皇太子の愛妾は城を出る

小鳥遊郁

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【番外編】幸せのかたち―バニーside 前編

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 私には後悔していることがあった。
 どうして初めから彼女を信じてあげられなかったのかということ。たった一人で、必死に耐えていた彼女のことを思いやることができなかった。
 上司の話を疑うことすらせず、皆と一緒にいじめていた。それがどれほど醜い事だったか私が気づいたのは半年も過ぎてからだった。
 私はその時忘れ物を取りに戻ったのだ。私の主人であるカスリーン様は皇太子ユーリの愛妾である。侍女長の話ではとても悪い女で、皇太子様を騙して今の立場を得たらしい。皇太子様には正妃としてふさわしい侯爵家の令嬢もいるのに、彼女が邪魔をしているとか。なるべく騒ぎを起こさないで、カスリーン様の方から出て行くように仕向けるのが私の仕事だった。初めは誰もが簡単にカスリーン様は城から出て行くと思っていた。けれど彼女は意外としぶとかった。それもあって侍女たちの攻撃は段々とエスカレートしていった。
 初めは私だけが彼女の担当だった。普通は皇太子の愛妾がこんな場所に住むなんてあり得ないしことだし、侍女が一人だけしかつかないことも、しかも私のような庶民出の侍女がつくこともない。掃除や洗濯を愛妾にさせるなんて、明らかに追い出すための策略だった。けれど男爵家令嬢であるカスリーン様はまるで気にしていなかった。

「暇だったから丁度いいわ」

 などと呟いているカスリーン様を見て、あんぐりと口を開けてしまったくらいだ。
 私は必要以上のことはしない主義で、たった一人しか侍女がいないのだからとカスリーン様を手伝ったりはしなかった。そして侍女長に忠告されていたから、カスリーン様と話をしないようにしていた。おそらく侍女長はこれだけでカスリーン様が出て行くと考えていたのだと思う。普通の貴族の女性ならば出て行くか、皇太子様に告げ口をするだろう。完全に侍女長よりカスリーン様の方が上手だった。
でも侍女長はカスリーン様が皇太子様に告げ口しないことで、さらに先に進めることにしたようだった。
カスリーン様をいじめて追い出すための侍女が用意されるようになったのは三か月が過ぎたころだった。私はただそれを見ていた。皇太子さまを騙す悪い女を追い出すだけだと思いながら。




「バニーはどうして、侍女の仕事を引き受けたんだ?」

 休みの日、幼なじみのジュートに会いに来ていた。ジュートは私より年上だけど、近所ということもあってよく私の面倒を見てくれていた。王都に出た時も、ジュートを頼って来たようなものだった。私にとって頼りになるお兄さんみたいな存在だ。

「給金が良かったからよ」
「おいしい話には裏があるもんだ。大丈夫なのか?」

 ジュートの言うように、確かに最近はカスリーン様がそんなに悪い人に見えなくなっていた。そして何故私を雇ったのかも怪しく思っている。初めはカスリーン様への当てつけで庶民である自分が雇われたのかと思っていた。
 でもちょっと違うようなのだ。もしかしたら、何かあった時に私に責任をかぶせる気ではないだろうか。下手をしたら首が飛んでしまうかもしれない。

「うん、ちょっとまずい気がしてる」
「はぁ? やっぱり。すぐ辞めてしまえ、そんなところ」
「でもなんか私が辞めたら大変なことになる気がするから、まだ辞められないよ」

 なんか最近いろいろと周りが見えてきた。カスリーン様を誤解していたことも分かっている。
 でも私が侍女長に意見を言うことはできない。おそらく侍女長はカスリーンが悪女ではないと知っていて、侯爵令嬢のために、カスリーン様を追い出そうとしているのだ。

「おいおい、お前ひとりで何ができる? 貴族は庶民なんて人と思っていない奴ばかりだぞ」
「それはわかっているよ。でも今までのことなしにはできないから、少しくらい助けたいなって思うの」

 いじめに参加していたわけではない。ただ見ていただけだ。でも私に罪がないとは思えない。

「バニーに何ができる?」

 私はカスリーン様を助けることは出来ない。それはわかっている。わかっているけどカスリーン様を見捨てたらきっと後悔すると思う。

「後悔したくないの」
「はぁ、言い出したら聞かないからな。でも危なくなったら辞めるんだぞ」
「うん。私だって命が惜しいから、そんなときは辞めるわ」






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