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「兄さま、兄さま話があります~」
「なんだ? 帰ってくる早々騒がしいな。何かあったのか?」
「あります、あります、大ありです」

 兄の冷たい態度にもめげずに言い返せば、兄の従者が私の今日の行動を兄に告げた。

「ああ、そういえば今日は奥様と一緒に神殿の方に行かれたとか」

 兄はピンときたのか、急に顔色を変えて私を見た。

「まさか聖女になるのか?」
「まさか。私が聖女だなんて無理ですよ。母様も聖女にはならなくて良いと言ってくれました」
「母様が? そう言ったのか? 聖女にならなくてよいと?」

 不思議そうな顔をしているが、言ったものは言ったのだ。

「兄さまに言われて考えを変えたと言ってました」
「確かに言ったが、まさか聞いてくれるとは思っていなかった。そうかわかってくれたのか」

 兄が嬉しそうに笑みを浮かべている。兄の笑顔は珍しいので堪能させてもらおう。

「それで? 聖女にならなくてよいのなら、何を慌てている」
「そうだった。大変なの。母様が婚約者を決めるっていうの」
「そうか。それで?」
「そうかって、驚かないの?」
「貴族の結婚とはそういうものだ。私みたいに婚約者がいない方が珍しいくらいだ」

 そういえば兄には婚約者がいなかった。ということは私だって婚約者をすぐに決めなくていいのではないか。
 私がそう意見すると兄は首を振った。

「君の場合はダメだ。神殿に目を付けられているということは早めに婚約者を決めたほうが良いってことだ。王族だと神殿も何も言ってこないだろうが、王子との結婚も不安しかないな」

 失礼なことを言われている気がするけど、この際それについてはスルーだ。
 急に婚約者だとか勘弁してほしい。
 私には好きな人がいるのだ。その人のために貴族になることにしたのにこれでは本末転倒だ。
 ロイドが私のことをどう思っているのかはまだわからないけど、両想いになれるように努力するつもりなのだ。押して押して押し倒せ。それが恋愛の極意だって近所のおじさんたちが話しているのを聞いたことがある。
 婚約者だなんて冗談じゃない。婚約者なんて出来たら、ロイドに告白することさえ出来なくなってしまうではないか。

「とにかく婚約者とかまだ早いと思うの。何とか母さまを説得して。お願い、兄さま」

 兄に頼むしかない。私ではあの母を説得するなんてできないもの。

「お願いか。妹からの頼みだから聞いてあげたいが、婚約者がいないままだと神殿がうるさいからな。母も変な相手を選ぶことはないだろうし、これ貴族の務めだと思ってあきらめるんだな」
「そ、そんな。そうだ。私が選んだ相手では駄目かしら」

 そうよ。ロイドに婚約者になってもらえばいいんだわ。彼も貴族なんだもの。あれ? ロイドには婚約者いないわよね。ちょっと不安になってきた。

「アネットが選ぶ? マンチェス学院のものか? だが貴族でも伯爵以上でないと神殿も母も納得しないだろう」

 子爵家では駄目ってこと? そんな。ロイドと一緒にいるために貴族になったのに、全部無駄だったの?
 まだ兄が何か言ってたけど全然耳に入らなかった。私は踵を返して部屋へと戻った。あの部屋だけが私の居場所だった。



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