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第10話 災厄、喉を潤し、胃の腑に収める。

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殿下と私を襲撃した奴らの片割れを担いで、ガラスが粉々に割れ落ちた大窓のサッシを跨いでいく。少し中に入っていくと、散乱したガラス片をシューズが踏んでがガシャッ、ガシャッときしみ音が出る。
 ふと、足元を見るとテラスから蹴り込んだ片割れの1人が崩れたガラス片に埋もれている。よく見ると肩が少し動いているようだ。
 まあ、襲撃なんて闇の仕事をするぐらいだ。体の鍛錬もしているだろう。これぐらいでくたばるなんてことはないはず。そんなに心配はしていないよ。
 こいつが窓を割って中に飛び込んだ余波なんだろう、料理が置かれていた幾つかのテーブルが傾いて転がっている。肉や野菜、果物がテーブルの上の盛り皿から溢れ、床に散乱してしまっている。開かれていたのだろう極上のワインの瓶も転がって、カーペットに中身を溢している。

「丁度良いねぇ。喉が渇いてしょうがなかったんだ」

 肩に担いだ奴を床に落として、傾いだテーブルへと向かう。
 うまい具合にずり落ちたのだろう、ローストチキンがぶちまけられることなく大皿の上に残っていた。

「おほっ、都合よく酒のつまみまであるよ。小腹も空いてるところだ。助かるね」

 綺麗な飴色に焼かれた丸鶏の足を持って引きちぎる。腹に香草でも詰められたんだろう。ハーブとスパイスの香りがほんのりと肉から香り、食欲を誘う。踊ったり、暴れたりしてよほど腹が減っていたんだろうね。
 肉を頭上にあげ、雛鳥のように唇を上下に開いて口に落とし込んでいったよ。噛み込んだら、肉汁の多いこと、多いこと。また、それがスパイシーで美味いんだ。口の中に収まりきれずに唇のは端から垂れてしまったよ。



 あら、はしたない。ごめん遊ばせ。一応恥じらい、目を細め、周りを見渡していくと、

「殿下! そしてアデルも」

 大窓の横にある出入り口のドアを開けてふたりが入って来るのが視界に入り込む。大窓はガラスが既に崩れ落ちて吹きっさらしになっているのに律儀なことだね。

「ごゆっくり、来ましたね。この鶏肉が美味いこと! 美味いこと! 早く来て食べないとなくなってしまいますよ」

 私は、丸鶏の足をもう一本を捻る。力の入れ具合を間違ってボキって骨を折ってしまったようだ。仕方ないとそのまま力に任せて肉を引きちぎる。ちぎれたれた先から赤いものが滲んできた。骨に残る髄液だ。これは滋養もあってオツな味なんだ。
 このままじゃ勿体無いって骨つき肉を顔近くまであげ、口をその下に持っていって垂れた雫を舐めていく。舐めきれなかったので唇が汚れてしまった。舌舐めづりをしてこそぎ取っていく。




「姉上、意地汚いですよ。それに……」

 近づいてきたアデルが、ブツクサ言っている。それに、まだ何か言いたそうだ。

「それにって、何があるんだい」

 指に付いた肉汁を舐めながら聞くんだけど、

「………」

 どうにも、しどろもどろで言葉になってない。殿下共々、ソワソワしてるよ。
 全くなんだって言うんだい。仕方ない、ワインでも飲んどこう。そういえばイバリが干からびるぐらい汗をかいて喉が乾っからだったっけ。
 下を見ると丁度足元にラベルの貼られたワインボトルが数本転がっていた。1本を取り上げて、近くで倒れているデーブルの足に腰掛けた。手に持ったボトルを見てみると、

「ほうっ。これは、これは」

 葡萄の産地で、銘酒を作り出す格式が高いワイン蔵。しかも年代物のビンテージワインじゃないか。
 乾き切った喉も鳴ってしまいます。早速と思って、色々と皿やら料理やらが散らばる床を見てもワインオープナーなんぞ、見当たらない。
 かと言ってボトルを割るのは持ってのほかだしなあ。結構な値段で売れたりするんだよ。歯で咥えて引っ張る………、なんか歯が折れそうで嫌だなあ。
 考えあぐねていると頭にピンッと良いアイデアが浮かんだのよね。
 ドレスの袖口、手根の辺りを探ると太針が仕込んである。バネを使って打ち出すようになっているんだ。
 そのまま刺したり、投げナイフ代わりにも使えるものなんだ。
 得物を引き出して、ワインボトルのコルク詮に少し傾けて奥まで刺していくんだ。そしてそれを真っ直ぐに引いて掻き出すようにするだ。太針を刺したりコルクが裂けないように、焦らないで引き出す。ボンっという小気味良い音を出して栓が抜けた。
 


