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第5話(6)

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「ちょいと、授業なんぞを。夏子はどうしてここに?」
「どうしてって……部室から戻ってもスリッパないし、もう休憩終わるから見に来たんだよ」
「も、申し訳ない――そ、そうだ! 夏子はこれわかる? これ考えた人」

 困った時の夏子頼み。キミならきっとわかるはず。

「伊藤博文でしょ」
「そ、そう! これはね、伊藤博文さんって方がお作りになられたらしいんだよ」

 伊藤さんごめんなさい。源さんも、再びごめんなさい。

「伊藤博文さん!? あたしたち会ったあるよねー」
「うん。修助君のお友達だよね」
「うっわー。しゅーすけ君、授業で教わるような人と友達なんだぁ」
「あー、その人は別人だからね」

 中学の同級生に同姓同名がいるのよ。去年、犬を拾ったから世話の方法教えてくれって何度も家に来てたんだよね。ちなみに別の高校。ヤツは頭が良すぎた。

「何かよくわからないけど……これでいいの?」
「助かったよ。いや~、去年勉強したばかりなのにもう忘れてるなんて、ブランクってやつかな?」
「去年? そこに書いてる年号問題って小学校のでしょ。ほら、先生がよく出してくれたじゃん」
「そうだったっけ……?」

 小学校? 中学校じゃなくて?
 えっと……それをわからなかった僕って、小学生レベル? 嘘、だよね?

「そう! とりあえず時間ないから急いでよ」
「お、おっけー……。そ、それでは、これにてお開きといたします」

 これ以降、修助先生の特別授業が開かれることはなかった。

「楽しかったぁー。ありがとーしゅーすけ君っ」
「ボクも、楽しかったよ」
「それは良かった」

 現在、夏子と別れて学校前を歩いている。
 さっきは自らの無知を露呈してしまい、へこみ中。マシマロとレートの笑顔が唯一の救いだ。

「これで一つ目は終わったけど、次は何かな?」

 早く挽回のチャンスをこの老いぼれにおくれ。

「最後はね……あたしとレー君で、しゅーすけ君に晩ご飯を作るんだ!」
「晩ご飯を!? どうして?」
「しゅーすけ君、いつもあたしたちにご飯を作ってくれてるよね。昨日もたっくさん作ってくれた。だから、最後はあたしたちがお返ししたいな~って」
「それは僕も楽しんでやってることだから気にしなくていいのに。あのさ、他にやりたいことないの?」
「これ以外なんてないよ。昨日から、レー君と相談して決めてたんだもんねっ」
「うん。ボクも、修助君に、お料理食べてもらいたい」

 幸せそうに頷き合っている。

「そ、それなら……お願いしよっかな」

 やっば。マシマロとレートの声を聞いてたら、さっきに続いてニヤケが止まらない。こんな幸せが続いていいの? 僕、明日死なないよね?

「まっかせてよー。ではでは、しゅーすけ君はなに食べたい?」
「そうだね……」

 何にしようかな。料理は今日が初めてなんだし、楽しんで作れる簡単な――

「遠慮しなくていいよー」

 読まれてたよ。

「ん~……じゃあ、オムライスがいいな」

 なぜか代々、樹坂家は猫と犬と同じくらいオムライスが大好き。誕生日、年末年始、めでたい席では必ずオムライス。おふくろの味、と言えばオムライス。

「オムライスなら、ずっと傍で見てきてるから覚えてるよー。レー君、一緒にがんばろーねっ!」
「う、うん!」

 マシマロは大きく、レートは小さくガッツポーズを作っている。

「気合十分だね。あっ、そうなると買い物に行かないと」

 食材がなければ料理は出来ぬ。
 僕たちは狙いをスーパーに定めて歩き始めた。




「ひっろーい!」
「食べ物が沢山だねー」

 初めてのスーパーにテンションうなぎ上り。
 僕にとっては見慣れてる光景でも、マシマロとレートにとっては新鮮に映るんだよね。天井見上げたり売り物を見て感動する姿は見ていて微笑ましい。

「それじゃあ、食材選びは任そうかな」
「まっかせて! いこっ、レー君」
「ま、待ってよマシマロちゃんっ」

 興奮冷めやらぬまま、入ってすぐの野菜売り場へ向かい――戻ってきた。
 どうしたのかな……あ、もしかして、お金気にしてる? 最近野菜も高騰してるから気になったのかも。

「お金の心配ならしなくていいよ」
「ありがとうしゅーすけ君。あのね……」

 胸の前で手を合わせて口ごもってる。

「なに?」
「……オムライスの材料って何買えばいいのかな?」

 あーそっか。マシマロは母さんが作るのを見てきたとはいえ、買い物自体初めてだから揃えるモノは知らないし、どこに置いてるかもわからないよね。いかんいかん、配慮が足りなかった。

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