最後ノ審判

TATSUYA HIROSHIMA

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第7話「消えない罪」

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 その後、憂汰たちは警察から事情聴取を受ける運びになった。取り調べが行われた視聴覚室には、憂汰、藤井絵美里、佐野莉々愛、茨木マミコ、橋田信照、真田遥輝、吉川舞雪、山田虎太郎、そして澤木亮の九人が呼ばれた。
 現場に居合わせた憂汰と絵美里は刑事から「石田さんはどんなことを言い残したか?」や「どんな表情をしていたか?」といったことを主に聞かれ、マミコ、橋田、真田、舞雪、虎太郎の五人は石田杏奈と近しい関係にあったという理由で聴取を受けた。
 一方で、警察が主犯格と睨んだ佐野、恋人関係にあったとされる澤木の二人は、「なぜ彼女は自殺するに至ったのか?」ということを根掘り葉掘り聞かれたという。しかし、刑事は石田の家庭環境などを鑑み、直接的な原因はクラスメイトにないと判断。当初は全員おとがめなしということだった。
 ところが事態は急変する。のちに、聴取を受けた八人のうち、誰か一人の鶴の一声で、石田杏奈の自殺の原因が佐野莉々愛にあることが判明する。それにより、佐野は一か月間の停学処分となり、ただ一人すべての罪を被ることとなった。その後、卒業までの間、憂汰たちの心には大きな傷跡が残った。
 確かに佐野が仕掛けた‘‘無視’’やいじめが原因で、石田は命を絶ったのかもしれないが、果たして憂汰や藤井に全く罪がないと断言できるだろうか?初めは誰もいじめだと気がつかない。ただ一人、いじめられている人間を除いて。
いじめる人間が周囲に同調圧力をかけ、周りもまた精神的な攻撃を開始する。そして、いじめられた人間が耐え切れずに、精神の破綻を迎えた瞬間に、これがいじめだったんだと、周囲の人間も後々になって気がつく。いじめはいじめられている側にしかわからない。いじめている人間でさえ、これがいじめの範疇だとは考えていないからだ。
 憂汰たち九人は石田杏奈の死を一生背負って生きねばならない。自らが加担してしまった罪悪感を抱えながら。

 その‘‘罪’’が生まれたあの日から、十年。いま、憂汰を初めとした八人は同じ遊園地で、同じ試練に直面している。
「さっきの看板って、もしかして石田のこと言ってるのかな」真田遥輝が口を開くと、全員の視線が真田の方を向いた。
「私たちがここに来たのは偶然じゃないってこと?」マミコの声は少し震えている。
「看板にいらんこと書いてあったからって、それがホンマに俺らのことを指してるとは限らんへんやろ」と橋田。
「ウタくんはどう思う?」藤井に突然問いかけられた憂汰は現実を理解できずにいた。
「僕は…なんだろう…虎太郎が言うようにここが異空間だったとして、抜け出すためには何かをしなくちゃいけないとは思うけど…さっきの看板の罪っていうのが石田さんのことを指してるのかは正直わからない」
 しかし憂汰も看板にあった‘‘罪’’という文字で、石田のことを思い出したのは事実だった。
「とにかくここで立ち尽くしてても仕方ないよ。他に誰かいないか探してみよう」マミコが皆を先導する。橋田や真田夫妻はマミコの後を追い歩き始めたが、ただ一人、マミコの意見に賛同できない人間がいた。佐野莉々愛だ。
「なんでアンタが仕切ってるのよ?アンタがリーダーって誰が決めたの?もとをただせば同窓会を企画したのも、会場をここにしたのも、全部アンタじゃない!こんなことになったのもアンタのせいよ」佐野は顔を真っ赤にして、拳を振り下ろしながらマミコに怒鳴った。
「なんでこうもイチイチ噛みつくの!?もう子供じゃないんだから協力するってこと学びなよ!第一、アンタを呼んだのは私じゃないわよ!」マミコも負けじと佐野の方へ歩み寄り言い返した。
「まあまあ…ここで喧嘩してもしゃあないから…な」慌てて橋田が仲裁に入った。
「とにかくさっきの看板にあった‘‘罪を償う’’っていうのが何なのかヒントがあるかもしれないから探してみようよ」虎太郎の一言で周囲の険悪なムードはいったん収まった。
 しかし、佐野だけは虎太郎の意見も気に入らないらしく、ブツブツと不平不満を垂れている。
 憂汰たち八人は園内を探索することにした。アトラクションの周り、普段はチュロスやポップコーンを売っている売店、人々の憩いの場であろう机やベンチといった場所を散り散りになって探索した。憂汰は虎太郎と藤井と共にヒントはないものかと、ベンチの辺りを見回ることにした。
 多くの人々で賑わっているはずの場所がガランとしており、辺り一面には枯れ葉や枝が散乱している。
「今でもさ…杏奈ちゃんのことをよく思い出すの」虎太郎が少し離れた場所を見回っている時、藤井は口を開いた。
「こんな時、杏奈ちゃんだったらどうするかなとか…杏奈ちゃんがもし生きてたらどんな大人になってたのかな…とか」
 藤井の言葉の一つ一つには寂しさがこれ以上なくこもっている。憂汰が藤井の方に目を向けていると、藤井もまた憂汰の方へ視線を向けた。憂汰はなんて答えたら良いのかわからず視線を背けた。
「ちょっとみんな来て!」肩越しから虎太郎が呼ぶ声がした。
 憂汰と藤井が虎太郎の元へ向かうと、虎太郎は一枚のチラシのような紙を手にしていた。
「この机の上に置いてあったんだ。これ見て」虎太郎が見ていた紙にはこう記されてあった。

