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14 カイルside
しおりを挟むあの日からサーシャに会うために、国立図書館に用もないのにうろつくようになる。私の時間と彼女の時間が合わなければ会うことはできないわけで、ほとんどは空振りに終わった。それでも10回に一回は会える。それだけでも嬉しかった。あれほど疎んじていた元婚約者のサーシャにどうしてこれほど会いたくなるのか、彼女の顔を見ただけで胸が高鳴るのかソールに指摘されるまで私は気づかなかった。
「もう謝ったし、サーシャも許した。それなのにどうして待ち伏せするんだ? 何を考えている? またサーシャを傷つける気か?」
ソールは丁少し乱暴な言葉で私に詰め寄る。サーシャはいない。今日のソールはサーシャを連れていなかった。
「今日はサーシャは来ないのか? まさかまた寝込んでいるのか?」
ソールの怒った顔よりもその方が気になる。サーシャが病弱だと知ってから、彼女の顔色が悪いと気になって仕方がない。
「いや、サーシャは元気だ。今日は私に用があるから図書館へは連れていけないと言ってある。それにしてもどういうことだ? 今更だろう。サーシャは何も言わないが傷ついたんだ。私は彼女が傷つくのを見たくない。本気でないならもうここへは来ないでくれ」
「君はどうして彼女の父親に言わない? 私は彼には返しきれない恩がある。彼にやめてくれと言われたらここへは来れない」
「サーシャが言わないでくれと頼むからだ。でなければとっくに言ってる」
ああ、そうか。ソールも私と同じなんだ。唐突に理解した。自分がサーシャを好きなこと、そしてソールも同じ気持ちだと。彼の方がいいのかもしれない。私なんかよりもずっとサーシャを大切にするだろうし、二人が一緒になれば養子の手続きも簡単だ。もしかしたらマドリード伯爵もそれを狙って二人で行動させているのだろうか。だとしたら私に勝ち目は全くない。
「君は彼女を好きなんだな」
私がポツリと呟くとソールは突然頬を赤くした。
「そ、そ、それは関係ないだろ。それよりカイル伯爵は彼女をどうするつもりなのかと聞いてるんだ」
「私はただ彼女のそばにいたい。それだけだ。もう私には資格がないのはわかっている。だが少しでもいいからそばにいさせて欲しい」
「それは、まさかサーシャのことを好きだと言っっているのか? そんな話を信じろと?」
「今更だってことはわかっている。長い間、彼女を曇った目でしか見ていなかった。お金に買われたような気がして酷いことをした。だが今は目が覚めた。遅かったことはわかっている。だからそっと見守っていきたい。たとえ君と結婚したとしても、見守ることだけは許して欲しい」
ソールは驚いたような顔をしている。そして頭を振った。
「「伯父さんは私とサーシャとの結婚を望んでいた。それなのにどうして君と婚約させたと思う?」
「それは私に援助するために必要だったから」
「確かにそれもある。だが他にいくらでも方法はあった。君だってそれがわかっていたから買われたような気がしたんだろう。彼は娘の気持ちだけを考えている。たった一人の我が子のためならなんだってする男だ。だから彼女が望まないことは決してしない。サーシャは私との結婚は望んでいない。だから私と彼女との結婚は絶対にあり得ないんだ」
サーシャが望んでいない? どうしてそんなに確信が持てる? 私にはソールのそばにいるサーシャは楽しそうに見える。彼なら私のように傷つけることもない。
「だが私としては他の男に盗られるくらいなら君の方がいいんだが」
「本気で言ってるのか? 自分で彼女を幸せにする気はないのか?」
「君だってわかっているだろ。もう私は婚約を解消されたんだ。今更どうにもならない」
「また逃げるんだな」
「逃げてなどいない」
「いや、逃げている。告白して振られるのが怖いだけだ。本当に彼女が欲しいのなら立ち向かうべきだ。そしてサーシャを幸せにしてほしい」
ソールの話を聞いて何かがおかしい気がした。彼は私と彼女をくっつけようとしている。あり得ない話だ。今だって私がしたことを許せないと言っているのに何故、結婚させようとする?
「君は私を嫌っているだろ?」
「ああ、サーシャを悲しませた君は好きにはなれない」
「ではどうして私にそんなことを言う?」
ソールは私から目をそらした。
「それはサーシャが長くは生きれないからだ」
「は?」
長くは生きれない? 誰が?
「サーシャが説明していただろう? 隣国の医術の先生に診てもらってるって。その先生に言われたそうだ」
「いやそんなはずはない。サーシャは健康になれるって喜んでいたじゃないか」
ソールはそれには答えない。ただ首を振るだけだ。
「どのくらいなんだ?」
「わからない。ただ心臓が弱っていてあと五年か六年だろうと。田舎で寝て過ごせばもう少し長いかもって話だが、彼女がそれを望まなかった」
「え? サーシャは知ってるのか? つい最近だぞ。私に健康になれるかもって言ってたのは」
「あの日の夜に父親から聞いている。そして彼女は王都で暮らしたいと言った。君のそばに少しでもいたいと言ったそうだ」
まさかそんな話があるだろうか。私は彼女を傷つけることしかしなかったのに。私のそばにいたい? 彼女も私を好きなのか?
「おい、私の話を聞いているのか?」
「聞いている。彼女にプロポーズをする。そしてマドリード伯爵を説得する」
「よく考えたのか? サーシャは長く生きれない。それでもいいと言えるのか?」
ソールの言葉は胸に響いた。確かに深く考えていない。ただ彼女と結婚することしか頭になかった。それでも私はどんなに考えたとしてもやはり同じことしかできない。たとえ一週間後に彼女がなくなるとしても同じことをするだろう。
「サーシャが私を選んでくれるのならすることは決まっている。彼女の父親の説得には力を貸して欲しい」
「サーシャが望めば、伯父さんは反対したりしないよ。それよりサーシャを説得する方が難しいかもな」
幼い頃から頑固だったからとソールは笑って私の肩を叩く。確かになぁと思いながらも絶対に彼女を説得して結婚すると決意を固くした。
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