議に思っていたのだ。小学校から顔触れが殆ど変わらないなら、別れを惜しむ相手もほぼ全員だろう。
「もう皆引っ越した。俺が最後なんだ」
ボールを受け止めて大輔が淋しそうに笑った。特に大輔の同級生は高校受験を控えていることもあり、近隣の市町村に引っ越す家庭はまだしも、親の実家や親戚を頼って新たな土地を選んだ者は、なるべく早く引っ越し先の学校や塾など、授業の進度についても押さえておく必要に迫られた。
「仲よし四人組は近くに引っ越すの?」
同じように返されたボールをグローブに収める。午後になって気温が上がったのか、背中が少し汗ばんできた。
「そんなに離れていないけど、でも今みたいに行ったり来たりはできなくなるな」
聞けば四家庭とも村の近くに引っ越すのに、市町村は一切被っていないのだそうだ。それに私の祖父母は隣市で二人暮らしをするが、他は大輔の家族同様息子夫婦との同居なので、あまり勝手もできないらしい。
「一から始めるんだもんね。不安?」
今度は後ろに下がりながら、間合いを広げてボールを放る。六十を過ぎて新たな環境に身を置くのも、学校や友達ががらっと変わるのも、どちらも馴染むまではきっと時間がかかる。不安でない筈が無い。
「まあな。勉強もさることながら、野球部でやっていけるかどうかも」
案の定ボールをキャッチし損ねて、大輔が慌てて脇に転がったそれを拾い上げた。
「まんま”キャプテン”じゃん」
「やっぱりその話してたんだな、さっき」
嫌な予感はしてたんだとむくれながら、大輔はひょいっと返球してきた。バッターボックスに立った上福元さんが、一度自分の方に視線を投げてきたので、絶対例の話ーー大輔が漫画を読んで泣いたことーーをしていると、あたりをつけていたのだそうだ。
「大輔はお祖父ちゃんの影響で野球を?」
「そうだな。俺が小さい頃は村にも草野球チームがあって、大人も子供も一緒に遊んでたんだ。ちょうど今の俺らみたいに」
お祖父ちゃん達の世代はバレーやサッカーよりも、断然野球人口が多かったと聞いている。高校野球では皆一丸となっての地域の代表校を応援し、プロ野球ではご贔屓チームの帽子を被ってペナントの順位に一喜一憂し。
「うちの村は昔、大抵の住民が巨人ファンだったらしいよ」
気持ち速めの私のボールを受けて大輔が苦笑した。
「テレビ中継が巨人戦しかなかったから、必然的にそうなったんだって。パ・リーグは消化試合くらいしか放送なくて、選手もよく分からなかったみたいだし。もっともうちの祖父ちゃんは珍しくアンチ派だけど」
「どうして?」
「巨人が負けると親に八つ当たりされるから。チームには何の恨みもないのに」
同じような速度のボールが、大輔の明るい笑顔と共に返ってきた。
「文緒も荒木のじいさんの影響だろ? お盆に遊びに来るとよくキャッチボールしてたもんな」
「会ったこと、ないよね?」
驚いて目を瞠る私に、大輔は照れ臭そうにグローブで顔の下半分を覆った。
「面と向かってはな。でも都会からの女の子だ。こっちは一方的に憶えてるよ」
私の居住地は決して都会ではない。とりあえず新幹線の通過地点であることと、高速道路のインターがあることでそこそこ賑わってはいるが。
「お前女なのって言ってたじゃん」
お祖父ちゃんの軽トラの助手席に乗っていた私に、素っ頓狂な声を上げたのは一体誰だ。
「同一人物だと思わなかったんだよ。文緒は小さい頃髪も長くて、妙にひらひらした服を着ていただろ」
あぁとボールを持った方の手で頭を掻く。小学生のうちは、母親の趣味でピンク色の可愛い服をよく着せられていた。女の子を着飾るのが夢だったみたいで、
「うちには女は私しかいない」
野球を始めてからどんどん活発になる娘に、心から嘆いては原因の一端を担うお祖父ちゃんを詰っていた。
「誰のせいでもないよ。私の性分なんだから」
庇っているつもりはなく、事実として伝えただけなのに、母は恨みがましく私を睨んでいた。
「今は女の子らしさとは無縁だからね」
ため息をついて投げたボールはすっぽ抜け、大輔の頭上を越えていきそうになったが、彼が腕を伸ばして上手く捕ってくれた。
やっぱり下手じゃないよね。さり気なく捕りにくいボールを混ぜていたけれど、動揺してミスしたとき以外は難なく抑えている。
「そんなことないよ」
ぼそっと呟いてから、最初に私が投げた山なりのボールを返す。
「二人だと楽しいな」