「『最後の審判』
一人は罪を認め伴侶を得る
一人は罪を認め安らぎを得る
一人は復讐を選び死に至る」

憂汰、藤井、虎太郎の三人は一枚の紙を見ながら固まっていた。
「これどういうことかな?」
「さあ…」
 三人は意味深なメッセージが綴られたチラシを手にし、他のメンバーの元へと向かった。そのメッセージが何を意味しているのか、誰一人理解できる者はいなかった。
「それより今って何時?俺、腹減ってきちゃってさ」真田遥輝が不意に口を開いた。こんな場面で空腹を宣言するとは相変わらず空気を読めないというかなんというか。憂汰は学生時代から性格が変わらない真田を見て少し安心した。
「えっとね…今は…あれ?」舞雪が腕時計に目をやると時刻は十一時四十七分を指したまま止まっていた。
「さっきまで普通に動いてたのに…壊れちゃったのかな」
「見せて」虎太郎が舞雪の時計を確認する。
「誰かほかにも時計つけてる人いる?」
「はい」憂汰は手を挙げた。虎太郎は他のメンバーにも確認したが、皆スマホで時間を確認するため、腕時計をつける習慣はない。肝心のスマホは「煉獄」に乗る前にロッカーに預けてしまっている。
 憂汰は時計をチェックしてみた。不思議なことに憂汰の時計もまた十一時四十七分で止まっている。
「きっとこの時間に「煉獄」に乗って、こっちの世界に来たんだよ。だからその時間で時計は時を刻まなくなった。もしかしたら、ここでは僕たちがいた世界とは別の時間が流れているのかもしれない…」
「また始まった…オタクの戯言」佐野が茶々を入れたが、他のメンバーは妙に納得していた。
 ここにきてから数時間が経過しているが、太陽の位置は変わらず、日が照っているわけでも、日が落ちるわけでもない、夕暮れのような薄明かりの状態がずっと続いている。まるで夢の中にでもいるような感覚が憂汰たち八人の中にはあった。

 その後、一行は食べ物を求めて園内を散策することにした。憂汰は喉がカラカラであることに気がつき、園内の水飲み場で蛇口をひねってみた。しかし、水は出ない。虎太郎の見立てた通りの世界に足を踏み入れているとしたら、水道が通っていないのも妙に納得がいった。
 こうなるといよいよ食事にありつけるとは考えにくくなってきたと誰しもが思った。そうこうしているうちに憂汰たちは園内にあるホテルの前に到着していた。
 恐らくは「FUJIYAMA」と書かれていたであろう入り口付近の看板は「FUJI」という文字だけがかろうじて読める程度。その他のアトラクションと同じようにホテルもまたさびれ切っている。
「こんなところに飯があるとは思えないよな」真田が不満を漏らす。
「でも、一応行ってみようよ」憂汰の喉は限界に達しており、しゃがれた声を振り絞った。中に入ってみると、外見ほど室内はさびれていなかった。フロントを見回してももちろん誰もいるわけがなく、橋田の「こんにちは」という声が大きくこだまする。
「こっちだってよ」早く食事にありつきたい真田は一目散に「宴会場」と書かれた方向へと歩み出していた。皆がそれにつられるようにして歩いていくと、そこには机と椅子がいくつも並べられた大きな食事会場があった。しかも驚いたことに、ここだけは周囲の雰囲気と全く異なり、きれいに整備され、さながらどこにでもあるようなレストランのようであった。
「なんやねん!?ここは?」
「ここだけなんで綺麗なの?」橋田とマミコは驚きを隠せない。
「とにかく飯!飯!」
「ちょっとは不思議に思いなさいよ」食べ物のことしか頭にない真田を落ち着かせるように妻の舞雪が言った。
「見て…あそこ」虎太郎が憂汰に視線をむけるよう指さした方角には、なんとズラッと料理が並べられている。
「まあ大した料理じゃなさそうだけど今はそんなこと言ってられないし」佐野は捨て台詞を吐いたものの自らの空腹には勝てないようだ。
「なんかビュッフェみたいだね」藤井が憂汰と虎太郎に言った。
「でも本当になぜここだけ綺麗なんだろう?しかも料理まで用意されてるし…」憂汰は不思議でならなかった。
「もしかしたら長期戦になるっていう神の思し召しとか…」
「ありえるね…」憂汰と虎太郎が考えを巡らせている中、他の連中はすでに皿に料理を盛りつけ、席につこうとしている。
「お二人さん!理由なんて後で考えればいいじゃん。まずは食おう食おう」真田が大声で言った。周りからも「そうだよ」という声がする。
 憂汰、虎太郎、そして藤井の三人も後に続き、料理を皿にどんどん載せていく。和洋中さまざまな料理が並べられ、主食に関してもご飯やパン、さらにはパスタまでもがあり、至れり尽くせりといった具合だった。
 憂汰はとにかく喉が渇いていたため、水を一杯コップに注ぐとそれを一気に飲み干し、続けて食事用にとオレンジジュースをコップに注いだ。
 どこに座ろうかと思案する中で、二つのグループに分かれて席についていることが分かった。
 橋田、マミコ、真田夫妻は同じテーブルについているが、佐野だけは離れたテーブルに鎮座している。憂汰たち三人は迷わず四人が座っているテーブルを選択し、席についた。
 憂汰は、その時チラッと佐野の表情を見たが、見るからに不満げな表情を浮かべていた。
 皆、空腹だったのだろう。夢中になって皿に盛りつけた料理を口の中へと運び、宴会場にはそれぞれの咀嚼音と食器にフォークが当たる音だけがこだましていた。すると、藤井が一度、佐野の方を一瞥してから、そっと口を開いた。
「実は私なの…佐野さんをここへ呼んだのは…」
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