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第6話 災厄、飼豚に談判して言い逃れる。
しおりを挟む公爵は慌てている。娘であろうと臣下の面前で、悲鳴を漏らすなど失礼以外何者ではない。
しかし、彼女は恐怖に慄き、言葉を話すこともできずに、フルフルと首を揺らすのみだった。実は、殿下には、私が口上を奏上している時にマスクを外すように話をしていたんだ。ピサンナ様は彼の素顔を知っている。彼女は殿下とは、よく接触してきたんだろう。ブロンドの髪から覗く碧眼。直ぐに殿下とわかったに違いない。直接には王子暗殺には関わっていないとしても、公爵から、このマスカレードの意味を聞いていたんじゃないか。
「ええい、娘が失礼を。其方らにはすまぬ事をした」
そして公爵は侍従を呼び、耳打ちをしている。そのうちにレディーズメイドが現れて、ピサンナ様を抱えるように立ち上がらせて、奥へと連れていってしまった。
「汝らは、ごゆるりと楽しんでいかれよ。ささやかながら食事も用意しておる。酒もある。ダンスなども楽しんでいかがかな」
「丁寧な御配慮、痛み入ります。閣下のご厚意には甘えさせていただきますゆえ、これにて」
私たちは返礼をする。ドレスの裾を持ちカーテシー、殿下とアデルはボーイング・スクラップピングで、そして体の向きを変えて、公爵の前を退いていく。
すると背中の方から、コソコソと何やらが耳の中をくすぐる。視界の端に侍従が公爵に駆け寄るのが視界に紛れ込む。
「閣下、ピザンナ様が、彼の者が殿下ではないかと申されております」
微かな音でも、聞き分けることができるように、小さい頃から訓練しているおかげで聞くに造作もない。
「なんだと、そんなことがあるはずがない。彼奴は、既に…。だれぞに見に行かせろ。ピザンナも落ち着き次第、ここに戻せ。見分させる。急げ」
「閣下、いっそのこと彼の者たちを…」
「なんだと…」
公爵の頭の中でいろんな考えが嵐となっているだろうて。
そして、
「白き香りの乙女よ。暫し待たれよ」
背中から、公爵に呼び止められる。ははぁーん。こっちを疑ってきやがったな。でもね。それは、こっちの目論見通り、
「なんでありましょうや? 閣下」
私は、振り返る。顔に笑顔を貼り付けた。心内ではほくそ笑んでいる。
公爵の喉が何かを嚥下したように動く。
私はどんな顔をしていたのだろう。公爵は喉から手が出る表情晒していた。直ぐに正気に戻って、
「乙女よ、お主の側におる白きコートを羽織るものは誰か?」
早速、こちらの誘いに引っ掛かった。
「私くしを、呼ばれたのではありませんのね。残念なこと」
一応、自分のことではないと気落ちした表情をしておく。
「勘違いするでない。そちには後ほど使いのものを寄こす。今はそちらの若き男のことだ」
私は、すぐ様、微笑みを顔に貼り付けて、呼ばれることに喜んでいる小娘の顔をした。
「まあ、残念。この者でしたね。ククルス・ハンフリー・ランカスターと申します。社交に出る前に雰囲気に慣れたいと付いて参りました」
名前は偽名だ。一応、私のバイエルン家の家門に連なる名前なのだけれど、
「もしや、ルイ殿下ではあるまいかと言うものがおってな」
私は、スカートのスリットにあるポケットからパーティファンを取り出し半分展開して口元を隠した。表情を悟られ辛くなるし、目上のものに大口開けて喋ることはレディの嗜みに反してしまう。
「よく言われます。金髪に碧眼でしょ。間違われることも多分に。マスクを取れば殿下とは比べるまでもない間抜け顔。別人にございます」
「しかしだな」
「当人にとって、自分の顔を晒して、皆に殿下と似ても似つかずと笑われたりなどすれば、社交に出ることも出来なくなりますゆえ、マスクを外すのはご遠慮させて頂きとう御座ぅいいます。伏してお願いするものであります」
私は、片手でスカートの裾を掴み、頭を軽く下げる。薄く微笑んで。
殿下すみません。卑下することを言ってしまいました。後でいかようにも叱責を受けますのでご容赦を。
公爵の喉が再び動く。
頭を下げた時ににやけた唇見られたのかな。ファンで隠したんだけどなあ。
「あい、わかった。引き止めて、すまなかった。若者の芽を摘むわけにはいかんからな。まあ、今宵は楽しまれよ」
「はい、あり難き幸せに存じます」
ファンを下げて、笑みを公爵に見せてやった。
三度、公爵の嚥下する。
なんとか、乗り切れたようだ。安堵が微笑みを深くする。よっぽど艶っぽく見えたんだろう。このスケベ爺いめ。
「では、ククルス様、参りましょう」
私は踵を返して、殿下とアデルを率いて人々の群れの中へと入っていく。
その時に、また、先ほどと同じに公爵に耳打ちする侍従の姿目の端を掠めた。私は素知らぬふりをした。そのまま歩いていくと壁際にはテーブルが置かれ、その上に贅を尽くした料理が大皿に盛られて、置かれていた。
スープチューリンへは、
とろみの付いたウミガメのスープ
大皿へは、
ビーフ・コンソメの冷製
鮭のパンケース詰め胃袋の煮込みドミグラスソース添え
仔羊のカツレツ
鹿の腰肉のソースかけ
鴨肉のピゥレ・パイナップルソース添え
新鮮な野菜に綴織サラダ
雌鶏のロースト オルトラン添え
アスパラガスのムスリーヌソース掛け
招待客は、それを、ほとんど手づかみで口に入れている。
近隣での猟で駆り立てのカモシカの丸焼きなんか、千切ってソースをつけてパンに載せて丸齧りもしている。
その横にはデザートとして
スパークリングワインのグラニテ
パイナップルのパイ
ワイングラスに入った小さな砂糖菓子
チョコレートケーキ
ホイップクリームたっぷりのコーヒーにバニラ風味のパン
おいおい、あんなの見た事も食べた事も無いよ。締め付けられて、入れることができないはずの胃までギュルギュル入れろと唸り出す。涎が口から溢れそうだ。
そんな光景から目を引き剥がして広間を見渡すと小編成の楽団が音楽を奏で、その音楽に合わせて、数組のカップルがフロアでスルスルと廻りポールダンスを楽しんでいた。妖精が舞う園みたいなんだね。
すると、殿下が近づき耳打ちをしてきた。
「言われた通りにしたのですが良かったのですか? その後は、物凄く緊張しました。呼び止められた時なんか心臓が止まるかと」
「はい、十分以上の出来でしたよ。しかし殿下、次からは、彼方らから仕掛けくると思われます。くれぐれも油断目さるな」
「わかりました。貴女の言うとおりかもしれません。気をつけましょう」
と言って、あたりを見渡して、キョロキョロしている。これでは、自分は不審人物と言っているようなもの、思わず、笑みが溢れてしまう。
「ウフフ。で ん か! 肩に、そう力入れなくても大丈夫ですよ。すぐには来ませんて」
「そうかい」
「そうですよ。そうだ、折角ですからパーティを楽しみませんか。私は、料理が大変気になります」
「そんな着飾って、食べ物は入らないとご婦人方にきいてるよ」
殿下に呆れたとの顔をされた。
私は彼へ向いて、腹に巻かれてたステイの上のストマッカーをポンと叩き、
「腹ごなしで一曲ワルツでも、いかがでしょう。動けば腹も粉れて、食べられますって」
意地汚い理由で殿下をダンスに誘う。古今東西、こんな理由で王族の殿方をダンスに誘うなんて、私ぐらいだろうて。
「良いでしょう。さあ、姫様、私めと一曲踊って頂けますかな」
ヒェッ、乗ってきちゃったよ。
殿下は跪きボーイング・スクラっっピングを挨拶を返してくる。
私は右手を殿下に差し出す。
「喜んで、お受けしますわ」
彼は私の手を取ると立ち上がり、私のそばに寄り添い脇をを開ける。エスコートをしてくれるの。
「白き乙女をエスコートすることの栄誉を頂き光栄の極み」
殿下、貴方の歳は幾つ? どこでこんな事を教えてもらったの。
私はといえば彼の脇に手を差し入れて、
「麗しき殿方に、導いてもらえるなど史上の喜びでありましょうや。今宵、この身を御身に預けてもよろしいでしょうか」
そして彼の腕を私の体に抱き寄せる。ステイで絞り出された乳房の柔らかさがわかるんじゃ無いかな。チラッと横目で殿下の顔を見ると、頬が赤く染まっている。あれだけ大人びた話をしてたけど、
ふふ、
まだまだネンネなんだね。私は腕を抱き寄せる力を増やす。
「すっ、すいません。腕を引き寄せる力を緩めて頂けますか。このままでは歩きづらい」
殿下は身じろぎをした。
「あら、ごめん遊ばせえ」
これくらいにしといてあげる。頬を染める彼の顔を見れたんだ。この歯に噛んで赤く染まる顔は宝物だね。私だけの記憶に留めます。手に込めた力を緩めてあげる。
「では、参りましょう」
私は言う。
「はい」
殿下は答えてくれて私をエスコートしてくれた。ボールルームダンスを踊る輪に向かって。妖精舞う花薗に向かって。
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