皇太子の愛妾は城を出る

小鳥遊郁

文字の大きさ
上 下
2 / 19

【番外編】 幸せのかたち―バニーside 後編

しおりを挟む
 私の陰ながらカスリーン様を守る作戦はおおむね成功していた。ただ私の休みの日はどうしようもなかった。物を隠されたり捨てられたりしているようだった。でもカスリーン様はめげることなく、城から出て行くことはなかった。
 私は少し侍女長を甘く見ていた。なんだかんだいっても貴族のお嬢様である侍女長のいじめは凄惨なものではなく、子供だましのようなものが多かった。だから油断していた。侍女長が私のことを怒っていることに気づくのに遅れてしまった。
 怪我をさせられた時、すぐに侍女長が思い浮かんだ。だが証拠はなかった。
 私はすぐにジュートに助けを求めた。でもジュートの表情で、彼にも治せないのだとわかる。手が使えなくなれば仕事もできなくなる。そうすれば親への仕送りにも困ってしまう。

「すぐに辞めるんだ。仕事なら私の手伝いをすればいい」

 ジュートは優しい。手が使えなくなった私にジュートの手伝いができるわけがないのに、そうやって私を慰めてくれる。
 侍女長は私が助けを求めてくるのを待っていたのだと思う。城の医師による治癒魔法を使ってもらえば治る怪我だった。恩を着せて何かをさせるつもりだとすぐにわかった。
 私は正直悩んだ。正義感を捨てれば普通の生活に戻ることができる。このままだと結婚も難しい身体になってしまう。
 でもそんなあさましい私をカスリーン様は救ってくれた。一瞬で怪我を治してくれた。その時私は彼女のためにできる限りのことをしようと誓った。
 私にできることは本当にわずかなことで、役に立っていたのかも疑わしい。
 結局、カスリーン様は城から出て行ってしまわれたから。
 でもカスリーン様が城を出たことは、侍女長に負けたようで悔しい思いもあったが、嬉しくもあった。ユーリ皇太子とでは幸せはつかめないと感じていたからだ。
 私にとってユーリ皇太子は雲の上のような人で、普通の男とは違うというのはわかっている。結婚相手だって念入りに、そして自分だけで決めることができないこともわかっていた。だから身分の低いカスリーン様を正妃にできないことは理解できる。でも、もう少し大事にすることはできる。このような場所に住まわせたり、侍女を一人しか用意しなかったり、侍女長に任せっきりだったり、ひどい扱いだ。愛する女性にすることではない。
 だから私はユーリ皇太子と別れたことは賛成だった。幸せの形は人それぞれ違うといっても、カスリーン様が幸せそうには見えなかったから、これで良かったのだと思った。
 ただ、カスリーン様の婚姻が難しくなるだろうと思うと残念でならない…。


 カスリーン様が城から去ってからしばらくして、侍女長は辞めさせられた。そして彼女の取り巻きだった、侍女たちも実家に帰された。皇太子の愛妾をいじめたにしては軽い処分と言えるが、彼女たちの将来も潰れたようなものだから結構重い処分なのかもしれない。



 私はといえば、侍女の仕事は結局辞めた。見ているのに見ていないふりをしなくてはならないことが多く、自分には向いていないことに気づいたからだ。王宮は魑魅魍魎が住むところだ。とてもじゃないけど長くいる所ではない。侍女長も若かりし頃はあんな風ではなく、正義感あふれる方だったと古くからいる侍女に聞いて特に考えさせられた。