私は頷いて、燻んでいるのに輝いて見える白球を、その手にしっかりと抱きとめた。
「若い二人の邪魔をしないの!」
奥さんに軽く耳を引っ張られた小沢のおっちゃんは、子供みたいに嫌だと駄々をこねていたものの、
「雑草が生えてきたので、最後に家の周囲を綺麗にしたい」
女性陣のささやかな願いに、首を縦に振らざるを得なかった。
なのでお祖母ちゃん達お手製の山菜うどんを頂いた後、私と大輔は二人だけでもう一度とうもろこし畑に行き、のんびりキャッチボールをすることにした。
「大輔は友達と会わなくていいの?」
緩やかな山なりのボールを投げて訊ねる。毎日じい様達とつるんでいるので、実は不思議に思っていたのだ。小学校から顔触れが殆ど変わらないなら、別れを惜しむ相手もほぼ全員だろう。
「もう皆引っ越した。俺が最後なんだ」
ボールを受け止めて大輔が淋しそうに笑った。特に大輔の同級生は高校受験を控えていることもあり、近隣の市町村に引っ越す家庭はまだしも、親の実家や親戚を頼って新たな土地を選んだ者は、なるべく早く引っ越し先の学校や塾など、授業の進度についても押さえておく必要に迫られた。
「仲よし四人組は近くに引っ越すの?」
同じように返されたボールをグローブに収める。午後になって気温が上がったのか、背中が少し汗ばんできた。
「そんなに離れていないけど、でも今みたいに行ったり来たりはできなくなるな」
聞けば四家庭とも村の近くに引っ越すのに、市町村は一切被っていないのだそうだ。それに私の祖父母は隣市で二人暮らしをするが、他は大輔の家族同様息子夫婦との同居なので、あまり勝手もできないらしい。
「一から始めるんだもんね。不安?」
今度は後ろに下がりながら、間合いを広げてボールを放る。六十を過ぎて新たな環境に身を置くのも、学校や友達ががらっと変わるのも、どちらも馴染むまではきっと時間がかかる。不安でない筈が無い。
「まあな。勉強もさることながら、野球部でやっていけるかどうかも」
案の定ボールをキャッチし損ねて、大輔が慌てて脇に転がったそれを拾い上げた。
「まんま”キャプテン”じゃん」
「やっぱりその話してたんだな、さっき」
嫌な予感はしてたんだとむくれながら、大輔はひょいっと返球してきた。バッターボックスに立った上福元さんが、一度自分の方に視線を投げてきたので、絶対例の話ーー大輔が漫画を読んで泣いたことーーをしていると、あたりをつけていたのだそうだ。
「大輔はお祖父ちゃんの影響で野球を?」
「そうだな。俺が小さい頃は村にも草野球チームがあって、大人も子供も一緒に遊んでたんだ。ちょうど今の俺らみたいに」
お祖父ちゃん達の世代はバレーやサッカーよりも、断然野球人口が多かったと聞いている。高校野球では皆一丸となっての地域の代表校を応援し、プロ野球ではご贔屓チームの帽子を被ってペナントの順位に一喜一憂し。
「うちの村は昔、大抵の住民が巨人ファンだったらしいよ」
気持ち速めの私のボールを受けて大輔が苦笑した。
「テレビ中継が巨人戦しかなかったから、必然的にそうなったんだって。パ・リーグは消化試合くらいしか放送なくて、選手もよく分からなかったみたいだし。もっともうちの祖父ちゃんは珍しくアンチ派だけど」
「どうして?」
「巨人が負けると親に八つ当たりされるから。チームには何の恨みもないのに」
同じような速度のボールが、大輔の明るい笑顔と共に返ってきた。
「文緒も荒木のじいさんの影響だろ? お盆に遊びに来るとよくキャッチボールしてたもんな」
「会ったこと、ないよね?」
驚いて目を瞠る私に、大輔は照れ臭そうにグローブで顔の下半分を覆った。
「面と向かってはな。でも都会からの女の子だ。こっちは一方的に憶えてるよ」
私の居住地は決して都会ではない。とりあえず新幹線の通過地点であることと、高速道路のインターがあることでそこそこ賑わってはいるが。
「お前女なのって言ってたじゃん」
お祖父ちゃんの軽トラの助手席に乗っていた私に、素っ頓狂な声を上げたのは一体誰だ。
「同一人物だと思わなかったんだよ。文緒は小さい頃髪も長くて、妙にひらひらした服を着ていただろ」
あぁとボールを持った方の手で頭を掻く。小学生のうちは、母親の趣味でピンク色の可愛い服をよく着せられていた。女の子を着飾るのが夢だったみたいで、
「うちには女は私しかいない」
野球を始めてからどんどん活発になる娘に、心から嘆いては原因の一端を担うお祖父ちゃんを詰っていた。
