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 その調理場は隠されたかのようにひっそりと存在していた。メイドの一人に尋ねると、

「ああ、それはアンナ様が使用されていたものです」

と言われた。貴族の娘の趣味が料理をするなんてと不思議に思ったけど丁度良かったと使わせてもらうことにした。
 私にとって料理は日常生活の一部だった。料理なんて朝飯前である。
 ただ魔石オーブンというのは使ったことがなかったので、初めは戸惑ったもののすぐに使い方を覚えた。なんて便利なものだろう。これが庶民として暮らしていたころに使うことが出来たらとても助かったのに。
 火の調節を気にすることなく作った料理をお皿に入れてテーブルに並べる。少し作りすぎたかも。
 私だけしか食べないのに三皿もできてしまった。

「うん、この味だわ」

 この家で暮らしだして自分が作らなくても美味しい料理をいつでも食べることができた。不満はなかったけど、物足りなさのようなものを感じていた。
 それがなんなのかずっとわからなかったけど、私にとって母親の味のようなものがあるとすればこの野菜だけで作るスープだったのだ。すごく美味しいものではない。でもとても懐かしい味。

「料理を作っていると聞いたがもうできたのか?」

 夢中で味わっているとテーブルの横に兄が立っていた。

「あまり美味しいものではありませんが、兄さまもいかがですか?」

 いくら懐かしいと言っても三皿も食べることはできないので勧める。

「こうしてここで食事をするのは何年ぶりだろう」
「アンナさんの料理を兄さまも食べたの?」
「ああ、エドと一緒に食べたものだ。このスープは野菜しか入っていないのか?」
「ふふ、兄さまには物足りない味でしょう?」
「そうだな。物足りないというか不思議な味だな」
「これが庶民のスープよ。毎日のように食べていた味なの。私が食べていたのは野菜のクズしか入っていなかったけど味は変わらないわ」
「…そうか」

 兄はそれ以上は何もい言わずに、決して美味しくはないスープを残さず食べてくれた。

「エドとの婚約は本当に良かったのか?」
「え?」
「二人が何を考えているのか知らないが、婚約パーティーまでしなくても良かったのでないか?」
「兄さまは知っているの?」
「二人に恋愛感情がないのは見ていればわかる。それにエドはアンナのことを今でも想っている」

 うん。エドの感情は誰でもわかる。アンナの話をするときの彼は子供みたいになるときがあるもの。

「貴族の結婚は恋愛とは関係ないものだと言ったのは兄さまですよ」
「確かにな。だが幸せにならないと分かっている結婚をすることはない。君は今でもロイドが好きなのではないか?」
「えっ?えーーー!」

 兄がロイドのことを知っている? どうして?

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