「う~ん、やっぱり薬草が足りないな。後で買ってきてくれ」
「いつもの店でいいの?」
「ああ、あそこの薬草が一番新鮮だからな」

 取り敢えず次が決まるまで、ジュートの診療所でお手伝いをしている。
 ジュートはずっといてほしいようなことを言っているけど、まだ決めかねている。
 ジュートは話してくれないけど、ジュートがカスリーン様を助けたことは皇妃様から聞いて知っている。私に話してくれないのは心配をかけたくないからだろう。そのことがちょっと悔しい。
私はジュートより年下で頼りない存在だ。でも私はジュートの隣に立てる存在になりたくて頑張って来た。いつかきっと認めてもらえる。それまでは兄のように思っていようと考えていた。でも貴族と関わって、命の危険にさらされて少し考えが変わってきている。
人の命はどうなるかわからない。
ユーリ皇太子の従弟であるダリウス様はながいこと病に臥せっていた。この度、復帰されることになったのはカスリーン様のおかげだと言う。これはトップシークレット扱いで、知っている人は少ない。カスリーン様が城から出なければ、彼は助からなかったかもしれないのだ。
ジュートだっていつどうなるかわからない。それなら彼の傍にいて、いつか私を意識してくれるようになるまで待っているのもありかなという考えもあるのだ。まだ本当に決めかねていた。

「ダリウス様とカスリーン様の婚約が決まったようだ」
「えっ?」

 それは驚きの展開だった。ユーリ皇太子とダリウス様は兄弟のように仲が良いと聞いている。大丈夫なのか心配になった。

「この手紙には皇太子さまも認めてくれたと書いてある。カスリーン様もきっと幸せになるよ」
「よかったぁ」

 実は一番の気がかりはカスリーン様の今後だった。結婚はもうできないのではないかと心配だった。でも彼女の過去を知っても、選んでくれる人がいたことが嬉しい。きっと彼女は幸せになる。
 肩の荷が下りたような気がした。結局私は彼女のために何もできなかった。でも彼女が幸せになることができて本当に良かった。

「これでバニーの気がかりもなくなったな」
「気づいていたの?」
「わかるよ。ずっといじめていたことを後悔していたんだろ? でも、もう彼女は大丈夫だよ。ダリウス様は立派な方だし、公爵夫妻もカスリーン様を気に入っている。彼女は幸せになるよ」
「うん、…安心した」

 私は涙を流していた。その涙をジュートが拭いてくれた。昔もこんなことがあった。
 近所の悪がきにいじめられた私を慰めてくれたのはジュートだった。ジュートは、頭は良かったけど腕っぷしは弱かったのに、悪がきを追い払ってこんなふうに泣いている私の涙を拭いてくれたのだ。

「バニー、ずっとここで暮らしてくれないか?」
「えっ? それってずっと手伝ってほしいってこと?」
「あっ、それも、あるけど。あ~、何というか、私と結婚してほしい」

 驚きで涙は止まった。慌ててジュートの方を見ると、ジュートの顔は真っ赤だった。
 私はまじまじとジュートを見ていた。正直プロポーズされるなんて考えたこともなかった。

「へ、返事は?」
「え? 返事って、本気なの?」
「もちろん本気だ。いつだって私は本気だよ。バニーが怪我をしたとき、私は助けることができなかった。あの時私は自分の無力さに死にたくなった。でもあのとき、君をすごく愛していることを知ったよ」
「嬉しい、すごく嬉しいわ」
 ジュートのプロポーズには花束も何もなかったけれど、私には最高のプロポーズだった。




しおりを挟む
感想 246

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

生まれ変わっても一緒にはならない

小鳥遊郁
恋愛
カイルとは幼なじみで夫婦になるのだと言われて育った。 十六歳の誕生日にカイルのアパートに訪ねると、カイルは別の女性といた。 カイルにとって私は婚約者ではなく、学費や生活費を援助してもらっている家の娘に過ぎなかった。カイルに無一文でアパートから追い出された私は、家に帰ることもできず寒いアパートの廊下に座り続けた結果、高熱で死んでしまった。 輪廻転生。 私は生まれ変わった。そして十歳の誕生日に、前の人生を思い出す。

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

逃げて、追われて、捕まって

あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。 この世界で王妃として生きてきた記憶。 過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。 人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。 だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。 2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ 2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。 **********お知らせ*********** 2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。 それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。 ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

うたた寝している間に運命が変わりました。

gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。