リターン

小鳥遊郁

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 真面目な生徒である池穂波が学校をサボるのは初めてのことだった。でも昨日も一昨日も彼と連絡が取れなくて不安になっていた穂波は学校とは反対方向へ向かう電車に乗っていた。鞄から携帯を取り出してメールを見るけど返事はない。
 悠人は一人暮らしだしもしかして病気で倒れているのかもしれないと穂波は不安だった。
 鳩村悠斗。二歳年上の彼と付き合い出したのは二か月前からだった。友達に誘われたパーティーで出会い、お互い一目ぼれだった。
   穂波の友人に超お金持ちのお嬢様がいて彼女に誘われて、パーティーとは無縁の穂波たちも参加したのだ。もちろんドレスなんて持っていないから私たちは全員彼女から借りることになった。
 パーティドレスを着るのも初めてでそれだけでドキドキが止まらなかった。彼は大人で別世界の人間だった。普段なら会ったばかりの男性と次の約束なんて絶対にしないのに、携帯の番号も教えて次の日曜日にはデートをすることになっていた。
 それからはあっという間の二ヶ月だった。でも彼とのデートは穂波には大人っぽすぎてついていけなかった。高級レストランでの食事に服が合わないときは高級な服をプレゼントされた。穂波は彼に合わせるために頑張ったけれど、高校生で庶民の穂波には合わせることが難しかった。いつも奢ってもらってばかりでは悪いので、穂波はファミリーレストランで食事をしたことがあったが彼は戸惑っていた。家族連れや学生で騒がしいファミリーレストランは悠斗には別世界だったのだろう。価値観の違いは二人の関係をギクシャクさせるようになっていた。穂波が悠人に合わせればうまくおさまっていたのだろう。でも穂波にだってプライドがあった。そこをうまく誤魔化せないところがまだ子供だったということなのか。
 最後に会った時もその事で喧嘩になった。悠斗は夏休みに海外へ旅行に行こうと言い、穂波はとても無理だと断った。悠斗とはまだ身体の関係はなく、その旅行でそういう事になるのだろうという事は分かるが、海外へなんて無理。パスポートでさえ持っていないのだから、両親に彼と付き合っている事さえ内緒にしている穂波には断る事しか出来なかった。その喧嘩が原因だったのか、悠斗と連絡がとれなくなった。はじめはもう知らないと怒っていた穂波だったが、流石にあれだけこまめに連絡を取り合っていたのに、二日も連絡がないと心配になった。悠斗の部屋には二回お邪魔したことがあり暗証番号も聞いているし、鍵も預かっている。もし彼が居なくても帰ってくるまで部屋に居座ってやろうと穂波は思っていた。部屋で待っていたらきっと機嫌を直してくれると信じていた。この時の穂波は悠斗に愛されていると疑っていなかった。
 マンションに着くと部屋の番号を押した。何回か押したけれど悠斗はいないようだ。穂波は鍵を使ってマンションの中に入りエレベーターに乗り、彼の部屋がある最上階のボタンを押した。
 悠斗の部屋の前に来ると流石に躊躇った。本当にこの鍵を使っても良いのだろうか? メールに一応『今から部屋に入るよ。部屋で待ってるから』と書いて送った。五分くらい返事を待ったけど返事はなかった。
 覚悟を決めて鍵を開ける。玄関に靴が二つ並んでいた。もしかして居るの? よく考えたらまだ八時だから居てもおかしくない。

「悠斗さん居るの?」

 なんだか嫌な予感がする。穂波はドキドキがする胸を押さえながら部屋の中へと歩いて行く。
 ダイニングのソファには脱ぎ散らかした服が散らばっていて、そこにはあきらかに女性の服と下着も男性の服と一緒に重なっていた。

「あなた、誰?」

 浴室のドアを開けて出てきた女性はバスローブを着ていた。バスローブ! 穂波には縁のない代物だ。でもこの女性にはとても似合っていた。

「ふーん。悠斗さんったらこんな子供にも手を出してるのかしら。悪いこと言わないからやけどする前に別れることね」

 穂波は映画の一コマに出演しているような現実味のない不思議な空間にいた。悪い夢でも見ているのだろうか。

「おい、大学に遅れそうだから早く帰って…えっ? 穂波、ど、どうしてここに。えっ?何してるんだ? 学校は?」

 悠斗もバスローブを着ており、昨夜二人で何をしていたのか聞かなくてもわかる。
 穂波は何か話そうと口を開いたが声が出ない。握っていた鍵を絨毯の上に投げると踵を返した。
 悠斗の呼ぶ声が聞こえた気がしたが穂波の足は止まらなかった。玄関で靴を履くとき二つ並んだ靴を見てそう言えば片方はハイヒールだったなと穂波は苦笑した。大人だったらこの靴を見てそのまま帰るのかも知れない。これを見て疑うこともしないで部屋に入っていくから恥をかくことになるのだろう。でもこれで良かったのだ。無理をして身分違いの恋をしたのが間違いだった。

「やっぱり悠斗さんの世界は私とは違った。手遅れになる前で良かった…」

 
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