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 マンチェス学院に通いだして、二ヶ月が過ぎた。
 新しいことを学ぶことのなんと素晴らしいことか。
 特に魔法についての授業は格別だ。ロイドから簡単な魔法については教えてもらっていたけど、学校の授業で基礎から学ぶと今まで見えていなかったものが色々とわかってくるから不思議だ。この学院に来て本当に良かった。
 合格発表の日に来ていたから、アンナも通ってくるのではないかと思っていたけど、残念ながら彼女は入学してこなかった。庶民でも試験に合格すれば通える学院だけど、彼女は学院に通うことより働くことを選んだ。妖精のアオが言うにはアンナは勉強はそれほど好きではないから、働くことを選んだって話だけど、きっとお金がかかることを気にしたのだろうなと思った。この学院に通うにはかなりのお金が必要になる。
 働くといっても女・子供が働ける場所なんてほとんどない。どこで働いているのかアオに尋ねるとクレープ屋だって。珍しくて美味しいからすごく売れているって聞いて思わず買ってきてってお願いしちゃった。
 アオは嬉しそうな顔で右手を差し出してきた。クレープを買うお金が欲しいらしい。この家では不自由しない暮らしをしているけどお小遣いとかはもらえていない。私は庶民として暮らしていた時に貯めていたお金の中から二つ分のクレープが買えるお金を出して渋々と渡した。
 アオが買ってきたクレープはまだ温かく、美味しい匂いが漂ってくる。ごくりと喉が鳴る。
 見たことのない食べ物。これをアンナは売っている。私でもわかる。これは絶対に売れる。爆発的に売れるに違いない。食べてもいないのになぜわかるかって? 私は長い間庶民として暮らしてきた。だから匂いには敏感だ。この匂いだけで美味しいってことがわかる。

 アオは私が食べるよりも先にクレープにかぶりついた。小さな妖精の姿にくらべるとクレープは大きすぎるのではないかと思っていたけど、アオが一口かぶりついただけで三分の一のクレープが消えていた。

『むむっ。おいひい』

 口に食べ物を入れて話してはいけません。マナーの先生の声が聞こえてきそうだ。
 アオは目を丸くしてもぐもぐと口を動かしている。
 私も早速食べることにした。

「美味しそうだな」

 兄がいつの間にか立っている。

「兄さま、レディの部屋に入るのですからノックをしてください。母さまに報告しますよ」
「何度もノックしたが返事がなかったので。何かあったのかと心配したのだが、庶民の食べ物を食べているとはね。私の方からも母に報告したほうがよさそうだな」

 ぐっ。悔しいが兄さまに口では勝てそうにない。

「何か用ですか?」
「妙な気配を感じたので来たのだが、アオが来ていたようだな」

『え? 私の気配を感じたの? あなた本当に人間?』
 アオは半分になったクレープを抱えて、驚いている。兄さまってやっぱり人間離れしているのね。

「失礼な妖精だ。何の用があってこの家に来た? 君とはじっくり話がしたいと思っていた。丁度よい。話をしようじゃないか」

 にっこりと微笑みながらの提案だったが、アオは『マオウ』と呟いた後、姿を消した。

「マオウ? ああ、魔王か。ホントに失礼な妖精だな」

 イエイエ、ジュウブン、マオウナホホエミデシタヨ。

「ところで、そのクレープはアンナが手伝っているという屋台のか?」

 やっぱり兄はアンナの動向を探っているらしい。

「ええ、アオに買ってきてもらったの」
「そうか。美味しそうだな」
「ええ、美味しそうで…って、まさか私から取り上げるつもり?」
「母に話しても……」

「わーーーぁ、わかったわ。でも私だってまだ食べていないのだから半分ね」
「半分?」
「そうよ。マルともよく半分ずつにしてたべたものよ」
「庶民の食べ方か」
「嫌?」
「…もらおう」

 庶民の食べ物であるクレープを上品に食べる兄さまを見ながら、クレープにかぶりついた。

 (うん、これはうまいわぁ。絶対に売れること間違いなしね)

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