「誰のせいでもないよ。私の性分なんだから」
庇っているつもりはなく、事実として伝えただけなのに、母は恨みがましく私を睨んでいた。
「今は女の子らしさとは無縁だからね」
ため息をついて投げたボールはすっぽ抜け、大輔の頭上を越えていきそうになったが、彼が腕を伸ばして上手く捕ってくれた。
やっぱり下手じゃないよね。さり気なく捕りにくいボールを混ぜていたけれど、動揺してミスしたとき以外は難なく抑えている。
「そんなことないよ」
ぼそっと呟いてから、最初に私が投げた山なりのボールを返す。
「二人だと楽しいな」
私は頷いて、燻んでいるのに輝いて見える白球を、その手にしっかりと抱きとめた。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
裏切りの代償
志波 連
恋愛
伯爵令嬢であるキャンディは婚約者ニックの浮気を知り、婚約解消を願い出るが1年間の再教育を施すというニックの父親の言葉に願いを取り下げ、家出を決行した。
家庭教師という職を得て充実した日々を送るキャンディの前に父親が現れた。
連れ帰られ無理やりニックと結婚させられたキャンディだったが、子供もできてこれも人生だと思い直し、ニックの妻として人生を全うしようとする。
しかしある日ニックが浮気をしていることをしり、我慢の限界を迎えたキャンディは、友人の手を借りながら人生を切り開いていくのだった。
他サイトでも掲載しています。
R15を保険で追加しました。
表紙は写真AC様よりダウンロードしました。
隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました
ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら……
という、とんでもないお話を書きました。
ぜひ読んでください。
思い出を売った女
志波 連
ライト文芸
結婚して三年、あれほど愛していると言っていた夫の浮気を知った裕子。
それでもいつかは戻って来ることを信じて耐えることを決意するも、浮気相手からの執拗な嫌がらせに心が折れてしまい、離婚届を置いて姿を消した。
浮気を後悔した孝志は裕子を探すが、痕跡さえ見つけられない。
浮気相手が妊娠し、子供のために再婚したが上手くいくはずもなかった。
全てに疲弊した孝志は故郷に戻る。
ある日、子供を連れて出掛けた海辺の公園でかつての妻に再会する。
あの頃のように明るい笑顔を浮かべる裕子に、孝志は二度目の一目惚れをした。
R15は保険です
他サイトでも公開しています
表紙は写真ACより引用しました
どうぞご勝手になさってくださいまし
志波 連
恋愛
政略結婚とはいえ12歳の時から婚約関係にあるローレンティア王国皇太子アマデウスと、ルルーシア・メリディアン侯爵令嬢の仲はいたって上手くいっていた。
辛い教育にもよく耐え、あまり学園にも通学できないルルーシアだったが、幼馴染で親友の侯爵令嬢アリア・ロックスの励まされながら、なんとか最終学年を迎えた。
やっと皇太子妃教育にも目途が立ち、学園に通えるようになったある日、婚約者であるアマデウス皇太子とフロレンシア伯爵家の次女であるサマンサが恋仲であるという噂を耳にする。
アリアに付き添ってもらい、学園の裏庭に向かったルルーシアは二人が仲よくベンチに腰掛け、肩を寄せ合って一冊の本を仲よく見ている姿を目撃する。
風が運んできた「じゃあ今夜、いつものところで」という二人の会話にショックを受けたルルーシアは、早退して父親に訴えた。
しかし元々が政略結婚であるため、婚約の取り消しはできないという言葉に絶望する。
ルルーシアの邸を訪れた皇太子はサマンサを側妃として迎えると告げた。
ショックを受けたルルーシアだったが、家のために耐えることを決意し、皇太子妃となることを受け入れる。
ルルーシアだけを愛しているが、友人であるサマンサを助けたいアマデウスと、アマデウスに愛されていないと思い込んでいるルルーシアは盛大にすれ違っていく。
果たして不器用な二人に幸せな未来は訪れるのだろうか……
他サイトでも公開しています。
R15は保険です。
表紙は写真ACより転載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる