上 下
14 / 55

14 カイルside

しおりを挟む

 あの日からサーシャに会うために、国立図書館に用もないのにうろつくようになる。私の時間と彼女の時間が合わなければ会うことはできないわけで、ほとんどは空振りに終わった。それでも10回に一回は会える。それだけでも嬉しかった。あれほど疎んじていた元婚約者のサーシャにどうしてこれほど会いたくなるのか、彼女の顔を見ただけで胸が高鳴るのかソールに指摘されるまで私は気づかなかった。

「もう謝ったし、サーシャも許した。それなのにどうして待ち伏せするんだ? 何を考えている? またサーシャを傷つける気か?」

 ソールは丁少し乱暴な言葉で私に詰め寄る。サーシャはいない。今日のソールはサーシャを連れていなかった。

「今日はサーシャは来ないのか? まさかまた寝込んでいるのか?」

 ソールの怒った顔よりもその方が気になる。サーシャが病弱だと知ってから、彼女の顔色が悪いと気になって仕方がない。

「いや、サーシャは元気だ。今日は私に用があるから図書館へは連れていけないと言ってある。それにしてもどういうことだ? 今更だろう。サーシャは何も言わないが傷ついたんだ。私は彼女が傷つくのを見たくない。本気でないならもうここへは来ないでくれ」

「君はどうして彼女の父親に言わない? 私は彼には返しきれない恩がある。彼にやめてくれと言われたらここへは来れない」

「サーシャが言わないでくれと頼むからだ。でなければとっくに言ってる」

 ああ、そうか。ソールも私と同じなんだ。唐突に理解した。自分がサーシャを好きなこと、そしてソールも同じ気持ちだと。彼の方がいいのかもしれない。私なんかよりもずっとサーシャを大切にするだろうし、二人が一緒になれば養子の手続きも簡単だ。もしかしたらマドリード伯爵もそれを狙って二人で行動させているのだろうか。だとしたら私に勝ち目は全くない。

「君は彼女を好きなんだな」

 私がポツリと呟くとソールは突然頬を赤くした。

「そ、そ、それは関係ないだろ。それよりカイル伯爵は彼女をどうするつもりなのかと聞いてるんだ」

「私はただ彼女のそばにいたい。それだけだ。もう私には資格がないのはわかっている。だが少しでもいいからそばにいさせて欲しい」

「それは、まさかサーシャのことを好きだと言っっているのか? そんな話を信じろと?」

「今更だってことはわかっている。長い間、彼女を曇った目でしか見ていなかった。お金に買われたような気がして酷いことをした。だが今は目が覚めた。遅かったことはわかっている。だからそっと見守っていきたい。たとえ君と結婚したとしても、見守ることだけは許して欲しい」

 ソールは驚いたような顔をしている。そして頭を振った。

「「伯父さんは私とサーシャとの結婚を望んでいた。それなのにどうして君と婚約させたと思う?」

「それは私に援助するために必要だったから」

「確かにそれもある。だが他にいくらでも方法はあった。君だってそれがわかっていたから買われたような気がしたんだろう。彼は娘の気持ちだけを考えている。たった一人の我が子のためならなんだってする男だ。だから彼女が望まないことは決してしない。サーシャは私との結婚は望んでいない。だから私と彼女との結婚は絶対にあり得ないんだ」

 サーシャが望んでいない? どうしてそんなに確信が持てる? 私にはソールのそばにいるサーシャは楽しそうに見える。彼なら私のように傷つけることもない。

「だが私としては他の男に盗られるくらいなら君の方がいいんだが」

「本気で言ってるのか? 自分で彼女を幸せにする気はないのか?」

「君だってわかっているだろ。もう私は婚約を解消されたんだ。今更どうにもならない」

「また逃げるんだな」

「逃げてなどいない」

「いや、逃げている。告白して振られるのが怖いだけだ。本当に彼女が欲しいのなら立ち向かうべきだ。そしてサーシャを幸せにしてほしい」

 ソールの話を聞いて何かがおかしい気がした。彼は私と彼女をくっつけようとしている。あり得ない話だ。今だって私がしたことを許せないと言っているのに何故、結婚させようとする?

「君は私を嫌っているだろ?」

「ああ、サーシャを悲しませた君は好きにはなれない」

「ではどうして私にそんなことを言う?」

 ソールは私から目をそらした。

「それはサーシャが長くは生きれないからだ」

「は?」

 長くは生きれない? 誰が?

「サーシャが説明していただろう? 隣国の医術の先生に診てもらってるって。その先生に言われたそうだ」

「いやそんなはずはない。サーシャは健康になれるって喜んでいたじゃないか」

 ソールはそれには答えない。ただ首を振るだけだ。

「どのくらいなんだ?」

「わからない。ただ心臓が弱っていてあと五年か六年だろうと。田舎で寝て過ごせばもう少し長いかもって話だが、彼女がそれを望まなかった」

「え? サーシャは知ってるのか? つい最近だぞ。私に健康になれるかもって言ってたのは」

「あの日の夜に父親から聞いている。そして彼女は王都で暮らしたいと言った。君のそばに少しでもいたいと言ったそうだ」

 まさかそんな話があるだろうか。私は彼女を傷つけることしかしなかったのに。私のそばにいたい? 彼女も私を好きなのか?

「おい、私の話を聞いているのか?」

「聞いている。彼女にプロポーズをする。そしてマドリード伯爵を説得する」

「よく考えたのか? サーシャは長く生きれない。それでもいいと言えるのか?」

 ソールの言葉は胸に響いた。確かに深く考えていない。ただ彼女と結婚することしか頭になかった。それでも私はどんなに考えたとしてもやはり同じことしかできない。たとえ一週間後に彼女がなくなるとしても同じことをするだろう。

「サーシャが私を選んでくれるのならすることは決まっている。彼女の父親の説得には力を貸して欲しい」

「サーシャが望めば、伯父さんは反対したりしないよ。それよりサーシャを説得する方が難しいかもな」

 幼い頃から頑固だったからとソールは笑って私の肩を叩く。確かになぁと思いながらも絶対に彼女を説得して結婚すると決意を固くした。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初恋の呪縛

緑谷めい
恋愛
「エミリ。すまないが、これから暫くの間、俺の同僚のアーダの家に食事を作りに行ってくれないだろうか?」  王国騎士団の騎士である夫デニスにそう頼まれたエミリは、もちろん二つ返事で引き受けた。女性騎士のアーダは夫と同期だと聞いている。半年前にエミリとデニスが結婚した際に結婚パーティーの席で他の同僚達と共にデニスから紹介され、面識もある。  ※ 全6話完結予定

今更何の御用でしょう? ウザいので止めて下さいませんか?

ノアにゃん
恋愛
私は3年前に幼馴染の王子に告白して「馬鹿じゃないの?」と最低な一瞬で振られた侯爵令嬢 その3年前に私を振った王子がいきなりベタベタし始めた はっきり言ってウザい、しつこい、キモい、、、 王子には言いませんよ?不敬罪になりますもの。 そして私は知りませんでした。これが1,000年前の再来だという事を…………。 ※ 8/ 9 HOTランキング 2位 ありがとう御座います‼ ※ 8/ 9 HOTランキング  1位 ありがとう御座います‼ ※過去最高 154,000ポイント  ありがとう御座います‼

【完結】私よりも、病気(睡眠不足)になった幼馴染のことを大事にしている旦那が、嘘をついてまで居候させたいと言い出してきた件

よどら文鳥
恋愛
※あらすじにややネタバレ含みます 「ジューリア。そろそろ我が家にも執事が必要だと思うんだが」 旦那のダルムはそのように言っているが、本当の目的は執事を雇いたいわけではなかった。 彼の幼馴染のフェンフェンを家に招き入れたかっただけだったのだ。 しかし、ダルムのズル賢い喋りによって、『幼馴染は病気にかかってしまい助けてあげたい』という意味で捉えてしまう。 フェンフェンが家にやってきた時は確かに顔色が悪くてすぐにでも倒れそうな状態だった。 だが、彼女がこのような状況になってしまっていたのは理由があって……。 私は全てを知ったので、ダメな旦那とついに離婚をしたいと思うようになってしまった。 さて……誰に相談したら良いだろうか。

結婚記念日をスルーされたので、離婚しても良いですか?

秋月一花
恋愛
 本日、結婚記念日を迎えた。三周年のお祝いに、料理長が腕を振るってくれた。私は夫であるマハロを待っていた。……いつまで経っても帰ってこない、彼を。  ……結婚記念日を過ぎてから帰って来た彼は、私との結婚記念日を覚えていないようだった。身体が弱いという幼馴染の見舞いに行って、そのまま食事をして戻って来たみたいだ。  彼と結婚してからずっとそう。私がデートをしてみたい、と言えば了承してくれるものの、当日幼馴染の女性が体調を崩して「後で埋め合わせするから」と彼女の元へ向かってしまう。埋め合わせなんて、この三年一度もされたことがありませんが?  もう我慢の限界というものです。 「離婚してください」 「一体何を言っているんだ、君は……そんなこと、出来るはずないだろう?」  白い結婚のため、可能ですよ? 知らないのですか?  あなたと離婚して、私は第二の人生を歩みます。 ※カクヨム様にも投稿しています。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

【完結】新婚生活初日から、旦那の幼馴染も同居するってどういうことですか?

よどら文鳥
恋愛
 デザイナーのシェリル=アルブライデと、婚約相手のガルカ=デーギスの結婚式が無事に終わった。  予め購入していた新居に向かうと、そこにはガルカの幼馴染レムが待っていた。 「シェリル、レムと仲良くしてやってくれ。今日からこの家に一緒に住むんだから」 「え!? どういうことです!? 使用人としてレムさんを雇うということですか?」  シェリルは何も事情を聞かされていなかった。 「いや、特にそう堅苦しく縛らなくても良いだろう。自主的な行動ができるし俺の幼馴染だし」  どちらにしても、新居に使用人を雇う予定でいた。シェリルは旦那の知り合いなら仕方ないかと諦めるしかなかった。 「……わかりました。よろしくお願いしますね、レムさん」 「はーい」  同居生活が始まって割とすぐに、ガルカとレムの関係はただの幼馴染というわけではないことに気がつく。  シェリルは離婚も視野に入れたいが、できない理由があった。  だが、周りの協力があって状況が大きく変わっていくのだった。

いくら時が戻っても

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
大切な書類を忘れ家に取りに帰ったセディク。 庭では妻フェリシアが友人二人とお茶会をしていた。 思ってもいなかった妻の言葉を聞いた時、セディクは――― 短編予定。 救いなし予定。 ひたすらムカつくかもしれません。 嫌いな方は避けてください。 ※この作品は小説家になろうさんでも公開しています。

処理中です...