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第7話 災厄、欲望渦巻く原野にて、舞う・舞う・舞う

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「では、ククルス様、参りましょう」

 私は踵を返して、殿下とアデルを率いて人々の群れの中へと入っていく。
 その時に、また、先ほどと同じに公爵に耳打ちする侍従の姿を目の端を掠めた。
 私は素知らぬふりをした。そのまま歩いていくと壁際にはテーブルが置かれ、その上に贅を尽くした料理が大皿に盛られて置かれていた。

 スープチューリンへは、

とろみの付いたウミガメのスープ

 大皿へは、

ビーフ・コンソメの冷製
鮭のパンケース詰め胃袋の煮込みドミグラスソース添え
仔羊のカツレツ
鹿の腰肉のソースかけ
鴨肉のピゥレ・パイナップルソース添え
新鮮な野菜に綴織サラダ
雌鶏のロースト ホウジロ添え
アスパラガスのムスリーヌソース掛け

 招待客は、それを小皿に取り分けると、ほとんど手づかみで口に入れている。

近隣での猟で駆り立てのカモシカの丸焼きなんか、千切ってソースをつけてパンに載せて丸齧りもしている。

 その横にはデザートとして

スパークリングワインのグラニテ
パイナップルのパイ
ワイングラスに入った小さな砂糖菓子
チョコレートケーキ
ホイップクリームたっぷりのコーヒーにバニラ風味のパン


 おいおい、あんなの見た事も食べた事も無いよ。
 ステイに締め付けられて、入れることができないはずの胃までギュルギュル食い物を所望と唸り出す。唇から涎が溢れそうだ。

 目の毒だとかそんな光景から視線を引き剥がして広間を見渡すと小編成の楽団が音楽を奏で、そのゆったりした音楽に合わせて、数組のカップルがフロアでスルスルと廻りポールダンスを楽しんでいた。パートナーのスカートが翻り妖精が舞う園みたいになっていた。


すると、殿下が近づき耳打ちをしてきた。

「言われた通りにしたのですが良かったのですか? その後は、物凄く緊張しました。呼び止められた時なんか心臓が止まるかと」
「はい、エクセレントです。十分以上の出来でしたよ」

 私は殿下の耳元に顔を近づけ、

「しかし殿下、次からは、彼方らから仕掛けくると思われます。くれぐれも油断目さるな」
こちらの素性は、すでに割れている思って間違いはない。

「わかりました。貴女の言うとおりかもしれません。気をつけましょう」

 と言って、殿下はあたりを見渡して、キョロキョロしている。
 これでは、自分は不審人物と言っているようなもの、思わず、笑みが溢れてしまう。

「ウフフ。で ん か! 肩に、そう力入れなくても大丈夫ですよ。すぐには来ませんて」

 余程、私がニマニマしてきたのだろう。殿下は顔に不機嫌を表す。

「そうかい」
「そうですよ」

 そんな殿下のムッとした雰囲気を紛らそうと、

「そうだ、折角ですからパーティを楽しみませんか。私は、料理が大変気になります」

 それを聞いて殿下は私のストマッカーを凝視する。

「そんな着飾って、食べ物は入らないとご婦人方にきいてるよ」

 殿下に呆れたとの顔をされた。
 私は彼へ向いて、腹に巻かれてたステイの上のストマッカーをポンと叩き、

「腹ごなしで一曲ワルツでも、いかがでしょう。動けば腹も粉れて、食べられますって」

 意地汚い理由で殿下をダンスに誘う。古今東西、こんな理由で王族の殿方をダンスに誘うなんて、私ぐらいだろうて。おかげか殿下の表情が解れてくれた。
 そのまま、微笑みが深くのを感じる。

「良いでしょう。さあ、姫様、私めと一曲踊って頂けますかな」

 ヒェッ、乗ってきちゃったよ。

 殿下は跪きボーイング・スクラっっピングを挨拶を返してくる。
私は右手を殿下に差し出す。

「喜んで、お受けしますわ」

 彼は私の手を取ると立ち上がり、私の側に寄り添い脇をを開ける。
殿下がエスコートをしてくれるの。国中のレディ垂涎もの。

「白き香りの乙女をエスコートすることの栄誉を頂き光栄の極み」

 殿下、貴方の歳は幾つ? どこでこんな事を教えてもらったの。

 私はといえば彼の脇に手を差し入れて、

「麗しき殿方に、導いてもらえるなど史上の喜びでありましょうや。今宵、この身を御身に預けてもよろしいでしょうか」

 
そして彼の腕を私の体に抱き寄せる。ステイで絞り出された乳房の柔らかさがわかるんじゃ無いかな。チラッと横目で殿下の顔を見ると、頬が赤く染まっている。
 あれだけ大人びた話をしてたけど、

 ふふ、

 まだまだネンネなんだね。私は腕を抱き寄せる力を増やす。

「すっ、すいません。腕を引き寄せる力を緩めて頂けますか。このままでは歩きづらい」

 殿下は身じろぎをした。

「あら、ごめん遊ばせえ」

 これくらいにしといてあげる。頬を染める彼の顔を見れたんだ。この歯に噛んで赤く染まる顔は宝物だね。
 私だけの記憶に留めます。
手に込めた力を緩めてあげる。

「では、参りましょう」

 私は言う。

「はひっ」

 殿下は、しどろもどろ答えてくれて私をエスコートしてくれた。
 ボールルームダンスを踊る輪に向かって。妖精舞う花薗に向かって。
そして、数組のペアが踊るスペースに入ると、


「白き乙女 では」

 殿下は左前に手を掲げてリクエストをしてきた。
 私は口角を上げて彼が脇の下から彼に近づいていった。伸ばされた腕に手を添わせて乞い願う彼の手と重ねた。
 そして微笑んだ顔を彼に向けると、殿下に体も寄せて預けていく。彼はライズをしつつ傍から腕を通して私の肩甲骨に手を添えてくれる。
 私は、彼の右の二の腕に手を置く。そのままシェイプをしつつクローズドポジションでホールドを決めていく。

 奏でられる緩やかな音楽に合わせる。私が軸足を引くに合わせて殿下が効き足を差し入れる。
 そして私に無理をさせず、ターンの始まりを誘うように手を取ってスイング。二歩目の彼の軸足は、それに合わせて踏み込みつつ体の向きを変えていく。私も、そに合わせてくるり向きを変えて足を揃える。

 ワンツースリー、ステップ・クルン・クローズ。ナチュラルターン。
それをクルンと、もうワンセット。
 次は彼が利き足を引くに合わせて私が足をそこへ差し込み、向きを変えずにステップ、2人して後退をして足を揃える。
 ツーツースリー。ステップ・スイング・クローズのクローズドチェンジ。
 最後にもう一度スルリとナチュラルターン。
 
 そこの中で一度、顔の向きを変えてプロムナードポジションへ変化。ターンをして、シェイプを深めて一曲を終わる。互いにぶつからないよう、引っ張らない、押さない。自分勝手に踊らないように動いていく。私に自然と向き替えとターンを促していく。無理強いしないんだ。殿下のどこが未熟? 
 幾重にも練習をしてかなりの経験をお持ちだよ。私は舌を巻いた。

 私の中で殿下へ信頼感が上がり、期待が膨らむ。上手に踊れそうだ。
「殿下、もう一曲、お願いできますか」
「姫様、願ってもないこと。光栄ですよ」
もう、胸の中で心臓がバクバクしてしいるよ。




 すると殿下はクンッと鼻を引くつかせる。

「あっ、殿下。どうかされましたか?」

 殿下は、周りをキョロキョロと見渡す。

「ああっ、香ってきたよ」

 殿下は言う。
 えっ何が匂うのう。私って変な香りがするって言うの。

「私って匂いますか? 汗はそんな掻いていないのですけど」

 いやだぁ、殿下を不快にさせちゃったのかな。どうしよう。

「違いますよ。一曲、舞ったおかげで香りが周りに振りまかれたんですよ」

 殿下が朗らかに、訳を言ってくれた。よかったぁ。マーサに塗されたフレグランスの香りだったんだ。

「先ほどまで香りが強過ぎて、近過ぎて逆に感じられなくなっていましたが、程よく香っているようですよ」

 私も周りを見てみると、こちらをみる人の顔が感心したように『ほうっ』っと解れている。
 やったね。渾身のエッセンスが大広間を香りで染めているよう。マーサありがとうねー。

「では、白き香り乙女よ。再び舞われて香りを一層広めましょうぞ」
「はい、殿下」

 すると、大広間で楽団が奏ででていたワルツが変わった。
 新しい楽譜だね。この前奏は知ってるよ。最近、巷でもいる聞く機会が増えてきてる。

 敵対する家同士の若い男女の恋が愛が綴られた悲恋のストーリー。その怒涛の展開が話題になったんだよ。こんな恋がしたいって街の至る所で語られていたね。

 そして殿下が左手を掲げる。彼のリクエストに応えるべく、彼の手を取る。すると彼はその手を上に上げていく。

  そう、くるか。

 私は、一歩、彼の足元へトゥ、利き足つま先を踏み込ませて捻り彼の体の間近で手を掲げたままターンをする。
 殿下に回されているように見えちゃう。スカートが翻える。

   スリーアレマーナ・ライト。

 くるりと周り彼に背をむけたところで止まって手の捻りを戻すように反対方向へ、彼が私を回す。くるーんとターンをした。

   スリーアレマーナ・レフト

 つられてスカートも大きく広がってクルリスルリと回っていく。
 なかなか粋な始まりを演出してくれるよ。
 そうしてお互いに半歩ズレた位置で向き合ったところで殿下が片手を私の背中に回し抱え込む。
 私も彼の二の腕に手を重ねていく。

「では」 

 殿下が合いの手を出してくれた。体を左右に振って調子を取るワインドアップから彼のトゥが私の足元に踏み込まれる。
 私は、それに合わせてバックステップ。利き足を引きつつ横へスゥイングさせた。そして足先を合わせていく。

   ステップ・スウィング、クローズ。フロント

 次は私が軸足を引く。殿下もそれに合わせてシューズ!を差し入れていく。

   バックステップ・スウィング、クローズ。リアへ

 これがコンビネーションのボックスターン。
 殿下はリードを無理強いしない。あくまでも、こうしましょうかと誘ってくる。私はそれに答えていくだけ。
 なんとなく気分いい。沸き立っていく。
 殿下が左手を差し出しつつ、軸足をフロントステップしてくる。
 脇を支えられているから安心してシエィプを深めて彼の体に沿うようにしてターンをする。そのままの勢いでサイドに殿下と足を揃えてスライドするシャッセから彼が二歩、脚を後ろに引き、姿勢をなおしてフロントにステップする。流れの向きを変える、

   アウトサウドチェンジ。

 いきなり、殿下が耳打ち、

「行きますよ」

 えっ、何が? 
 
 考えるまもなく彼は重心を軸足に乗せて左手を掲げていく。すぐに反対側に重心を戻していく。両サイドに体を振るようなワインドアップ。そして、殿下が軸足を力強く振り出す。
 私は彼に合わせてバックステップをしつつからだを捻る。

 あれ? スイングの勢いがあるよ。

 いつもより高い場所に組んだ手が上がる。刹那の構えの後、その手と手は弧を描いて振り下ろされた。肩甲骨にある手が抱きせられて体が殿下に引き寄せられる。腰が彼の体に乗るように、彼の足の導かれるようにターンが始まる。
 クルン、そしてクルン。
 シェイプした体制のまま、目の前の風景が回る。オフホワイトのスカートも翻るのが感じられる。
 翻るに任せて芳醇な香りも広がる。優雅な香りが散りばめられる。

 力強いけど強引ではない、見事なリード。私は抗う気持ち起きないぐらいに自然と彼について舞ってしまった。安心して任せてしまった。

 えっ、これって私は彼を…

 殿下は私の手を上にリードする。そして彼に導かれるまま、再び体をくるりと回される。

 スリーアマレーナ・ライト

 フローラルの香りも舞う。
 そして、左に回されてくるりと回される。もう、彼の為すままになってしまう。

 スリーアマレーナ・レフト

 更にフローラルの香りが舞う。
 態勢が戻り、ホームポジションへと治していく。彼の二の腕に私の手を置いた。
 なんでだろう。頬が熱い。プロムナードポジションにでも切り替えて殿下の顔を見たいけど、恥ずかしくて動かせない。
 そんな私に、殿下は、又、耳打ちをする。

「もう一度」

 えっ、また! 次は何?

 考える遑も与えず、殿下は大きくバックステップ。握り合った手と手を引き下ろし、大きく弧を描くようにリードをする。
 私は一度、態勢が沈みこむも、伸び上がるように導かれていく。
 私は自分の軸足を彼の軸足に沿うように絡めていくようにして体を入れ替えるスピン。そしてターン。足は添えたまま、もう一度スビンターン。
 女性らしいとされる香りが振りまかれる。
 さっきより勢いよく回った。景色の見え方が違うんだよ。
 チラッと見えた殿下の顔が笑っている。余程、上手にできたんだろうね。自信に満ち溢れていたよ。
 私だって彼に任せればって思ってしまった。この体を委ねてしまえばってね。

 スピンが終わり、ホームポジションに戻る。演奏も終わり、静けさに満ちる。
 自分から振りまかれた甘い優雅な香りの中、今の舞の余韻を楽しんでしまう。すると、広間の一画から

 パチパチと拍手が、そしてフローラルの香りあふれる大広間全てから拍手が湧き上がり、喧騒が広がった。

 私と殿下はそれに応えようと大広間のギャラリーに向い、手を優雅に振り上げ、そのまま回し広げていく。膝も頭も下げてレヴェランスをする。
 暫く、その姿勢を崩さないように挨拶をし続けて、徐に、その場を去った。

「流石に二曲も立て続けに踊って、熱ってしまいました。外に出て風にあたり、冷ましとう御座います」

 体を動かして、暑くなっただけではないのは自覚している。

   私は殿下を……

 こんな落ちぶれて、剣呑な世界にしかいられない女の私が、一時とはい、天上人とも言える殿下とダンスできたんだ。一夜の夢と思ったっていいじゃない。ねえ。

「殿下。お見事でした。私を優しくリードしていただきありがとうございます」

 ひとときの思い出をくれた感謝を込めて賛辞を伝える。
 私が褒めたおかげかな。満更でないって顔に書いてある。

「しかし、どこが未熟なんですか? 完璧じゃありませんか」

 縁がないと言って、ダンスの練習すらサボっていた私が曲がりなりにもにも踊れたんだ。大したもんだよ。殿下の力あってこそだ。

「まだまだだそうです。ダンスの世界は奥深い。己は未熟として、いつも精進しろって言われてます」
「いい先生じゃありませんか」

 そんな先生に教えてもらっているから、上達も早いんだ。
 殿下は、私より年下なんだよ。将来、どこまで成長するか楽しみだ。
 私とは今夜限りだから未来のことはメイドの井戸端談義で聞くことにして楽しみにしよう。

「いえいえ、あなたも見事でしたよ。どこが苦手なんです」
「お褒めに預かり、光栄ですわ」

 殿下は、目を丸くして話してきた。
 本当に殿下のリードがあってこそなんですからね。他のボンクラたちじゃ、ああはいかない。足先を踏みまくって、パートナーを投げ飛ばしてしまいかねない。
 と、いうか、実際にダンスの先生をぶん投げてしまった黒歴史があるんだね。それ以来、噂になって教えてくれる先生を探すのに苦労しましたって母上が言っていたっけ。えへへ

「もっと誇っていいですよ。並の淑女なら、スピンの途中で踊ることができなくなります」
「殿下のおかげですよ。でも酷い方。そんなに難しいフィガーをさせるなんて」

そうだ、そうだ。練習すら、ろくにできていない私に難易度高いスピンやターンだよ。

「まあ、剣なんか振り回している野人ですから、体を動かすのは得意なんです」

 運動神経はいい方だと思っている。出なきゃ戦場に出て生き延びるなんてできない。
 だから殿下が優しく無理強いはしないけど、ここぞという時にこうしようって導いてくれたからなんだからね。貴方みたいな殿方なら私を任せてもいいのかな。

「貴方だから舞い切れるって思ったんです」

 ああ、なんてことを言ってくれるのよ。
 可愛いとか、綺麗とか、優しいとかはもっての外だけど、ここぞという時に道を示して支えてくれそうだ。嫋やかになってあげるよ。私も殿下を支えたい。

 うわぁ、なんて烏滸がましいこと考えているんだ。一介の剣振り回している野人だぞ。

 戦場で並び立ちたいとか、更にパートナーとなって、行く末は、けっ、けっ、結婚して子供までとか、しょうもないことが頭の中に散らつく。
 でもね。本当に、本当に。いい夢、見させてもらったよ。希望なんて持ち合わせてなんかいない。

「ありがたい言葉ですね。褒め言葉として受け取っておきます」

 そんな話をしながら大広間からテラスへと渡っていける扉を出ていった。


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