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「さすが私の妹だ。よくここまで頑張った」
兄に褒められても嬉しくもなかった。ただ達成感のようなものは感じている。
どうしても入学式に間に合わせたかったのは私も同じだった。
私には会いたい人がいる。そのために家族を捨てて、この家に来たのだから。
「そうそう、君の『癒しの魔法』だが、私のよりもレベルが上のようだ。アネットは聖女候補に選ばれそうだな。母が喜ぶだろう」
「はい? 聖女候補?」
「ん? 君は知らなかったのか? 母の姉が今の聖女様だ」
なんてこと。それでは聖女様が伯母様になるの?
でもそれと私が聖女様候補になるというのがどうつながるのかしら。
「よくわからないって顔だな。聖女様はセネット家の血筋から選ばれるんだ。『癒しの魔法』が使えるのはセネット家の血が関係している。とはいうものの本家であるセネット侯爵家から聖女様が出たのは三代前までさかのぼることになるんだけどね。それだけに待望の女児として生まれたアンナは期待されていたんだ。だが彼女には『癒しの魔法』は発現なかった。庶民の生まれだったのだから仕方のないことだったのだが、期待が大きかっただけに両親の落胆はすごくて、アンナには可哀そうなことをしたよ。だから母の君への期待は膨らむだけ膨らんでいるよ」
あの期待に満ちた目はそういうことだったのか。てっきり貴族として頑張れっていうエールのようなものだと思っていた。まさか聖女様になることを期待されていたなんて。
私はそんな大それた存在にはなりたくない。平凡が一番だ。
でもあの母の期待に満ちた瞳に逆らえるだろうか?
私は母と初めて出会ったときのことを思い浮かべる。
寒い日だった。青い妖精に言われたようにマンチェス学院の合格発表を見る名目で門の周りを歩いていた。時間は指定されていなかったから、行ったり来たりと、歩いていたけど寒くて仕方なかった。
もしかしたらあの妖精に騙されたのかもしれないなと思い始めたとき、大きな声がしたと思ったら抱きしめられていた。
私と同じ顔をした女の人だった。思わず泣いてしまった。
それまでの暮らしが苦しかったわけじゃない。ただ愛情を感じたような気がしたのだ。
母さんや父さんに抱きしめてもらえる弟妹が羨ましかった。私だって小さい頃は抱きしめてもらっていたのかもしれない。でも物心ついた頃には浮気でできた子供じゃないかって噂を誰からともなく聞かされていたから、遠慮もあって自分から両親に抱きつくことができなくなっていた。
だから嬉しかったのだ。ああ、母親の腕の中は暖かいんだなって、そう思った瞬間、涙が溢れていたのだ。
「はぁ」
あの日のことを思いだすと母の期待にこたえなければならないような気さえしてため息が漏れる。
「なんだ? その気の抜けたようなため息は。緊張感が足りないな。いついかなる時も気を抜いてはいけないと教えただろう」
どの家庭教師よりも一番厳しいのは兄の目だった。私の一挙手一投足に注目している。
「わかっています。ただ、私は聖女になんてなりません。母にはよくしてもらっていますが、だからといって私の人生を決める権利はないはずです」
「ふっ、それは私にではなく母に言えばよい。君の願いならばあるいは叶えてくれるかもしれないな」
嘘つき。兄は絶対にそうは思っていない。二か月の間でだいぶ兄のことが分かってきた。でもここで反抗しても無駄だ。そのことも十分わかっている。
どうすれば母に諦めてもらえるのか。まあ、時間は十分あるわ。学院に入学すれば相談する相手もいるし、それまではとにかく今まで学んだことの予習復習ね。
兄に褒められても嬉しくもなかった。ただ達成感のようなものは感じている。
どうしても入学式に間に合わせたかったのは私も同じだった。
私には会いたい人がいる。そのために家族を捨てて、この家に来たのだから。
「そうそう、君の『癒しの魔法』だが、私のよりもレベルが上のようだ。アネットは聖女候補に選ばれそうだな。母が喜ぶだろう」
「はい? 聖女候補?」
「ん? 君は知らなかったのか? 母の姉が今の聖女様だ」
なんてこと。それでは聖女様が伯母様になるの?
でもそれと私が聖女様候補になるというのがどうつながるのかしら。
「よくわからないって顔だな。聖女様はセネット家の血筋から選ばれるんだ。『癒しの魔法』が使えるのはセネット家の血が関係している。とはいうものの本家であるセネット侯爵家から聖女様が出たのは三代前までさかのぼることになるんだけどね。それだけに待望の女児として生まれたアンナは期待されていたんだ。だが彼女には『癒しの魔法』は発現なかった。庶民の生まれだったのだから仕方のないことだったのだが、期待が大きかっただけに両親の落胆はすごくて、アンナには可哀そうなことをしたよ。だから母の君への期待は膨らむだけ膨らんでいるよ」
あの期待に満ちた目はそういうことだったのか。てっきり貴族として頑張れっていうエールのようなものだと思っていた。まさか聖女様になることを期待されていたなんて。
私はそんな大それた存在にはなりたくない。平凡が一番だ。
でもあの母の期待に満ちた瞳に逆らえるだろうか?
私は母と初めて出会ったときのことを思い浮かべる。
寒い日だった。青い妖精に言われたようにマンチェス学院の合格発表を見る名目で門の周りを歩いていた。時間は指定されていなかったから、行ったり来たりと、歩いていたけど寒くて仕方なかった。
もしかしたらあの妖精に騙されたのかもしれないなと思い始めたとき、大きな声がしたと思ったら抱きしめられていた。
私と同じ顔をした女の人だった。思わず泣いてしまった。
それまでの暮らしが苦しかったわけじゃない。ただ愛情を感じたような気がしたのだ。
母さんや父さんに抱きしめてもらえる弟妹が羨ましかった。私だって小さい頃は抱きしめてもらっていたのかもしれない。でも物心ついた頃には浮気でできた子供じゃないかって噂を誰からともなく聞かされていたから、遠慮もあって自分から両親に抱きつくことができなくなっていた。
だから嬉しかったのだ。ああ、母親の腕の中は暖かいんだなって、そう思った瞬間、涙が溢れていたのだ。
「はぁ」
あの日のことを思いだすと母の期待にこたえなければならないような気さえしてため息が漏れる。
「なんだ? その気の抜けたようなため息は。緊張感が足りないな。いついかなる時も気を抜いてはいけないと教えただろう」
どの家庭教師よりも一番厳しいのは兄の目だった。私の一挙手一投足に注目している。
「わかっています。ただ、私は聖女になんてなりません。母にはよくしてもらっていますが、だからといって私の人生を決める権利はないはずです」
「ふっ、それは私にではなく母に言えばよい。君の願いならばあるいは叶えてくれるかもしれないな」
嘘つき。兄は絶対にそうは思っていない。二か月の間でだいぶ兄のことが分かってきた。でもここで反抗しても無駄だ。そのことも十分わかっている。
どうすれば母に諦めてもらえるのか。まあ、時間は十分あるわ。学院に入学すれば相談する相手もいるし、それまではとにかく今まで学んだことの予習復習ね。
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