 そしてボトルを上に掲げて、それを傾けて中身を口の中に流し込むんだ。唇から舌を長く伸ばしてワインを受け止めていく。
 乾き切った体がワインを極々と飲み干していく。ゴクン、ゴクンと喉がなっていく。なんとも心地よい熟した果実味、やわらかいまろやかな酸味、落ち着いた奥行きのある優しい渋み、

「うまっ」もとい、美味しい!」

 と思わずつぶやいてしまう。
 それが五臓六腑に染み入っていくのがわかるよ。体の中が炙られているように熱くなっていく。
 しかし、ワインの勢いか強すぎて飲みきれず、唇の端から溢れて顎ををつたい、滴り落ちてしまう。ガウンドレスにも溢れ出た酒を飲ませてしまう。

 折角のワインなのにね。仕方なく、唇を汚した赤いものを手の甲で拭っていく。アルコールが入って熱くなった体を昇り、頬を赤く染め上げていく。酒精に遊ばれた瞳がトロンと蕩けてしまった。
 ホウッて熱い吐息が溢れてしまう。暫く、その悦楽を楽しんだ。ふと、気づくとアデルと殿下が居づらそうにモジモジしてる。私を見てくる顔が赤い。




 彼らもワインを飲んだのか? なんて思っていると、 

「ゾッ、ゾフィー殿、貴方はなんと艶やかな………、なんと沸る……、、如何にも腰に沸き立つものが………」

 殿下が目を爛々とさせて、なんか言ってる。
 ほんの少し酔いに浸かった私の頭じゃ、何が言いたいのかわからない。

「殿下ぁ、なんか褒めていただいてるのかな? よく聞こえないんです。はっきりと言ってもらえますか?」

 なんて、聞き返してしまう。

「姉上、エッチい過ぎます。リビドー垂れ流しで、何、ひとりで悦に浸っているんですか
嫌らしい。不潔ですね。うさぎじゃあるまいし」

 なんか、アデルが身も蓋もないことをぶつくさ言ってる。

 酷くない! 動き回って空かした腹を満たし、乾いた喉を潤しているだけなのに。

 なんだって! 私は、年中、発情して、雌鶏が腰振ってるように見えるっていうのかい。

 ちょっと、やめてよねー。殿下が誤解するじゃないか。




「物欲しそうな仕草で、美味しそうに飲み下す仕草が、イヤラシイ。甘っさえ、飲み干す仕草まで淫靡だ。痴女ですか! 姉上」

 ちっ、痴女! 

「チッ、チチっ、痴女ってなんぞね。全く、姉をなんだって思ってるんだい、アデル!」

「そのままの意味じゃないですか。欲望丸出して肉をしゃぶりあげ、情動剥き出してすすり上げる」

 全く、殿下の前で私のこと、春をひさぐ女みたいに遊び尽くしているように話すなんて、   

「アデル、ちぃーっと、喋るな」

 誤解されたら、どうするんだい。

「殿下、違いますからね。私は、そんな好色な女ではありませんよ」

 彼に、勘違いでもされたらたまったものじゃない。私は殿下の目を真剣に見つめて、



「殿下の前にいるのは、ひとりの手弱女。貞淑な女でございます。そういうのは、己の決めた唯一の殿方と袵の上で2人だけの逢瀬の時にいたしますって」

 自分の体を掻き抱くような仕草をして、一途な女らしさを醸し出していく。

「わかっております。姫よ。貴方がそんな方ではないということは存じております」

 さすが、殿下だね。私のことをよく理解してくれている。でもアデルが彼の後ろで手で顔を押さえて呻いている。

「姫よ。私くしたちの未来のために、是非、閨でどっ、どう営みをされるのかを、ご教示していただきたい」

 私は、脱力してポカンと口を開けてしまった。開いた口が塞がらない。

えっ、どういう事。私くしたち?
えっ、閨?
えっ、営み?

えっ、そういえば、そういう立場の袵教育って、お付きのメイドの役目だって井戸端のメイド談義で聞いた時あるよ。

「えっ、殿下。本気で言ってらっしゃいますか?」

 ポロリと、私の口から、言葉が溢れてしまう。
殿下は、首肯する。目を見れば真剣な眼差しだ。

 殿下ぁ。私に、それをしろと言われるのぉ。ご無体なぁ 。そういうのは、もっとハイクラスの経験豊富な方となさいませ。こんな泥に塗れ、地に落ちて転落した小娘なんぞ目を向けなさるな。なんせ、私は未………。

なんか、参ったね。 




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